ニュースレター

2016年01月29日

 

地域内経済循環によって人口と経済を取り戻す(後編) ~ データでみる所得取り戻しの可能性

Keywords:  ニュースレター  お金の流れ  定常型社会  市民社会・地域 

 

JFS ニュースレター No.161 (2016年1月号)


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前号では、2015年10月26日に行なわれた島根県中山間地域研究センター研究統括監・藤山浩氏の講演から、毎年1%ずつ人口、所得を取り戻す「田園回帰1%戦略」についてお伝えしました。今月号のニュースレターでは、引き続き同講演から、地域内経済循環によって地域がどの程度所得を取り戻せる可能性があるのかを中心に、ご紹介します。


域内の資源を用いると地元の所得は増加する

域内の資源を使うと、地元の所得はどの程度増えるのでしょうか。いろいろな分野における想定例をみてみましょう。これらは、前号で紹介したLM3の考え方を用いて、3回分の取引でどれだけのお金が地域に落ちたかという視点で計算したものです。

たとえば、私たちがいちばんよく買い物に行くスーパーマーケットですが、現状では、売上の5%くらいしか域内から仕入れていません。売上が100億円の場合、域内からの仕入れを20%に上げれば、地元の所得(スーパーマーケットおよび域内調達先における従業員給与の合計)は、5%の場合の32.5億円から40億円に増えることが想定されます。

エネルギー分野で地元調達を進めることにも、大きな効果があります。たとえば、薪などの域内のバイオマス資源を活用して各世帯の暖房や給湯をまかなえば、地域内の林業部門にも効果が波及していきますから、域内の住民所得は5倍以上になることも想定できます。

毎日のように食べる、パンについてはどうでしょうか。地域外の大きな工場で作ったパンを売るだけでは、地元にはあまりお金は残りません。ところが地元で手作りのパンを焼き、原料の小麦粉や米粉も地元から調達すると、販売価格の半分以上が地域住民の所得となって残ることが想定されます。

また、今は田舎でも全国的な大きな住宅メーカーで建てる家が増えています。しかし地域の企業が、域外の大きな企業の下請けになり、外で作られた木材や資材を使って家を建てる場合、地域の所得はあまり増えません。それに対して、地元の大工さんが地元の材料を使って家を建てれば、地域の所得は大きく増えていきます。しかもそれは、地元の文化や環境に根ざしたものにもなりうるでしょう。

実際のデータからみる所得の取り戻しの可能性

ここからは実際の地域現場のデータを元に、所得の取り戻しの可能性を探っていきたいと思います。島根県中山間研究センターの家計調査によると、1世帯あたり年間約3万円分のパンを買っています。もし300世帯の地域があるとすれば、そこには約1000万円分のパンの需要があることになります。しかし、域外から買うと、先ほどの想定例のように、地域の所得は増えません。一方、域内で焼いたパンを買う場合は、一軒くらいのパン屋を十分まかなえるだけ売上が上がり、その稼ぎで定住できる人が生まれます。

灯油・ガス代はどうでしょうか。一世帯あたり年間11万円使っているので、1,000世帯の地域であれば、その需要の総額は1億円を超えます。このように家計調査を積み上げていくと、今後所得を取り戻し、それによって定住できる人を増やしていく、潜在的な可能性が見えてきます。

また、人口7万人の地方都市圏での経済循環を調べてみると、住民所得とほぼ等しい金額相当分を、域外から買っていることがわかります。それくらい外部依存型になっているのです。それでなぜ地域の経済が成立しているのでしょうか。それは、域外から補助金や交付税、そして最近では年金を合計1千億円くらいもらっているからです。

これでは、その地域も国全体としても、持続可能な経済ではないでしょう。しかし、ここからが逆転の発想です。ここまで域外への依存が進んでいるわけですから、今100ほど外から買っているものを、99にして、その1%分を原材料から域内で作ったら、それは1%分の所得増となりえます。これが、所得の1%取り戻し戦略の鍵の部分です。

中山間地域の家計調査からは、食品を見ても、外食を中心に約半分を域外のお店で買っていることがわかっています。また、食料費は1世帯あたりだいたい55万円ですが、その中で本当に地元で作っているものの金額は、1.4%しかありません。これでは、経済的にも地域の食文化としても、さびしい限りです。そして、地域にあるスーパーマーケットやコンビニ、ホテル、福祉施設などの各施設の食料の調達先を見てみると、産直市を除いては、ほとんど地元の生産品を買っていないことがわかります。

小さな拠点で支える集落の暮らし

こうしたデータを元に、人口4,000人の中山間エリアでの、具体的な所得の取り戻しのシミュレーションの事例を紹介します。食料と燃料について全品目の50%を地元店舗で買った場合、約1600万円分の所得が新たに作り出されます。これは、約5世帯分の生計を立てられる金額です。

次に、地元で買う比率は現状のまま、各品目の地元生産の割合を3割まで引き上げてみましょう。この場合、新たに生み出される所得は、かなり大きく、6000万円以上となります。これは、21世帯分の生計費になります。そして、部門別に見ていくと、パン屋さんやお菓子屋さんといった新たな部門での起業が見えてきます。地元生産物の域内循環度を増やすと、定住を支える実質的な所得確保が実現できるわけです。

私たちは、地域の人口や経済を取り戻すだけでなく、持続可能な地域社会の実現に向けたシステムを考えていくべきだと思っています。昨年政府がまとめた国土のグランドデザインや今年打ち出された「地方創生」に関わる総合戦略では、中山間地域のような集落が点在する地域では、小さな拠点を形成して、周辺の集落の暮らしを支えようという構想が盛り込まれています。

この「小さな拠点」で、集約型の拠点や交通のネットワークを形成して、周辺の集落の暮らしを支えていくという考え方です。決して周辺の集落から、人々を真ん中に集めようという構想ではありません。こういう拠点が形成されれば、今まで述べてきたような、地元の食料や燃料をうまく地域内で循環させるよい結び目になると思います。


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「いろんなものをちょっとずつ」の豊かさ

ここからは、私たちがこれから実現していく新たな社会のあり方や価値観について、議論を進めてみましょう。わが国の大部分を占める農山村の豊かさとは、量的な規模で測れるものではないはずです。多彩なものがいろいろと生み出されているところに特色があります。人口1,500人の村で調べたところ、その村で栽培、あるいは加工されている食品の数は、4,508品目もありました。しかし、その中で流通販売されているものは半分にも満たないのです。多くの食品は、今までの規模の経済を優先する中ではなかなか流通販売に載らない。ではどうすればいいのでしょうか。

島根県西部のキヌヤというスーパーでは、ここ数年、販売する商品に占める地元産品の割合を高めています。5年前は総売り上げの中で8%くらいしか地元産品がなかったのが、今では15%近くになっています。まさに毎年1%ずつ地元産品の割合を高めてきたのです。


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地元の農家や加工業者は誰でも、15%の手数料を払えば、この地産地消コーナーで自分が持ち込んだ野菜や加工品を売ることができます。この売り場だけで年間1000万円以上の売上をあげる農家も出てきました。キヌヤ全体では607もの農家や加工業者が出荷をしていて、その仕入れ総額は16億円にも達しています。そして、この地産地消コーナーの野菜は新鮮で安く、しかもおいしいのです。

このように中山間地域の少量多品種を、できるだけ近隣で循環させるための流通のしくみがあるはずです。最近全国的に流行している「軽トラ市」もその代表選手で、これは軽トラックで農家をまわり、いろいろな野菜を積み込んで、近くの都市に売りに行く方式です。


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私たちは今までの規模の経済を優先した社会のシステムの中で、「いろんなものをちょっとずつ」という世界を切り捨ててきたと思います。しかし本当はそこにおいしさがあり、魅力があり、あるいは地域内にお金を取り戻す可能性があると思います。

自然の生物多様性と同じく、私たちの暮らしの豊かさも、そういういろんなものがちょっとずつ存在する中に取り戻すことが重要です。そして、それを地域内で循環させるだけではなく、近隣の都市にもまとめて持っていくようなシステムが循環型社会にもつながっていくと思います。それを域外の専門化された大規模な物流とうまく連結させることを、考えるべきだと思うのです。


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(編集:新津尚子・枝廣淳子)

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