ニュースレター

2014年11月28日

 

日本初の大規模ダム撤去 荒瀬ダム

Keywords:  ニュースレター    生態系・生物多様性 

 

JFS ニュースレター No.147 (2014年11月号)

写真:撤去工事中の荒瀬ダム
荒瀬ダム(2014年1月1日時点)
Photo by 緒方紀郎 Some Rights Reserved.

日本には2013年3月31日現在、建設中のものを含め2,732のダムがあります(財団法人日本ダム協会・ダム便覧2014)。ダムは、主に、洪水調節、水道用水・工業用水・農業用水などの水資源の確保、発電、安定的な水量確保による河川環境の保全といった役割を果たすために建設されてきました。

私たちの暮らしに役立っている面もある一方、ダム開発のための自然や地域社会の破壊が世界各地で問題視されています。また、建設後も、ダムは水を滞留させるため、水質の劣化や水温の上昇などにより、水域全体と周辺の生態系、流域の住民に少なからず影響を与えています。今月号のニュースレターでは、ダムからの影響を受ける住民の声がきっかけで、日本で初めて撤去を進めている荒瀬ダムについてお伝えします。

荒瀬ダムとは

1940年代後半、熊本県では県内で発電された電力の約40%が北九州工業地帯に送電されていたため、県内の電力が不足していました。そこで1951年、県南部を貫流する球磨川に7つのダムと10カ所の発電所を建設する「球磨川地域総合開発計画」を策定。これは、球磨川の豊富な水を利用した電力の安定供給を目的としたもので、その一環として建設されたのが荒瀬ダム・藤本発電所です。

荒瀬ダムは、河口から約20km地点に建設された発電専用ダムです。ダム堤体右岸に設置した取水口から、1秒あたり最大134立方メートルの水を約600メートルのトンネルで水車に導入し、有効落差15.96メートルを利用して発電します。1954年12月に発電を開始し、最大出力は18,200kW、建設当時の発電量は、県内の電力需要量の約16%を占めていました。

撤去に至る経緯

熊本県は、水力発電に必要な水利権の許可期限である2003年3月を迎えるに当たり、水利権更新のための協議を行い、ダム撤去を決めました。地元議会からダムの弊害に対する住民の声を背景としたダム撤去を求める意見書が提出されていること、電力自由化の中にあって電気事業経営を将来的に継続できる見通しが立たないことなどが主な理由です。水利権については、撤去の準備に必要な期間を考慮して2010年3月まで更新しました。

住民の声は、どのようにして議会に届けられたのでしょうか?

荒瀬ダムの建設以降、地元である旧坂本村(現在の八代市坂本町)の住民は、振動やアユの減少など、さまざまな影響を感じていました。中でも大きな影響を与えたのが、洪水による被害です。ダム建設以前にも洪水はあったのですが、ダム建設の影響で水が引いた後に大量のヘドロが堆積するようになったのです。度重なる被害に耐え切れずに離村する人も多く、2万人近かった人口は4分の1以下に減少しました。

ダムは河口である八代海の生態系にも影響を与え、藻場や砂干潟が減少し、漁獲量も漁業者の数も減少。ダムの影響から解放されたいという住民の思いは、水利権更新期限が近づくと、ダム撤去運動という形で表面化します。

2002年6月9日、旧坂本村川漁師組合が『荒瀬ダムを考える会』の発足を呼びかけ、ダム撤去を求める運動が本格化しました。撤去運動には多くの団体が加わって影響力を強め、9月20日、村議会でダム撤去を求める意見書が可決されるに至りました。

熊本県は2003年6月、河川環境に配慮したダム撤去対策等を検討するため『荒瀬ダム対策検討委員会』および『ダム撤去工法専門部会』を設置。委員会や専門部会での検討結果を受け、2006年3月に『荒瀬ダム撤去方針』が策定され、撤去計画の検討が進められていました。

ところが、蒲島県知事は2008年6月、これまでの撤去方針を凍結して再検討することを表明。撤去費用が大幅に増加することが明らかになるなど、状況の変化があったためです。同年11月「荒瀬ダムの発電事業を未来永劫続けることが最善の選択ではなく、撤去可能な条件が整えば撤去すべきである」との考えを前提としながらも、「深刻な財政危機にある県の現状を考えると荒瀬ダムを存続させることが適当である」との判断を下しました。

ダム撤去の日を待ちわびている住民にとっては、衝撃的な出来事です。住民たちは、あきらめずに撤去凍結への反対運動を続けました。そして、2010年3月まで更新した水利権について「再更新はできず、発電を存続させるためには新たに水利権を申請する必要がある」との判断が、国土交通省から示されたのです。

熊本県は2010年2月「現時点では、もはやダム存続を目指すこと自体が、地域の混乱の長期化を招き、適切な選択ではない」として、ダム撤去を再び表明しました。ダムの影響に苦しみ、撤去に向けた運動を続けてきた住民たちの、長年の苦労が報われたのです。

熊本県は同時に、「撤去にあたっては安全性の確保、撤去技術の確立、環境問題等さまざまな課題があるが、本格的なコンクリートダム撤去として、荒瀬ダムが全国のモデルとなるよう取り組む」ことを表明し、2010年4月には『荒瀬ダム撤去技術研究委員会』を設置。いよいよ実際の工事に向け、荒瀬ダム撤去計画策定が始まりました。

写真:荒瀬ダム(2005年11月)荒瀬ダム(2005年11月)
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撤去工事における環境配慮

荒瀬ダムの撤去は、日本で初めての本格的なコンクリートダム撤去です。撤去計画は「経済的かつ効率的な撤去方法を検討し、治水面や環境面などの河川管理に悪影響を及ぼさないように実施すること、ひいては、撤去後の自然再生力による中長期的な河川環境回復につなげていく」ことを基本に策定されました。

ダムの撤去範囲は、将来的な土砂の堆積状況や、ダム上下流への護岸のすり付けなどを考慮して決められました。撤去手順の選定にあたっても、河川環境への影響が考慮されています。候補となる撤去手順に対し、ダム撤去に伴う土砂流下予測を実施し、撤去工事中および撤去後におけるダム貯水池内や下流河川の河床高、河床材料、水位等の変化による影響が検討されました。

ダム建設当時の河川流況に自然に早く近づける、施工が効率的であるなどの理由で『右岸先行スリット撤去工法』を最適な撤去手順として採用。河川内工事の施工期間については、球磨川の代表的な魚類であるアユの生息生育等の河川環境に配慮して、11月中旬から2月末までに設定されています。

工期は2012年4月から2018年3月までの6年間が予定されていますが、環境モニタリングについては、撤去工事前後それぞれ2年間を含め、10年間継続して行われます。ダムの上下流それぞれ約10km、瀬戸石ダムから遙拝堰までの範囲を生物多様性保全回復モデル地域に指定し、大気汚染、騒音・振動、水象・水質、底質、動植物、基盤環境、景観を調査します。なお、遙拝堰の下流域については、他機関が実施する調査結果を基礎データとして活用するとしています。

モニタリング調査結果について評価・検証等を行いながら、より安全かつ環境に配慮したダム撤去を実施するため、『荒瀬ダム撤去フォローアップ専門委員会』が設置されています。委員会は年2回開催され、各分野の専門家がモニタリングの評価やダム撤去に関する助言等を行います。

ダム撤去が決まって以降、定期的にゲートを全開していたこともあり、水利権消失後の2010年4月に本格的なゲート全開が行われると、川はダム建設前の姿に近づき、水質も向上。同年8月頃には、付近の住民が「8割方、以前の河原に戻った」と話すほどの状態になっています。

住民の声を背景に実現した、日本で初めてのダム撤去工事。これを大きな一歩として、今回の撤去手法やモニタリング調査結果が、他のダムや河川のこれからを考えるうえで、有効に活用されることを期待します。

(スタッフライター 田辺伸広)

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