ニュースレター

2017年03月31日

 

漁獲量を増やさなくても売上は増やせる! ――「持続可能な発展」に向けての駿河湾の桜エビ漁の取り組み

Keywords:  ニュースレター  生態系・生物多様性  食糧 

 

JFS ニュースレター No.175 (2017年3月号)


由比港漁業協同組合の宮原淳一組合長と

世界各地で「漁獲高が減っている」というニュースをよく耳にします。同時に、持続可能な漁業への取り組みもあちこちで行われるようになりました。日本では、桜エビの水揚げで知られる静岡県の駿河湾に面する由比・蒲原・大井川の3つの漁業組合が、資源を守るために「プール制」を用いた持続可能な漁業に40年以上前から取り組んでいます。

「プール制」とは、全船が操業に当たり、水揚げ金額も全船平等に配分される制度のことです。漁業期には毎日出漁前に出漁対策委員会が開かれ、水揚げ目標、操業場所等を協議します。各船は水揚げごとに無線で漁獲量報告を行い、その日の水揚げ目標に到達すると、操業終了となります。全体の水揚げ金額の合計から販売手数料を差し引いた金額を、船主53%、乗組員47%の一定比率で分配し、それぞれを船主、乗組員総数で均等に割った金額が各人の取り分となります。

JFSでは2005年12月に、駿河湾の桜エビ漁業についてご紹介しました。

JFSニュースレター No.40(2005年12月号)
持続可能な漁業の取り組み
http://www.japanfs.org/ja/news/archives/news_id027330.html

このときの取材から10年以上経った今、駿河湾の桜エビ漁業の取り組みはどのような形で発展をしているのでしょうか? ふたたび駿河湾を訪れ、現在の状況と取り組みについて、由比港漁業協同組合の宮原淳一組合長にお話を伺いました。

現在も続くプール制

1977年に始まったプール制は、現在も継続して行なわれています。10年前と変わったのは、資源を守るために、6月半ばから11月にかけて、週2回、漁師さんたちが自分たちで、海の中の桜エビの卵の数を顕微鏡で覗きながら数え、記録をつけていることです。かつては大学の研究者にやってもらっていた作業を自分たちでやるようになりました。その結果を県庁の水産部に送り、「持続可能な漁獲量」を計算してもらっています。出漁対策委員会では毎日、この数字と市場の相場を見ながら「今日の漁獲量」を設定します。「顕微鏡を覗く漁師って、あまりいないでしょうね?」と宮原組合長はにっこり。

また、漁期の間は毎日、網を使って各漁場の魚体の大きさを調べ、魚体が小さければ「その漁場では漁を行なわないように」という指示が出されます。このようにデータに基づいて水揚げ量と操業場所を調整することで、桜エビを保護しています。休漁期の設定も資源を守る工夫の一つです。春漁は3月中旬~6月初旬、秋漁は10月下旬~12月下旬とし、それ以外の時期は休漁です。

宮原組合長は「こんな商品をつくりたい、こんなふうに食べてもらいたいなど、いくら良い構想があっても、海の中の桜エビがいなくなってしまうと何も提供することができなくなります。だからこそ、資源を大事にするために頑張って取り組まなければならないと思っているんです。駿河湾の桜えび漁は今年が123年目。ずっとつながってきたし、つないでいきたい」と言います。

こうした持続可能な取り組みが評価され、駿河湾の桜エビ漁業は2009年に マリン・エコラベル・ジャパン認証を取得しました。マリン・エコラベル・ジャパン認証は、資源と生態系の保護に積極的に取組んでいる漁業を認証し、その製品に水産エコラベルをつける日本の制度です。駿河湾の桜エビ漁業は、全国で2番目に認証を取得したそうです。

漁獲高を増やさなくても、売上は増やせる!

海の中の資源量にもとづいて漁獲量に上限を設定するということは、漁獲量を増大し続けない、場合によっては、減らしていく、ということです。「それでは売上が減ってしまうのではないか」と心配になってしまいます。しかし、不思議なことに、漁獲高は増えていないのに、漁協の売上は増えてきているのです。その鍵は、新たな六次産業化(※)の取り組みです。ここでは「直売所と食堂の開設」、「青年部による商品開発」、「生きた桜エビの出荷」の3つの取り組みをご紹介します。

※六次産業化とは、第一次産業である農林水産業が、農林水産物の生産だけにとどまらず、それを原材料とした加工食品の製造・販売など、第二次産業や第三次産業にまで活動の範囲を広げることを指します(第一次産業×第二次産業×第三次産業で六次産業です)。日本では農林水産省も六次産業化を推奨しています。


取り組み1:漁協直営の直売所と食堂「浜のかきあげや」の開設

由比港漁業協同組合では1999年に海産物の直売所を、2006年には静岡県で最初の漁協経営の食堂「浜のかきあげや」を開設しました。最初の頃は、地元の飲食店や仲買人から大変な反発があったといいます。

それでもあえて、直売所と食堂を開設した理由を宮原組合長はこう語ります。「静岡は首都圏に近いので、それまでは水揚げをそのまま首都圏に送ればよいというやり方が主流でした。そうすると、おいしいものを地元で食べてもらえない。漁師にとっては、いいものを食べてもらうというのが生命線なんです。だから、新鮮でおいしいものを食べてもらい、その味を知って覚えてもらいたいと、『浜のかきあげや』を始めることにしました。

2016年の年間売上は、浜のかきあげやと直売所を合わせて約3億円。漁協の収益性にも大きく貢献しています。休日には他県も含めたくさんの人が来てくれる。最初は反発していた地元の飲食店もかきあげやのところに看板を出すなど、協働体制になりました」

直売所では、釜揚げされた桜エビのほか、駿河湾のもう一つの特産物であるシラス、そして後ほど紹介する青年部が商品開発をした「沖漬け」や「漁師魂(りょうしだま)」などの様々な商品が所狭しと並べられています。漁港の駐車場にある「浜のかきあげや」では、名物の「かき揚げ」を中心に、ボリュームたっぷりの丼や桜エビのみそ汁など様々なメニューが提供されています。私たちもいただきましたが、本当においしかった!

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取り組み2:青年部による商品開発

由比港漁業協同組合には、50歳以下の漁師さんが集まる青年部があります。この青年部が開発し製造している「沖漬け」と「漁師魂」を紹介しましょう。

「沖漬け」は、青年部が数年間の試行錯誤を経てつくりだした商品で、水揚げされた新鮮な桜エビをそのまま特製ダレに漬け込み、真空パックしたものです。直売所やインターネットを通じても販売されており、口コミや評判により注目度が高まっているそうです。

「漁師魂」は、それまでサイズが規格外などの理由で市場に流通しなかった魚を、練り製品に加工したものです。すり身にし、形を整え、ボイルし、真空パックする作業をすべて漁師さんが行なっています。まさに漁師さんが魂を注ぎ込んでいる商品です。「沖漬け」にも「漁師魂」にも、マリンエコラベルが貼られています。

以前は、桜エビの休漁期には、出稼ぎに出るのが一般的でした。「漁師が一年中働けるようにと、加工品をつくる作業場を設けたんです」と宮原組合長。「漁業者が作るから大量にはできない。直売所で売るぐらいがちょうどいい」。

取り組み3:「活き桜エビ」の実現

桜エビは、昼間は水深200~1,200メートルの海中に生息し、夜になると水深20~30メートルまで浮遊してきます。そこで夕方に出漁し、夜に漁をします。水深20メートルから引き揚げますから、水揚げ時に生きているのは全体のたった2%ほどだそうです。そのため生きている桜エビを見ることができるのは漁師さんだけでした。由比港漁業協同組合では、石巻専修大学の高崎先生や装置メーカーとの共同研究を行い、この2%の生きた桜エビを生かし続ける技術の開発に成功。生きた桜エビを生きたまま出荷できるようになりました。

船に引き揚げられた網の中から生きている桜エビを大急ぎで港に運び、特別の水槽に入れます。酸素を注入することで、桜エビを生かすことができるのです。しかし、生きている桜エビが出すアンモニアを除去しなくてはなりません。それができる特別な水槽を開発したのです。出荷時には、無菌の水と酸素が入った筒状の「ロケット」と呼ばれる入れ物に入れます。24時間は問題なく生きたまま桜エビを送ることができるそうです。漁師さんの「お客さんに活きのいい桜エビを食べてほしい」という思いが実現し、通常の数倍の価格で販売できるようになりました。


由井漁協では、子どもや孫たちも漁ができるよう、漁獲量をむやみに増やすことなく、持続可能な形で漁をしています。漁獲量が増えなくても、場合によっては、海の中の資源量にあわせて減らすことがあっても、売上自体は減らさずにすむのは、ご紹介したような六次産業化による付加価値の創造に成功しているからです。駿河湾の桜エビ漁業は、「持続可能」と「発展」の両立が可能なことを示しています。

素晴らしい由比漁協の取り組みに感銘を受けましたが、同時に、「ローカルでいくら持続可能にと頑張っても、グローバルな問題の影響も受けてしまう」ことを痛感しました。宮原組合長はさまざまな取り組みを紹介したのち、「プール制を導入し、きちんと資源管理をするようになってから、漁獲量はほぼ安定して推移してきました。しかし近年、桜エビの数が減ってきているのです。地球温暖化の影響かもしれない」と眉を曇らせたのです。

宮原組合長が続けて述べた「しかし、『温暖化だから』と言って思考停止をして、その先に進んでいないのが問題だ」という言葉を噛みしめながら、思考停止をせずに進んでいこうとしている由比漁協の今後の取り組みにもぜひ注目し、応援していきたいと思います。

スタッフライター 久米由佳・新津尚子、枝廣淳子

*本記事は、アサヒグループ学術振興財団の助成を得て行った取材を基に作成しました。

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