ニュースレター

2015年06月17日

 

豊饒の海 サロマ湖に生きる人々-資本主義内社会主義のような佐呂間漁業協同組合- (後編)

Keywords:  ニュースレター  市民社会・地域 

 

JFS ニュースレター No.153 (2015年5月号)

写真:牡蠣、ホタテ漁
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前号に引き続き、地域社会に古くから引き継がれている地域の経済と幸せを守る仕組みとして、編集部の快諾を得て、かがり火136号(2010年12月発行)より「豊饒の海 サロマ湖に生きる人々-資本主義内社会主義のような佐呂間漁業協同組合-」をご紹介し、漁業で生計をたてているコミュニティにおける地域の経済基盤を守る取り組みについてお伝えします。

豊饒の海 サロマ湖に生きる人々―資本主義内社会主義のような佐呂間漁業協同組合(前編)
http://www.japanfs.org/ja/news/archives/news_id035242.html


豊饒の海

面積151.81平方キロメートルのサロマ湖は、長さ87キロメートルの砂洲で囲まれた湖で、西側が300メートル、東側が50メートルの湖口で外海のオホーツク海とつながっている。このサロマ湖は、佐呂間漁業協同組合のほかに常呂漁業協同組合と湧別漁業協同組合の三つの漁協の組合員(410人)が漁業権を持っている。取る魚も漁法もほとんど同じだが、経営に関しては前述したように佐呂間漁協は特別なシステムである。三漁協は資源の枯渇を防ぐために、漁法や漁期などを細かく決めている。

サロマ湖のホタテの年間の養殖許容量は4361万6千枚で、そのうちサロマ漁協の割り当ては1900万枚、この1900万枚が佐呂間漁協の組合員59人に配分されている。ちなみに本誌支局長の船木耕二さんに割り当てられている枚数は18万6000枚である。漁師が養殖のためにホタテを吊り下げる延べ縄は1本の長さが100メートルで、最大45本までである。養殖する海の区画も決められている。

「陸の畑と同じようにサロマ湖も、ここからここまでは誰々の海と決まっていて、他人の海には入ってはいけないようになっています。陸と違って境界線がないので分からないようですが、陸以上にはっきり分かれているといってもいいんですよ」と、船木さんは説明してくれた。

サロマ湖ではホタテの養殖以外に、カキ養殖とシマエビ漁が盛んで、外海のオホーツク海ではサケ、マスの定置網漁が行われ、地まきの天然ホタテも採れる。地まきというのは、サロマ湖で育成した稚貝を放流して、自然の海の中で育てるものだ。

組合員は59人、ホタテ養殖の漁業権はすべての漁師に付与されているけれど、シマエビとマスについては、どちらかを選択しなければならない。シマエビ漁をする人はマス漁ができない、マス漁をする人はシマエビ漁ができない。

「マス漁の水揚げ高は年間約1000万円ぐらいになりますから、大きいです。シマエビはせいぜい200万~300万円程度です。マスもシマエビも2~3人の漁師が共同で行っています。マス漁のほうが水揚げが多くて有利なようですが、定置網など漁具への投資が必要ですし、しけで網が流される危険もあり、それに何人かの乗組員も雇わなければいけません。シマエビ漁は、船外機で比較的簡単に漁ができます。それぞれ一長一短がありますが、どちらを選択するかは話し合いで決めています」(阿部組合長)

サロマ漁協でユニークなのは、外海(オホーツク海)の天然ホタテ漁とサケ漁は組合員が直接漁を行わず、漁協が直接、フリーの漁師さんたちを雇って行っていることだ。そのために漁協がホタテ漁専用の船三隻と、サケ漁専用の船一隻を保有している。

「漁協が直接漁をするのは、組合員は自分の漁が忙しく、外海のサケや地まきホタテまで手が回らないからです。地まきの天然ホタテについては、毎年、春に稚貝200万個を放流するのは組合員の義務ですが、漁はしません。漁協が水揚げした金額から人件費や油代、漁具、手数料などの経費を引いた利益は、漁業権を持っている組合員に均等に配当されます。ホタテの場合は、大体年間一人1000万円程度になります」(阿部組合長)

1週間から10日間ぐらい稚貝の放流に従事しなければならないというものの、1000万円近い配当を受けることができるとは何ともうらやましい。サケの配当も同様に受けることができる。

「サケも同じ仕組みですが、こっちは好漁不漁が激しいので、500万円近い配当のある年もあれば、赤字の年もあります。赤字の年は組合員が等分に赤字額を負担することになっています」(船木耕二さん)

佐呂間漁協に所属する漁師さんたちの平均水揚げ高は約2000万円だが、その半分は配当によるのである。

資本主義内社会主義

佐呂間漁業協同組合の形態は、資本主義の中に社会主義を取り入れて融合させたような仕組みである。徹底的に管理された組合で、勝ち組もいないし、負け組も出ない。

船木耕二さんは、「ある意味でわれわれに一獲千金を得るという夢はありません。どんなに頑張っても一人で1億2億という水揚げはできないようになっています。反対に、過当な競争がないだけに倒産がありません。野心のある漁師には不満があるかもしれませんが、現在の組合員はすべてこのシステムをつくってくれた先人に敬意を払い、尊敬しているのです」

それだけに、万が一にも漁師の倒産があれば漁協の恥であり、汚点になるということで、危ない組合員が現れると漁の仕方から私生活まで徹底的な指導が入るという。

「競争がないようだけれど、あることはあるんです。ホタテの稚貝はちょうちんと呼ばれている採苗器で採取して、そのタネをざぶとんと呼ばれている育成器に移して、約4cmになると外海に放流するのですが、その段階で稚貝の大きさをランク付けします。毎年、一番大きな稚貝を育てた漁師から、ビリの漁師まで 59人をランク付けして発表しています。直接収入に響くわけではありませんが、漁師のプライドにかかわりますから、みんな必死ですよ。養殖だって、やはり 創意工夫の優れている人と、のんびりやっている人ではホタテの育ち具合に微妙に差が出てきます。セリや入札は個別に行いますから、売上額にも差が出てきます」

千万単位の差はつかないが、百万単位での差は出るようになっていると阿部組合長は説明する。

順風満帆のようだが、佐呂間漁協にも問題がないわけではない。

「いちばんの問題は、早めに船を下りる漁師が出てきていることです。息子がいるところは漁業権や船も継承されますからいいのですが、娘しかいない家では、婿をとってまで漁業を続けることはないと、漁師を辞めてしまうんです。組合員が少なくなるのは漁協の経営にとっても問題ですから、"もう少しやってもいいじゃないか"と説得するんですが、漁師を辞めた時点ですべての貯金は解約されて支払われますから、老後の暮らしに何の心配もなく、簡単に船を下りてしまうんですよ」(阿部組合長)

他から佐呂間漁協の組合員になりたいという要望も多いけれど、これは簡単になれない仕組みになっている。

「水協法(水産業協同組合法)では漁業に120日以上従事したか経営に携わった人間に権利が発生することになっていますが、佐呂間では経営を取っています。経営というのは漁業権がなければできないので、実質的に組合員になれません。しかし、まじめで間違いがないという人ならば、とりあえず准組合員になってもらって、3年以上働いてもらいます。そのあとで組合資格委員会に諮って、共同で漁業に従事してもらう道は開かれています」

一人当たり日本一の貯金高を誇る佐呂間漁協の仕組みは初代の船木長蔵、二代目の船木長太郎という揺籃期の漁協の組合長がつくりだしたものだが、その精神は二宮尊徳の報徳訓にあったという。

写真:牡蠣、ホタテ漁
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【報徳訓】
父母の根元は天地の令命にあり
身体の根元は父母の生育にあり
子孫の相続は夫婦の丹精にあり
父母の富貴は祖先の勤功にあり
吾身の富貴は父母の積善にあり
子孫の富貴は自己の勤労にあり
身命の長養は衣食住の三つにあり
衣食住の三つは田畑山林にあり
田畑山林は人民の勤耕にあり
今年の衣食は昨年の産業にあり
来年の衣食は今年の艱難にあり
年々歳々報徳を忘るべからず

特に最後の三行が、佐呂間漁業協同組合の基本精神になっていた。

冬のオホーツク海はどんよりと曇っていて寒々しいが、阿部組合長の話を聞いたあとでは、その風景も温かいものに見えてくるのであった。

『かがり火』編集長 菅原歓一

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