ニュースレター

2016年10月18日

 

地域未来塾――地域で子どもたちの未来を育む日本の取り組み

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JFS ニュースレター No.169 (2016年9月号)

写真:教室
イメージ画像: Photo by Ryo FUKAsawa Some Rights Reserved.

「子ども達の貧困が深刻である」という認識が日本では大きくなりつつあります。子どもの貧困は、本人や家族の健康や幸福度のみならず、進学率や将来就くことができる職業にも大きく影響するため、抜本的な解決が求められる問題の1つです。今月号のニュースレターでは、この問題について、日本の現状と、政府が現在進めている「地域未来塾」という学習支援の取り組みを中心にご紹介します。

深刻化する子どもの貧困

厚生労働省の調べでは、日本の子どもの6人に1人は所得が中央値の半分に満たない「相対的貧困」の状態にあります(先進国の貧困状態を示す指標としては、相対的貧困が一般的に使われます。それに対して発展途上国の貧困の指標には、「一日1.90ドル未満で生活している」といった絶対的貧困を使うのが一般的です)。日本の子どもの貧困率は上昇傾向にあります。

図:子どもの相対的貧困率の推移

また2016年4月にユニセフが発行した報告書によると、所得、学習到達度等に関する最も貧しい子どもたちと平均的な子どもたちとの格差は、EUとOECD加盟国41カ国中、日本は8番目に大きいことがわかりました。

子どもの貧困の将来への影響

子どもの貧困は、子どもの将来に大きな影響をもたらします。例えば、大卒者の割合は、貧困世帯以外では、男女とも40%以上を占めますが、生活保護世帯では15%程度と、大きな差があります。学歴は就業形態(正規・非正規など)にも影響するため、教育上の格差は生涯所得をも大きく左右することになります。

日本財団が2015年12月に発行した『子どもの貧困の社会的損失推計レポート』は、この点に注目して、現在15歳の貧困世帯の子どもたち約18万人が、現状のまま大人になった場合(現状シナリオ)と、教育支援などを行なった場合(改善シナリオ)について、大卒者や所得の違いなどを推計しています。「現状シナリオ」の大卒者数は3万4000人なのに対して、「改善シナリオ」では6万2000人と、対策の有無によって3万人近い差が出すという結果でした。正社員になれるのは「現状シナリオ」では8万1000人、「改善シナリオ」では9万人でした。

この差はさらに所得の差につながります。正社員の所得は、非正社員に比べて高いからです。レポートでは、推計対象である貧困世帯の18万人が64歳になるまでに得る所得の合計を推計しています。「現状シナリオ」では生涯所得は22兆6000億円であるのに対して、「改善シナリオ」では25兆5000億円と、2兆9000億円も多くなりました。推計対象の18万人だけでも、日本全体ではこれだけの違いが生じるのです。

親が貧困から抜け出せないと、その子どももまた貧しい家庭で育つことになるため「貧困の連鎖」が生じます。日本では多くの子どもたちは塾に通って勉強しているのに対して、貧しい家庭の子どもたちは塾に通う経済的余裕がないのが実情です。負の連鎖を断ち切るためには、学校以外でも学習支援を行なうことが求められます。

無料の学習支援、「地域未来塾」の取り組み

こうした状況に対して、2015年度から日本政府は「地域未来塾」という学習支援の取り組みを始めました。「地域」という名前が示すように、この取り組みは、学校をプラットフォームとして、地域住民の協力を得て行なうものです。主に家庭での学習習慣が十分に身についていない中学生等を対象として、原則無料の学習支援を行ないます。2015年には、約2億円の予算が割り振られ、2,000の中学校区で取り組みが行なわれました。地域未来塾は、地方公共団体が、学習塾、NPOなどに委託して行なうこともできるなど、地域の実情に合った様々な方法で運営することができます。対象についても、一部の児童・生徒に対象を絞ることも、対象者を限らずに実施することもできます。

例えば、ある中学校では、学期中に週2回の夜間に、中学校の教室を利用した地域未来塾が行なわれています。対象は中学校1年生から3年生までの希望者で、指導は教員志望の講師や大学生などが担当しています。この地域未来塾は希望すれば誰でも気軽に参加できる、対象者を絞らないスタイルで、生徒がワークブックで自主学習をし、分からないところがあれば指導員に質問をする方法でおこなっています。平均して毎回約30名の生徒が参加しているそうです。この学校の生徒数は約300人なので、毎回全校生徒の1割程度が参加している計算になります。

また、家庭での学習が困難な生徒や、学習習慣が十分に身についていない生徒に対象を絞った地域未来塾の例として、習熟度に応じてクラスを未来塾コースと、標準コースに分け、未来塾コースを少人数クラスにし、指導員による丁寧な講義と指導が行なうスタイルもあります。

この方法では、標準コースと未来塾コースが同じ時間帯に行なうことで、学習が遅れがちな生徒を対象にした支援を行なっていることが生徒たちに分からないように配慮されています。必要な子どもたちにしっかりとした学習支援を行なう必要がある一方で、学習支援を受ける子ども達が「貧乏」「勉強ができない」と思われてしまうことを防ぐことも必要です。

地域未来塾が始まって2年目となる今年度(2016年度)、政府は取り組みを行なっている学区を2015年度の2,000から3,000に増やし、3年後の2019年度には全国の中学校の半数にあたる5,000の学区で実施するという目標を掲げています。また今年度からは、この取り組みを中学だけではなく高校にも広げること、ICT(情報通信技術)を活用することで支援を加速させるなど、地域未来塾は新たな展開を見せています。

地域未来塾の取り組みを支える法律と制度

地域未来塾は、様々な法律や制度によって支えられている取り組みです。そこで最後に、そうした法律や制度をご紹介しましょう。一つ目は2014年1月に施行された「子どもの貧困対策の推進に関する法律」です。この法律は、子どもの将来が生まれ育った環境によって左右されることのない社会を実現することなどを基本理念としています。この法律を受けて作成された「子どもの貧困対策に関する大綱」では、(1)教育の支援、(2)生活の支援、(3)保護者に対する就労の支援、(4)経済的支援、(5)子供の貧困に関する調査研究等といった項目ごとに、重点施策が設けられています。

「教育の支援」の重点施策としては、(1)学校をプラットフォームとした子どもの貧困対策の推進、(2)教育費負担の軽減、(3)貧困の連鎖を防止するための学習支援の推進、(4)学習が遅れがちな中学生等を対象とした学習支援などがあげられています。地域未来塾の取り組みは、まさにこの中に位置づけることができます。

また、貧困対策とは異なる視点から地域未来塾を支える制度も存在しています。2006年に改正された教育基本法では、新たに「学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力」という規定が加わりました。これを具体化するため、2008年から「学校支援地域本部」を設置する取り組みが始まっています。学校支援地域本部は、学校が必要とする活動を、地域住民がボランティアとして支援する組織です。多くの地域未来塾が、学校支援地域本部を基盤として開催されています。地域未来塾は、こうした元々ある制度や組織とも関わりを保ちながら、それぞれの地域の中で発展を続けているのです。

スタッフライター 新津尚子

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