ニュースレター

2015年08月19日

 

やはば水道サポーターワークショップ ここでは市民が水道の未来を決める

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JFS ニュースレター No.155 (2015年7月号)

写真:やはば水道サポーターワークショップ
Copyright 橋本淳司 All rights reserved.

2014年11月に開催された「地方自治と水道シンポジウム」で、興味深い話を聞きました。岩手県矢巾町上下水道課係長の吉岡律司さんの話です。「水道政策を実効的に行うには市民の理解が不可欠ですが、水道への関心は薄れる一方。市民の多くは、生まれたときから水道のあった世代。蛇口をひねれば『あたりまえのように水が出てきます。関心があったとしても『水道をもっとおいしく』『水道料金を安くの2点でした」。

水道事業の経営は、給水人口の減少、施設の更新などから、立ち行かなくなりつつあります。しかし、その対策状況は自治体によってまちまちです。「水道事業の危機意識レベル」について言えば、多くの水道事業者は危機を漠然と認識しているレベルに止まっていて、そこから細やかな未来予測を数値で出しているところは稀です。

「水道事業の民主化レベル」について言えば、市民と共有していない(共有したつもりになっている)レベルがほとんどです。水道事業者は「市民との情報共有は行っている」と考えていますが、それはWebサイトに、A4用紙2~3枚程度の文書をアップしたことを指しています。つまり情報は発信していますが、共有はされていません。

このような問題意識から、矢巾町は2段階の広報戦略を立てました。1つは水道の現状を知らせるマンガ冊子。行政がつくるものにしてはかなりポップな内容です。もう1つが、住民参画(水道サポーター)のワークショップです。公募で集まった市民と職員が勉強会を続け、水道の現状と課題について共有してきました。その結果として「水道を維持するためには水道料金を上げる必要がある」という意見が市民から出たというのです。

「水道をもっとおいしく」「水道料金を安く」から「水道の持続性のためには値上げもしかたない」という変化は、いったいどのようにして生まれたのでしょうか。ワークショップの見学に行ってみることにしました。

矢巾町役場の4階にある会議室には、20名ほどの人たちが集まっていました。「やはば水道サポーター」の人たちです。10名程度ずつ2グループに分かれ、ホワイトボードに向かってU字型に配置されたイスに座ります。

それぞれのグループに、ファシリテーターと書記がいます。書記はホワイトボードに模造紙を貼ってサポーターの意見を書いていきますが、1つの「問いかけ」につき模造紙1枚にまとめるよう工夫されており、会場には第1回の意見を記録した模造紙が貼ってありました。この様子を見ただけでも、本気で住民との情報共有や合意形成を考えていることがわかります。

はじめに、ファシリテーターからこんな問いが投げかけられました。「現時点での水道事業の課題は、30年後や50年後を考えたとき、優先順位が変わるでしょうか?」

この質問に答えるためには、現状の課題を知っていることはもちろん、30年後、50年後がどうなるかという予測が必要で、それにはさまざまな知識が必要です。

参加者は大丈夫だろうか、フリーズしないのか。しかし、それは杞憂でした。「現時点での課題は・・・」と1人1人が端的に、スラスラと話しています。

写真:老朽化した水道管
老朽化した水道管
Copyright 橋本淳司 All rights reserved.

水道管路の老朽化
水道事業の人材不足
給水人口減少による財源不足
災害対策 など

そして、「30年後や50年後を考えたとき課題の優先順位が変わるか」という問いに対しては、

「現時点での問題の見極めと取り組み次第で、優先順位は変わるだろう」
「いまの世代が多少負担を負っても、未来世代にツケをまわさないことが重要だ」

「やはば水道サポーター」のレベルの高さにワークショップ冒頭から衝撃を受けました。

写真:参加者の声をまとめるファシリテーター
参加者の声をまとめるファシリテーター
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「やはば水道サポーター」は、水道に関して意識のない町民の声を水道に反映させる目的で生まれたものですが、サポーター制度が単独に存在するわけではありません。町民の声を水道に反映させるしくみは、「パブリックコメント」「アウトリーチ」「やはば水道サポーター」と重層的につくられています。

パブリックコメント・・・町民が水道事業に参加することを担保しています。

アウトリーチ・・・水道の職員が町へ出て、水道に対する意見を聞き取り、カードに記入します。

ショッピングセンターなどで水道に対する意見を求めたところ、1,000人のうち954人が何の躊躇もなく答えてくれたとのこと。「多くの人が水道に関心がないのではなく、意識が向いていないだけと感じた」(吉岡さん)そうです。住民から出てきた意見は次のようなものでした。

水道料金が高い
水道水は塩素臭い
飲む水はスーパーのイオン水
おいしくない

町民の関心事は水道水の料金と質です。水道事業者は、水道管や浄水場など膨大なストック管理の大変さを伝えたいのですが、住民の関心とは大きな隔たりがあることがわかりました。

そして、やはば水道サポーターは、一般公募(有償)で集められ、定期的に水道について学びながら、矢巾町の水道の将来を考えています。

2014年度の募集要綱
http://suidou.town.yahaba.iwate.jp/archives/1516

初年度(2008年度)の公募で集まったのは7人。月1回のワークショップを開き、水道事業の諸問題の共有を図っていきました。個々の意見を紙に1つずつ書き出し、小さなグループにまとめた後、さらにそれを中グループ、大グループに分類していきました。

翌年(2009年度)集まった11名のうち、水道に関心があった人は1人でした。水道に関してはまったくの素人集団。お菓子を食べたり、おしゃべりをしたりしながら、水道について学んでいきました。映像資料を見たり、水道水とミネラルウォーターの飲み比べをしたり、浄水場などの施設見学をしたり。

その後も毎年サポーターが公募で集められ、現在に至っています。個人の学びの場ではなく、学習する組織になっています。年度ごとに構成メンバーが増え、学びも深くなっていきます。

戦後から高度成長期に整備された全国の水道設備が老朽化し、一斉に更新期を迎えていること、簡易水道を維持するため住民に設備補修費の一部負担を求めるケースがあることなどを学びながら、矢巾町の水道事業の持続性、将来の在るべき姿を探っていきました。

時間をかけて学んでいるうちに、サポーターは成長し、水道に対する意識が変わっていきました。

「水道は利用できて当たり前と感じていたが、今回参加して料金の根拠など多くのことを学んだ」
「水道に携わる人の苦労を知った。今後はもっと大切に使いたい」
「水道事業を持続させるには適正な投資が必要であり、水道料金の多少の値上げもやむなしだ」

水道サポーターは、水道事業のあるべき姿を示す「水道ビジョンづくり」に携わり、それを普及啓発するための漫画も作成しました。その漫画は検針票と一緒に各戸に配布されるほか、町内のコンビニでも無料配布されています。

「まんがで読む水道やはば」
http://suidou.town.yahaba.iwate.jp/archives/manga/manga

矢巾町のしくみの特徴は、「発言しないマジョリティ」の声の反映に腐心していることでしょう。「発言しないマジョリティ」の声をいかに聞くか。これは自治体の政策だけに止まらず、国政にも言えることでしょう。パブコメ、聞き取り、学習する組織づくり。参考になる点はとても多いと思います。

「やはば水道サポーター」の会議に出席して感心したのは、話し合いがきちんとした予測データに基づいていることでした。話し合いの前提として、「人口減少」「水需要増減」「施設能力」「配水池の整備状況」などが共有されています。

こうした前提に立ち、中長期的な視点(約40年)で描いた施設整備のあり方を検討します。水道事業の会計は、水道水を供給するする日常的な事業の収支(収益的収支)と、浄水場や管路の整備などに当てる事業の収支(資本的収支)に分かれます。矢巾町の場合、収益的収支が黒字であり、その蓄積である内部留保を、施設を作るための費用に当てています。借金(企業債)はなく、極めて健全な財政状況を維持しています。

多くの水道事業者は、給水人口減少などから収益的収支が赤字傾向にあり、さらに施設をつくるために借金をしているため経営は非常に苦しく、ある日突然、何の説明もなく水道料金の値上げが発表されるケースが数年前から続いています。

矢巾町の水道は、現在とても健全な財政状況にあるといえますが、中長期的な視点で見た場合、課題はあります。大きくいえば2つ。1つは、人口が減少し収益的収支の黒字を続けることがむずかしいこと、もう1つは、老朽化した水道管の更新の費用が発生し、資本的収支の支出が増えること。簡単にいえば収入は減るが、支出は増えるという状況です。

写真:水道管の取替え
水道管の取替え
Copyright 橋本淳司 All rights reserved

そこでまず施設や水道管路の老朽度を試算します。水道管路は、順次更新していかなくてはなりません。更新をぎりぎりまで先送りすると次の世代の負担は大きくなります。次第に人口が減っていくことから、更新にかかる費用は同じでも1人ひとりが背負う金額は増えていきます。

こうした状況を考え、「やはば水道サポーター」の会議では、「いまから多少の水道料金が上がるのはしかたない」「冷蔵庫の買い替えにそなえて貯金しておくのと似ている」という声が上がっていました。次世代の負担を軽減するために、現在から「保険的投資」を行っていこうという意見です。そして、こうした声が町の水道事業に反映されていきます。

矢巾町では、このように水道事業の状況を丁寧に学び、具体的なデータを見ながら中長期的視点で検討した結果、市民は未来志向の決断をしていきます。

もちろん、矢巾町の水道事業が経営努力の結果、黒字であることも、住民との対話がしやすい一因だとは思います。しかしながら、事業が黒字であれ赤字であれ、市民に状況をきちんと伝えることは、どの水道事業者にも必要なことです。

もしかすると、皆さんの住む町の水道が大変な状況になっていることを知り、驚きや怒りに震えるかもしれません。

でも、そのときできるのは、逃げるか受け入れるかです。引っ越すのがいやであれば、参画意識をもって、これからどうするかを冷静に考え、賢明な判断をしなくてはならないでしょう。

水ジャーナリスト 橋本淳司

〈参考〉
「やはば水道サポーターワークショップ ここでは市民が水道の未来を決める」(前・中・後編)
http://www.aqua-sphere.net/newsletter/2014/1224.html
http://www.aqua-sphere.net/newsletter/2014/1231.html
http://www.aqua-sphere.net/newsletter/2015/0107.html

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