ニュースレター

2015年05月20日

 

豊饒の海 サロマ湖に生きる人々 - 資本主義内社会主義のような佐呂間漁業協同組合(前編)

Keywords:  ニュースレター  市民社会・地域 

 

JFS ニュースレター No.152 (2015年4月号)

写真:港
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英国で始まったトランジション・タウンや、世界中に広がっている市民エネルギーなど、国内外で地域の経済のあり方を見直す様々な取り組みが進んでいます。JFSで2013年4月から進めている「地域の経済と幸せ」プロジェクトでは、こうした動きを、1.働き方 2.コミュニティ 3.経済(地域通貨・投資・地域の自立)に分けて整理しています。

比較的新しい取り組みが展開されている一方で、地域社会には古くから引き継がれている、地域の経済と幸せを守る仕組みがあります。今月号のJFSニュースレターでは、編集部の快諾を得て、かがり火136号(2010年12月発行)より「豊饒の海 サロマ湖に生きる人々-資本主義内社会主義のような佐呂間漁業協同組合-」をご紹介し、漁業で生計をたてているコミュニティにおける、地域の経済基盤を守る取り組みについてお伝えします。


北島三郎や鳥羽一郎などが歌う演歌に出てくる漁師さんたちには共通のイメージがあるようだ。逆巻く波をものともせず漁に出て、頭にはねじり鉢巻き、腹には晒しを巻いての一升酒、宵越しの金は持たないきっぷのよさ、度胸があって豪快で一本気......。

ところがである。北海道佐呂間漁業協同組合に所属する漁師さんたちは、このイメージとはかなり違う。海がしけると絶対に船は出さないし、お酒を飲めない人も少なくない。それに、稼いだ金はがっちり貯蓄している。正確にいうならば、漁協の指導で貯蓄させられている。自分のお金なのに自分で勝手に使えない。資本主義の中の社会主義のような佐呂間漁協のシステムを紹介しよう。

お金は漁協が管理

写真:阿部与志輝代表理事組合長
阿部与志輝代表理事組合長
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「いまの日本では、自分で稼いだ金は何に使おうとも誰からも文句を言われないはずですが、佐呂間漁協の組合員である漁師たちはそうはいかないんですよ。稼ぎは組合でしっかりと押さえ込んでしまうんです」と笑いながらおっしゃるのは、阿部与志輝代表理事組合長である。

佐呂間漁業協同組合に所属する正組合員は59人で、昨年度末の貯金残高は67億4337万円、組合員平均1億1429万円。実際は2億円を超えている人もいれば1億円に満たない人もいるけれど、単純に平均すれば組合員は全員、億万長者なのである。

佐呂間の漁師さんの年間の水揚げ高は多い人で2500万円、少ない人で1800万円ぐらいだという。

稼いだお金が自分のままにならない仕組みを理解いただくために、年間2000万円の漁師さんを例にとって説明しよう。まず、月取り貯金という天引き貯金があって、水揚げ高の70%、1400万円は本人の意思に関係なく無条件で天引きされる。このお金は翌年の生活費に回されるものだ。納税準備金が10%で200万円、税金は漁協でお願いしている税理士さんが個別に組合員と打ち合わせをして申告している。佐呂間漁協と道漁連への手数料が合わせて6%で120 万円、船を買い替えたりする時のための漁船準備金が2%で40万円、天候が荒れたりで漁ができない場合を想定しての備荒貯金が2%でやはり40万円、そして高齢で働けなくなった時に備えての養老貯金が2%の40万円、92%の1840万円は強制的に天引きされるのである。2000万円稼いで、その年に自由に使えるお金は8%の160万円しかない。

生活費はすべて、前年度に積み立てられた月取り貯金で賄う。つまり平成22年度は、前年度の21年度の稼ぎから天引きされた月取り貯金が充てられる。今年稼いだお金からの天引き貯金はすべて来年に回される。病気などで1年間まるまる働けなくなったとしても、1年間は前年度の貯金で生活できるようになっている。

「月取り貯金が1400万円あっても、すべて生活費に回されるわけではありません。食費、交通費、教育費、被服費、娯楽費などに公共料金を入れても、せいぜい月に30万円から40万円もあれば十分でしょう。それに漁具やフォークリフトなどの償還、重油など漁にかかわる経費もこの中から支払いますが、それでもかなりな金額が残ります。それが毎年貯金されていって、組合員は1億円近い貯金を持つことができたということです。

すべての組合員は毎年、1月15日までにその年の営漁計画書というものを出さなければなりません。ホタテやシマエビやカキなど、何月にどれだけ出荷するかという漁業計画だけでなく、毎月、いくらぐらいで生活するか家計費まで事細かに記入してもらいます。フォークリフトを買い替える予定があるとか、子どもが大学に行くので仕送りが必要になるとか、娘が結婚するとか、家を改装する予定などがあればすべて計画書に書き入れてもらうのです。その計画書に沿って、漁協の担当者と組合員が、その出費は妥当なものかいちいち話し合うのです。もし、貯蓄高が低いのに家を新築したいという人がいれば、"まだ早いんじゃないかい。もう少し我慢したらどうだ"などとアドバイスするんです」

だから漁協は組合員の家族構成だけでなく、どんな暮らしをしているかのディテールまで詳細に把握している。つまり、漁協は漁師さんたちの生活指導まで行っているわけだ。

「仮に家の新築や船の買い替えを認めたとしても、本人の貯金は解約させません。漁協が貯蓄額の80%まで貸し出しする仕組みになっています。自分の金だと思って自由に使えるようになれば、気が緩んでしまうからです。借りたお金となれば毎月きちんと返済しなければなりませんから、お金についての緊張感が維持できます。昔の漁師は一回の漁で何百万も稼いで、そのお金を腹巻きに入れて、キャバレーに繰り出したという話も聞きましたが、佐呂間漁協はみんな堅実で、ある意味では月給制のサラリーマンのようなものです。ですから佐呂間町にはホタテ御殿のような豪邸はありませんし、ベンツやポルシェを乗り回している人もいません。その代わり、夜逃げする人も出ません。サロマ湖の恵みを享受しながら生活を守るという先人の知恵が生きているのです」

この仕組みは昭和46年から始まったが、組合員の誰一人、"個人の生活まで干渉されたくない"といって反対する人はいなかったという。

先人の知恵・常会

佐呂間漁協がホタテの養殖を始めたのは昭和40年である。それまでも漁師たちはオホーツク海の恵みを受けていたが、大漁の年もあれば不漁の年もあった。運を天に任せるような漁だった。これでは自由競争による乱獲の心配もあるし、組合員の生活も安定したものにならないと、ホタテの栽培漁業に取り組んだ。

写真:ホタテの栽培漁業
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「いまの漁協が成立する前、昭和39年の佐呂間漁協の販売取扱高は7600万円、貯蓄残高は7200万円しかありませんでした。当時の組合長たちが、このままではじり貧になると考えて、ホタテの養殖を研究して、昭和40年から養殖事業に着手しました。その時、漁協には事業を立ち上げる資金がなく、上部団体の信漁連に1億5600万円の借り入れを申し込んだのですが、販売取扱高も貯蓄高も少ないので断られてしまったのです。お金がなければ養殖が始められないと苦境にあった時、町が債務保証をしてくれたのです。町が保証人になってくれたということは町民すべての税金が担保になったということですので、当時の組合長が"われわれの漁は漁師だけの努力で成り立っているのではない。町民みんなのおかげだということを肝に銘じて忘れてはならない"と、懇々と組合員を諭したそうです。この教えはいまも生きています」

全国の漁業協同組合の中で一人当たりの貯金がトップクラスなのは、このサロマ方式のおかげである。高額を稼ぐ漁師といえども派手な暮らしをせず、町民として節度のある暮らしを守っている。

この独自なシステムを維持するための重要な役割を果たしているのが、毎月開催される常会である。正組合員59名、青年部31名(息子など後継者たち)が参加して行われる集会だ。漁協から組合員へのお知らせは同報ファクスでほぼ毎日送られているが、重要課題がある時は日に二度も三度も発信されるほど情報公開が行き届いている組合なのだ。常会の開催日もファクスで知らされる。

「全員が参加すれば約90人ですが大体、毎月8割の組合員が参加します。この常会では、漁価や漁獲高などの推移など組合からの事務連絡以外に、組合員からいろいろな要求、要請、陳情、相談などが出されて、とことん議論するのです。かつてバブルのころは、漁協に膨大な資金が蓄積されているものですから、株式などに投資して、その利益を組合員に配当してもいいのではないかという意見もありました。しかし、多くの組合員は漁師は漁だけで生計を立てるべきで、それ以外のことで収入を図るべきでないという意見で一致しました。われわれの合言葉は"豊かな過疎"ということです。常会で簡単に結論が出ない議題については管理委員会、組合資格委員会、役員報酬委員会、貯蓄推進委員会、購販推進委員会など個別の委員会で討議され、最終的には総会で議決されます」

ここでは、直接民主主義が生きているのである。

後編につづく)

『かがり火』編集長 菅原歓一

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