ニュースレター

2016年09月30日

 

長寿日本一の長野県、健康で長生きの秘密は?

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JFS ニュースレター No.169 (2016年9月号)

高齢になっても元気で生き生きと暮らせる健康な社会づくりは、世界のどの地域にとっても重要な課題です。日本人の平均寿命は2014年の時点で、男女とも過去最高を更新し、男性が80.50年、女性は86.83年。世界的に見ても、男女ともにトップクラスです。

日本には47都道府県ありますが、平均寿命がいちばん長いのは、男女とも長野県です。また、単なる平均寿命だけでなく、介護を受けたり寝たきりになったりせず日常生活を送れる期間を示す「健康寿命」が注目されています。高齢者の幸福度を高めるのにとても重要な側面だからです。長野県はこの健康寿命も日本の中の上位に位置しています。このように、長寿の国・日本の中でも、長野県は特に長寿かつ長い健康寿命を誇っていますが、その秘密はどこにあるのでしょうか?

その秘密の1つは、人口200万人強の長野県で、1万人を超える保健補導員が県内ほぼ全域にわたって組織され、日常的に活動していることです。長野県の健康な地域社会づくりに欠かせない保健補導員の取り組みをご紹介しましょう。

須坂市での保健補導員の誕生と活動

保健補導員の始まりは、1945年に、旧高甫村(現在の須坂市)の主婦たちが「保健婦さん、何か手伝わせてくれないか」とかけたひと声でした。戦時下の劣悪な衛生環境のために結核や赤痢などの伝染病が発生し、多くの乳幼児が命を落としていました。そのような中で、住民の命を守るために孤軍奮闘する保健師の活動を、地域の主婦たちが手伝うという自主的組織として生まれたのが、須坂市の保健補導員会でした。

当時蔓延していた寄生虫や伝染病の原因を取り除こうと、「手のひら皿廃止運動」「ふとん干し運動」などの活動が、補導員である主婦から家庭へ、そして地域へと広げられていきました。また、死因の第一位であった脳卒中を予防するために、「血圧の自己測定による血圧管理」や「味噌汁の塩分測定と減塩運動」などに力を入れた時期もあります。

合併して須坂市となってからも、「一家にひとり保健補導員」をめざして活動が引き継がれており、「自分の健康は自分でつくる」という1987年の「健康づくり推進都市宣言」の重要な担い手として活躍しています。

保健補導員は、特別な人ではありません。ごくふつうの家庭のお母さんたちです。区の役員として区長から推薦され、任期は2年です。2年間で全ての保健補導員が交代することで、どんどん保険補導員の経験者を増やしていくところに特徴があります。現在は、269人の第30期・須坂市保健補導員が一人当たり平均して71世帯を受け持っています。

須坂市保健補導員の活動は、大きく2つあります。1つは「まず学び、自分の生活で実践すること」。ブロック毎に、毎月健康に関する学習会を開催し、ウォーキングの方法を学んだり、塩分や食事のバランスについて、実際に体験して学んだりしています。また、市の健康課題や生活習慣病についての学習もあります。学習だけでなく、歩数計をつけて、毎日続けられる運動を行ったり、バランスと減塩を意識した食事を家族にもつくったり、会員を対象に開催される健康教室に参加したりといった実践も大事な活動です。

もう1つの活動は、「学びを地域に広げること」。町の行事で、健康相談を開催したり、「須坂健康まつり」で健康体操を披露するほか、ニーズに応じて「子育て広場」や「高齢者のふれあいサロン」を開催したり、子育て支援のためにお母さん・お子さんの交流の場や高齢者の集いの場を開設したりしています。また、市の保健福祉事業にも協力し、健診当日の協力や、受診の声かけに合わせた健診申込書配布など、健診の受診者拡大に向けた活動もしています。

2014年度に、須坂市と東邦大学が共同で「須坂市お達者健康調査」を実施した結果を紹介しましょう。これは、須坂市民の健康の要因を明らかにし、さらなる健康づくりに活かす目的で行われたものです。

調査結果より、保健補導員経験者は未経験者と比べて、「活動能力が低い人が少なく元気度が高い(買物や食事の用意、預金の出し入れ、新聞や本を読むなどの活動をする能力が低い人が少ない)」「一人当たりの国民健康保険医療費が安い」「特定健診や各種がん検診の受診率が高い」ことがわかりました。さらに、世帯内に保健補導員経験者がいる男性は、主観的健康感(健康の自己評価)などの健康度が低い人が少なく、望ましい生活習慣を保っていることもわかりました。

須坂市では、保健補導員を体験しての効果として、「生活習慣が変わること」を挙げ、「減塩によって、食事が薄味になった」「野菜を多く食べるようになった」「バランスの良い食生活を心がけるようになった」「運動、ウォーキングを実践している」といった声を紹介しています。

「新たな仲間づくりができる」ことも大きな効果の1つです。「活動を共にした仲間と集い、健康づくりをたのしんでいます」「任期が終わっても、介護予防サポーターや食生活改善推進協議会で活動しています」といった声があります。

また、「町のことを知ることができる」「町の人と知り合い、地域の絆を深めることができる」「活動任期が終了しても健康体操の会を立ち上げ、継続して健康体操を行っている」など、地域のソーシャル・キャピタルを高めることにもつながっていることがわかります。

地域への効果としては、「町の健康への意識が高まる」「補導員による禁煙運動により、分煙を意識する人や公会堂の喫煙状況が改善した町が増えた」「学ぶ場、集う場をつくることで、人と人がつながる」などが挙げられています。

須坂市保健補導員会では、「健康体操(須坂エクササイズ)」として、子どもから高齢者まで誰もが知っている曲を歌いながら体操する、どこでも誰でも気軽にできる7種類のエクササイズを作成しています。歌いながら複数の動きを行うことで、脳への刺激が増え、認知症の予防にもなります。

長野県内に広がる保健補導員等の活動

このように須坂市から始まった保健補導員の仕組みが、県内各地に広がっていきました。各市町村によって名称は違いますが、現在11,000人ほどの保健補導員等が、地域社会の健康を守る自主的な住民組織として、県下のほぼすべての市町村で活動しています。「自分たちの健康は自分たちでつくり守りましょう」というスローガンのもと、県や支部、地区での「学習」と、健診や検診の受診の勧めなどの「保健活動」などを行っているのです。

冒頭に、長野県は長寿の国・日本の中でも男女とも平均寿命が日本一だと紹介しましたが、その理由を長野県では、「がんや心疾患による死亡率が低いこと」とし、「それを支えているのは、保健補導員等による生活に根付いた予防運動」としています。「保健補導員等は、地域の役割として交代で健康づくり活動の知識を身につけることができます。知識があればおのずと行動が変わり、家族や地域に健康づくりの輪が広がるのです。こうした取り組みによる長年の努力が、現在の長野県の長寿を支えていると考えられています」。

長野県には、統計が残る1973年以降の経験者数を数えただけでも、保健補導員等の経験者がなんと延べ25万人! 最近では少しずつ男性も増えてきましたが、大半は女性で、県内の女性の5人に1人が経験している計算になるそうです。これだけの人々がそれぞれの地域で知識を身につけ、家庭から地域へと実践を広げているのですね。日本の他の地域でも類似の活動を展開している地域はありますが、県内全域にわたって活動しているのは長野県だけといわれています。

2016年には、須坂市保健補導員会が春の褒章「緑綬褒章」を受章。2014年には、須坂市保健補導員会の「市民の健康を願って『自分の健康は自分でつくり守る』保健補導員の健康づくり活動」が厚生労働省の主催する「第3回健康寿命をのばそう!アワード」で厚生労働大臣・最優秀賞を受賞。県内の松本市の活動も2013年「第1回健康寿命をのばそう!アワード」で優秀賞に選ばれるなど、全国的にも活動が注目されています。

保健補導員制度の生みの親である保健師の故大峡美代志(おおば・みよし)さんは、「やがて全家庭の主婦が補導員2か年コースの修了者となる。その時こそ、住民自らが築いた健康都市となる」という言葉を残されたそうです。そのビジョンがまさに形になって、長寿県・長野の住民の健康と幸せを支えているのです。

スタッフライター 飯島和子、枝廣淳子

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