ニュースレター

2010年04月13日

 

新しい経済の枠組みへ向けての一考察 ~ 第1回世界資源フォーラム(ダボス)分科会より

Keywords:  ニュースレター 

 

JFS ニュースレター No.88 (2009年12月号)

JFS/Sufficiency

2009年9月にスイス・ダボスで開催された第1回世界資源フォーラムの分科会「新しい経済の枠組みへ向けて」に参加しました。そのときのプレゼンテーションをご紹介します。「新しい経済の枠組み」を考える一助にしていただければうれしいです。

------------------------------------

議長、ご紹介ありがとうございます。ご一緒できてうれしく思っております。今日は、私たちすべての生存を支えている生態系を壊すことのない経済を作っていくためには、どのような新しい経済的な枠組みが必要なのか、私の考えていることをお話ししたいと思います。また、アジアの国々で行われている、インスピレーションを与えてくれる心強い取り組みについても、ご紹介しましょう。

私はさまざまな仕事をしていますが、このような働き方は、新しい経済のパラダイムでは、より典型的になってくるかもしれません。さまざまなステークホルダー、つまり政府や企業、学会、NGO、一般の人々の間のインターフェイスとして、また日本と世界の架け橋として活動している、と総括することができるかと思います。

NGOのジャパン・フォー・サステナビリティ(JFS)は、持続可能性に関わる日本の情報を世界へ発信することによって、日本と世界を少しでも持続可能な未来に向けて動かしていきたい、という使命を持った「非政府コミュニケーション・プラットホーム」です。

JFSからは毎日、ポジティブで励みとなる情報をこんこんと送り出しています。私たちは世界中で状況が悪化していく中での「希望の泉」でありたいと思っています。

ぜひ、JFSのウェブサイトで、日本やアジアで持続可能性に関して、どんなことが進行中なのか、検索したりのぞいてみたりしてください。新しい技術、新製品やサービス、政府や市民の取り組みのほか、役に立つ漫画もあります!

漢字で「経済」と書くとき、そのもともとの意味は「経世済民」(世を治め、民を救う)という意味です。その深い意味で言えば、経済とは「人々の幸福を増大するためのもの」なのです。しかし、社会が貨幣をベースとした経済に移行するにつれ、世界のほとんどの国でそうなっていったように、「物質的なモノの生産、消費、取引」が強調されるようになっていきました。多くの人々が「より経済成長すれば、より収入が増え、より幸せになるだろう」と思い込んでいます。そうして、お金と経済成長が究極の目標として見られるようになり、GDPが私たちの進捗を測る尺度となったのでした。

そうして、私たち人間は、工業生産を増やすことによって経済を成長させ、GDPを増やそうと懸命に努力をしてきています。しかしそれは、エネルギー、金属、鉄鋼、その他の物質の消費量が増えるということでもあります。私たちは大いなる成功を収めており、ほとんどの国で、GDPはかつてよりもずっと大きくなっています。

しかし現在、私たちは2つの問題に直面しています。1つは、人間は地球の環境扶養力を超えてしまったということです。たとえば、最新のエコロジカル・フットプリントの分析によると、人間活動を支えるためには1.4個の地球が必要になっています。そしてIPCCによると、地球は、大気中から31億トン(炭素換算)の二酸化炭素しか吸収できないのに、毎年人間が大気中に排出する二酸化炭素は72億トンと、地球の吸収能力の2倍を超えているのです。

もう1つの問題は、経済が成長し、GDPが増えても、約束されていた幸せが実現していないということです。日本では、1人当たりのGDPは大きく増えてきましたが、自分の暮らしに満足している人々の割合は減り続けています。何かおかしいのです。

皆さんは、ハーマン・デイリーのピラミッドの枠組みをご存じかもしれません。現在の経済や政治は、「最大のアウトプットのために、いかにインプットを用いるか」という狭い領域だけに焦点を当てています。アウトプットを測るのはGDPですが、インプットは、何のコストもかけることなくどこからともなく現れるものだと考えられています。私たちすべてが依存している自然資本と、そのインプットがどのようにつながっているのかは、まったく気にしていないのです。そして、そのインプットが実際にどのように私たちの幸せを増大しているのかについては、考えもしていないのです。

JFS/New Economic Framework01

より包括的な枠組みをつくるためには、「ダブル・デカップリング」が必要だと考えています。二酸化炭素を例に取ってみましょう。人間の排出するCO2はこのように計算できます。

                   GDP       エネルギー       CO2
CO2排出量 = 人口 × ―――― × ―――――― × ――――――
                   人口         GDP        エネルギー


第1のデカップリングは、GDPとCO2のつながりを断つことです。そのためには「効率を上げる」ことが大事です。あえて「部分的な効率性」と申し上げておきましょう。技術が推進する効率改善が主眼で、先進国の多くの企業や政府がこれまでも取り組んできました。おかげで現在では、より効率的な技術や再生可能エネルギーが使えるようになっており、かつてに比べて「少ないCO2排出量で、より多くの生産ができる」ようになっています。

ファクター4やファクター10、MIPS(Material Input Per unit Service:サービス単位当たりの物質投入量)などは、最初のデカップリングのための取り組みとして位置づけられるでしょう。ハーマン・デイリーのピラミッドでいえば、自然資本から、人工資本や社会資本につながるところです。しかし、社会資本と幸せをつなげて考える必要があります。そして、「自然資本単位当たりに生み出す幸せを最大化する」という、包括的な効率性が必要なのです。

JFS/New Economic Framework02

ここでの鍵は、「足るを知る」ことです。ここでは、私たちの価値観やメンタルモデルが原動力となります。これを私は「第2のデカップリング」と呼んでいます。すなわち、幸せとGDPを切り離すことです。

日本人は古くから、足るを知るという心持ちで生きてきました。残念ながら、現在の日本人はそれを忘れてしまっているのですが......。しかし、京都の古寺へ行くと、「吾唯足を知る」「足るを知る者は常に足れり」といった禅の言葉を見つけることができます。

今日、とても心強く思うのは、「足るを知る」ということや、自然資本から幸せへの包括的な効率性に焦点を当てる試みや取り組みが増えていることです。

広く知られているGPI(Genuine Progress Indicator)は、進歩を測るためのこれまでと異なる尺度です。GPIは、私たちが本当に増やしたいものと増やしたくないものの区別をすることで、GDPに執着する私たちの気持ちを緩めてくれます。

参考:「真の進歩指標」とはどのような指標か
http://www.es-inc.jp/lib/archives/080513_132221.html

「GNH(Gross National Happiness)」というコンセプトを聞いたことがあるでしょうか? これは、アジアの小さな発展途上国ブータンが提唱しているものです。前国王が30年以上前に、「国民総幸福(GNH)は、GNP(国民総生産)よりも重要だ」と言ったのです。GNHは私たちに「本当に大事なのは何か」――私たちが働き、生きている究極の目的は何なのか――を深く考えさせてくれます。JFS参考記事:ブータンより ~ GNP(国民総生産)より、GNH(国民総幸福)を
http://www.japanfs.org/ja/join/newsletter/pages/029066.html

ご自分の胸に聞いてみてください。私たちは、自国のGDPを増やすために働き、生きているのでしょうか? それとも私たちは、自分たちの幸せを増やすために働き、生きているのでしょうか? GNHを測定するために、4つの分野と9つの柱が設けられていますが、そこには幸せの基盤として、生態系が含まれています。

もう1つ、アジアの例をご紹介しましょう、タイは「足るを知る経済」を提唱してきました。これはタイ国王が提唱しているもので、3つの原則があります。「中道」「道理にかなっていること」そして「外的な影響に対する自己免疫力」です(1997年にグローバル化が引き起こした経済危機に、タイは大きな打撃を受けました)。こういった原則は、「経済成長の拡大」というものの見方から、「持続可能な開発のためのしっかりした安定した基礎づくり」へと、重点を明確にシフトしていくものです。重視するのは、すべての人にとっての幸せであり、その基盤は地域社会や共同体なのです。

日本では、多くの大企業や中小企業、多国籍企業が、私のこのような話を聞いたあと、「どうすれば自分たちの会社でもGNHのような考え方を実践できるだろうか?」と尋ねるようになってきました。日本の多くの企業が今では、「売上の絶えざる増大を追い求めるだけでは行き詰まりになってしまう」ことを認識しているのです。

日本では現在、興味深い新しい傾向が見られます。それは、人々のメンタルモデルの深い所でのシフトを示すものです。その1つは「脱所有化」です。多くの人々、特に若い人たちにとって、自動車や書籍、衣類は、「買って所有するモノ」ではなく、「必要なときに使うモノ」になっています。人々が自分のアイデンティティを何で定義するかという基準が、「何を持っているか」から「何者であるか」に、少しずつシフトしている様子が感じられます。

日本の多くの若い人たちは、これまでずっと普通だった、1つの会社での「終身雇用」を求めなくなってきました。代わりに、「半農半X」と呼ばれるライフスタイルを求める人も増えつつあります。「半農半X」とは基本的に、ビジネスとしてではなく、自分の家族が食べられる分だけの農業を行い、残りの時間を自分自身の情熱や使命を実現することに費やし、建設的に社会にかかわっていくというものです、たとえば、「半農半音楽家」「半農半作家」「半農半NGO」といった人たちがいます。

JFS参考記事:私がヨロコブ、地球がヨロコブ 21世紀の生き方提案 ~半農半X~
http://www.japanfs.org/ja/join/newsletter/pages/028997.html

半農半Xがひらく地域と人の豊かな関係
http://www.japanfs.org/ja/pages/028604.html

ハーマン・デイリーのピラミッドでいうと、「GPI」は「GDPに対して真実を語る代替」として位置づけることができます。GDPと幸せを切り離すために、「脱所有化」や「脱貨幣化」の動きがあると考えられるでしょう。「GNH」や「足るを知る経済」は、自然資本から人々の幸せまでを包括的にとらえての効率性の原則や指標であると考えることができます。「物質投入量に対して、生み出された幸せ」を測るための新しい指標「MIPH(Material Input per unit Happiness)」といった指標も考えることができるかもしれませんね。

JFS/New Economic Framework03


ご清聴ありがとうございました。

(枝廣淳子)

English  

 


 

このページの先頭へ