ニュースレター

2010年08月17日

 

新しい時代へ ~ 価値観の「三脱」の動き

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JFS ニュースレター No.92 (2010年4月号)


見えてきた「天井」

リーマン・ショックをきっかけに始まった世界規模の不景気。この状況をみなさんはどのように考えていますか? 企業人と話していると、「景気循環だから今をしのげば元に戻る」という考えと、「しのいでも元には戻らない、新しい局面に入ったのではないか」という考えに分かれることに気づきます。私は、今回の不景気は通常の景気循環とは違う、「移相」の局面ではないかと考えています。

福田元総理が立ち上げた「地球温暖化に関する懇談会」のメンバーだった時、同じくメンバーだった元日銀総裁の福井氏は「サブプライム問題に端を発する国際金融市場の混乱は基本的には、世界経済全体として地球環境資源、エネルギー資源、資源制約というものの絶対的な天井を意識し始めた途端に、マーケットがそれまでの経済の動き、あるいはその過剰部分に急ブレーキをかけている、次の長期的な均衡を探る努力を促している現象である」と見立てられていました。

温暖化に関して言えば、「絶対的な天井」とはIPCC第4次報告書が示す「森林・土壌や海洋が現在吸収できるCO2二酸化炭素は年間31億トン(炭素トン)」です。一方、人間が化石燃料を燃やして排出するCO2は年間に72億トンです(現在の排出量はさらに増えています。また、排出量が減れば吸収量も減っていくフィードバックループがあるので、その天井はずっと下がりつづけるものだと考えることができます)。

エネルギー資源に関しても、「数年後にはピークオイルが到来する」とする研究者もたくさんいます。国際エネルギー機関(IEA)も去年8月に、「世界の埋蔵量の4分の3を占める800の油田を調べたところ、主要な油田のほとんどでは、すでに産油量がピークを過ぎており、世界全体の産油量も10年以内にはピークに達するだろう。2007年に、産油量の減少率は年3.7%と予測していたが、実際は年6.7%である」と発表し、これまでの見通しが甘すぎたことを認めました。

「世界は地球の限界を超えていること」が明らかになるにつれて、生活者の価値観(特に深層心理)が変わってきていることを、企業はどのくらい理解しているでしょうか?

最近日本では、「買わない消費者が増えている」と言われています。たとえば、かつてはステータスであり、だれもが欲しがっていた「自動車」を買いたいという人が減っているというデータがあちこちに見られます。私も高校生や大学生と話をする機会があると聞いてみますが、「クルマがほしい」という人はあまりいません。「クルマを持つことがカッコイイことだと思わない」という答えも増えているようですし、「携帯電話だけあればいい」という答えもけっこうあります。

不景気のせいで人々の財布のヒモが固くなっているだけだったら、景気が戻れば問題は解決するかもしれませんが、「構造的・心理的にもっと深いところで何らかの変化が起きつつあるのではないか」と考えている人が増えており、最近の日本ではそういったテーマの書籍が次々と出されています。

たとえば、『シンプル族の反乱』『無印ニッポン―20世紀消費社会の終焉』『欲しがらない若者たち』『若者のライフスタイルと消費行動-若者は本当にお金を使わないのか!? 』など。『「嫌消費」世代の研究――経済を揺るがす「欲しがらない」若者たち』という書籍の表紙には、大きく「クルマを買うなんてバカじゃないの?」という文が躍っています。

日本で世界に先駆けて進行中の少子高齢化に伴って、「消費層」の母数が減っていくことも確かです。そして、それだけではなく、世論調査でも明らかなように「モノの豊かさ」より「心の豊かさ」のほうが大事だという人が増えていることも、大きな構造変化の背景にあると考えています(特に都市部、そして、男性より女性に「心の豊かさ」を重視する人が多いという結果です)。心の豊かさのほうが大事だと思っている人たちが、数ヶ月ごとに出てくる新製品をどんどん買うでしょうか?

特に「現代の若者はモノへの執着がない」と言われています。「地点Aから地点Bに移動するときに、クルマしかなかったらクルマを使うけど、別にそれは自分のクルマである必要はない。借りたっていいし、今ではカーシェアリングもあるし、相乗りだっていいし、自転車で行けるんだったら自転車で行くし」という、そんな感じなのです。


所有からシェアへ

そして、人の価値観は割と簡単に変わるものだと思います。一例ですが、欧米でカーシェアリングが広がり始めた2000年、私は自分の「環境メールニュース」でそのようすを日本に紹介したことがあります。当時、反応の大半は「日本人はきれい好きだから、だれが使ったかわからないモノは使いたがらない。だから、日本ではカーシェアリングは絶対に広がらない」というものでした。

でも今ではどうでしょう? 都内を走る山手線のどこの駅で降りてもカーシェアリングが使え、毎日のように各地でカーシェアリング事業の開始を告げるニュースが報道されているほど、カーシェアリングは日本でも広がっているのです。

「日本人はきれい好きだから」「若者にはクルマは必需品」「一人前になるには持ち家を持たなくては」等々、「○○はこういうものだ」というこれまでの無意識の前提(メンタルモデル)に気づき、それを緩めること。この力は、これからの社会や企業にとって、不可欠ではないでしょうか。

そういった観点から、現在、新しい動きとして私が注目している3つの「脱」があります。一つは「暮らしの脱所有化」です。先ほど書いたように、自動車を所有している人や所有したいという人が、特に若い層で減っています。本もCDも、洋服も家だって、所有するより貸し借りや共有(シェア)して暮らす人が増えています。

Kagoshima Book Off
イメージ画像: Photo by jetalone.
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若い人たちは、新刊を買って読んだらすぐに古本屋の全国チェーン「ブックオフ」などで売ります。読み終わったら売ることを前提に本を買っているのですね。そういう意味でいえば、ブックオフなどの古本屋は、「現代版貸本屋」と言えるでしょう。音楽でも、CDを買う人が激減しているため、音楽業界も大変だと言われています。インターネットなどからダウンロードするか、貸しCD屋のTSUTAYAなどから借りてきて、音楽を楽しんでいるのです。

2つめの「脱」は、「幸せの脱物質化」です。これまではモノを買うこと、持つことが幸せだと考えられていました。でもそうではなく、自分の幸せを人とのつながりや自然との触れあいなどで定義する人が増えています。農への関心が高まり、キャンドルナイトを楽しむ人が増え、日本でも「隣人祭り」が広がっているのです。

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そして、3つめの「脱」は、「人生の脱貨幣化」です。これまでの日本では、会社に時間を捧げて代わりにお金をもらい、それをもとに人生を設計するのが普通でした。しかし「半農半X」などの新しい生き方を選ぶ人が増えています。自分と家族が食べる分は農業でまかない、残りの時間は自分のやりたいこと(ミッション)に費やすのです。私のまわりにも「半農半作家」「半農半NGO」がいます。お金をすべてのベースにしなくてもよいではないか、という人生設計なのです。

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変化をとらえて進化を

こういった動きは、「モノをたくさん売ることで儲ける」というビジネスモデルでやっている企業にとっては、非常に困ったものになるでしょう。だって、みんな、あまりモノを買う必要を感じていないし、実際に買わなくなってきているわけですから。

でも、おそらくこの傾向は、ますます強まるだろうと私は考えています。もしそうなったとしたら、企業はどのように対応すべきでしょう? これまでのように、「どんどん買ってくれる」ことをベースとした、右肩上がりの売り上げを前提にしたビジネスモデルでは、経営は難しくなっていくのではないでしょうか。

企業とは社会が必要とする限りにおいて存続できる存在です。そして、社会が求めることは時代とともに変わっていきます。企業が創業した時には、そのときの社会の要請に応じて何かを提供するためにつくられたはずです。しかし、それから今までの間に、社会の要請が変わってきているとしたら、新しい社会の要請に合わせて、自社をどうやって変えていけるかが大事なのです。

かつて、産業革命が起こって、蒸気機関車やさまざまな機械などが登場した時に、そういった機械が出てきたことで職を奪われると思った人々たちが機械を壊そうという運動をしました。「ラッダイト」と呼ばれています。

日本でも世界でも、時代が変わり、社会の要請が変わったことに気づかず、旧式のビジネスモデルにしがみつき、社会が新しい方向に進むのを何とか阻もうとする「現代版ラッダイト」があちこちにいるような気がします。よく「環境」対「経済」の戦いと言われますが、そうではなく、新しい時代と社会の要請に対応する「新しい経済」とそれに抵抗する「古い経済」の戦いの時代なのでしょう。

そういう意味からも、華々しく経済新聞の見出しに躍ることはないけれども、草の根的に、人々の心や価値観の深いところで静かに進行中の「3脱」の動きに大いなる期待と注目をしているところです。これからもこういった変化や動きを、日本からお伝えしていきたいと思っています。

(枝廣淳子)

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