ニュースレター

2015年11月20日

 

「幸福度の高いまち」を目指して ながくて幸せのモノサシづくり

Keywords:  ニュースレター  市民社会・地域  幸せ 

 

JFS ニュースレター No.158 (2015年10月号)

愛知県長久手市は、市長が提唱する「幸福度の高いまち」の実現を目指し、市民との協働活動を積極的に展開しています。さまざまな取り組みによって、長久手が理想とするまちに向かって進んでいるかを確認する道具が必要と考え、2013年に市民目線による指標づくりの取り組みを始めました。「ながくて幸せのモノサシづくり」と名づけられた活動は、「今のながくての生活と幸せを測ろう!」「アンケート結果をみんなに伝えよう!」「幸せのモノサシの仕組みづくりにチャレンジ!」の3つのステップで進められています。

今月号のニュースレターでは、第1ステップで実施された幸せ実感調査の報告書より、モノサシづくりのアドバイザー、関西大学教授・草郷孝好氏の総括からの抜粋で、「ながくて幸せのモノサシづくり」の取り組みをご紹介します。


まちづくりと市民の幸せ

日本一住みやすい幸せ度の高いまちを目指す長久手市ですが、これは長久手だけではなく、日本政府の掲げる1つの大切な目標でもあります。では、なぜ、今の時代に、市民の幸福に関心を持つのかという点についてですが、これは、市民がどのような豊かさを志向しているかということと密接に関連しています。

市民の考える豊かさの中身は、この40年間でずいぶんと変化してきました。内閣府が毎年実施している「国民生活に関する世論調査」を見てみると、そのことがよくわかります。この調査の中に、物の豊かさと心の豊かさのどちらが重要かを尋ねる質問があります。

2014年6月実施の調査結果を見てみると、「物質的にある程度豊かになったので、これからは心の豊かさやゆとりある生活をすることに重きをおきたい」を選択した人が63%、「まだまだ物質的な面で生活を豊かにすることに重きをおきたい」を選択した人は31%でした。1970年代までは、物の豊かさを志向する人の割合の方が高かったのですが、80年代には完全に逆転し、以後、心の豊かさを重視する割合が確実に増加し、2014年は、物の豊かさを選択した人の2倍強になっています。

物の豊かさを実現するには、収入や雇用が重視されるわけで、経済対策が重要視されます。では、果たして、経済基盤が強化されれば、自然と心の豊かさも高まっていくものでしょうか。残念ながら、先進国の経験を見てみると、どうやらそう単純な話ではないようです。

すべての人が物の豊かさが大切である、とは考えていないように、反対に、すべての人が心の豊かさが大切だと考えているわけでもありません。要するに、人々の価値基準は多様であり、経済的な豊かさを実現すればそれでよいという時代ではなくなっているわけです。

そこで、政府も、人々の幸福度や生活への満足度などの国民の生活実感を調べ、それを幸せな国づくりを検討するうえでの指針にしようという動きが生まれてきたわけです。一体、国民は、どの程度幸福なのだろうか、国民の間で幸福度にどの程度のばらつきや格差があるのだろうか、また、各々の幸福な生活をどのように捉えているのだろうか、幸せを左右する要因はどのようなものだろうか、などを確かめていくことが必要と考えるようになってきたのです。

幸せ実感調査隊

市民協働の幸せ実感調査隊の活動は、日本では、長久手市が最初に導入したといってよいと思います。調査隊メンバーを公募で市民から、そして、市役所から若手有志に参加を呼びかけて発足、10回に及ぶワークショップを平日の夜に開催しました。

そして、調査隊のみなさんを中心にして、長久手市のまちの住みやすさと幸せ診断のためのアンケート調査を行いました。この生活の質を向上するための取り組みは、市民主導で調査票を設計し、データ分析を主導したという点で斬新であるとの評価が徐々になされてきています。

「調査隊のメンバーは調査の素人だと思いますが、それを頼りにできるのでしょうか?」という声があります。一般に「調査」と聞けば、行政の専門館、学者や研究者、各分野の専門コンサルタントが行うものと考えられています。確かに、専門性の高い課題、たとえば、生活環境調査であれば、水質検査、窒素濃度や二酸化炭素量の計測など、素人では手に負えないものばかりですから、専門家にゆだねるしか方法はありません。

しかし、長久手の生活に関する調査を行う場合には、長久手市民がまさに生活当事者なのです。つまり、長久手市民こそ、長年の生活経験をもとに、当事者の視点に立って、長久手がどのようなまちであってほしいかを構想したり、また、長久手の生活のどのような点を伸ばすべきか、あるいは、改善すべきかを見つけ出していくことができる「市民生活の専門家」といえるのです。

今回の幸せ実感調査では、長久手市の生活を多面的に評価・診断するために必要な設問を調査隊メンバーが工夫を重ねて、設計しました。その結果、長久手の独自性を映した設問が取り入れられており、長久手らしい質問票に仕上がっています。

ただ、市民メンバー主導の調査によって、長久手の住みやすさや幸せを確かめるために活用できるデータといえるかどうかという心配はあります。この点に関しては、今回のアンケート調査によって収集されたデータをもとにして、調査データの活用に問題がないかどうかを確認しました。

確認の結果、市民調査隊の設計した質問票による調査データは、長久手市の住みやすさ、幸せ度などの生活実感、また、幸せ度を左右する主要な要素を適切にカバーしていることがわかりました。長久手市の住みやすさや幸せ度を確かめていくための調査として、十分に活用できると考えています。

幸せ実感調査の使い道

従来、行政が実施する調査の多くは、市民の関心から出発したものというよりも、行政職員によって、その時々の生活に支障をきたしている課題を想定した上で、専門家によって設計され、実施されるものと思います。その結果は、行政サービスの改善や政策づくりなどの参考として利用されてきました。

今回の幸せ実感調査は、市民目線で長久手市の総合的な住みやすさや市民の幸せ実感を確かめるものであって、住みやすいまち、幸せ度の高いまち長久手を実現するために中長期にわたって活用していくものです。もちろん、従来の調査同様に、調査結果を市役所、学校、病院などの個別の行政サービスの改善にも活用できるでしょうし、それにとどまらず、地域全体の生活改善につながるような市民活動の発案や展開に活用できる調査でもあるのです。

幸せ実感調査の使い道ですが、まず、健康診断のような使い道があります。たとえば、体重を例に取ると、体重が急増した場合には、健康維持への警告サインとなりますし、逆に、堅調な数値であれば、安心感を持って生活できるでしょう。これと同じで、幸せ実感調査を実施したことで、長久手市の生活現状を良い面とそうでない面とを評価することができます。地域単位、世代差、男女別などで、幸福度が高いのかどうかを確かめたり、幸福度のばらつきを確かめたりすることで、長久手市の地域の健康度の現状を評価し、その結果、安心したり、問題意識を具体的に持つことになります。

このように住みやすさや幸せ度を多面的に調査することで、今の長久手市の長所や短所をより丁寧に確かめることができます。そして、長所や短所が把握できれば、今後、長久手のまちづくりに何をすべきかを長久手市の市民と職員が協働して考えて、行動に移していけると思います。

そのためには、幸せ実感調査を多くの市民に知ってもらうことで、長久手のまちづくりのためのアイデアを出したり、住みやすい長久手づくりに汗をかいてもらうことを目指していくことが大切になります。

また、別の使い道も考えられます。住みやすさや幸せ度というと、住みやすさが○○点、幸福度が△△点というように、数字で表すわけですが、このように数字だけになってしまうと、どことなく殺伐とした印象を持ちます。そこで、市民が住みやすいと感じる長久手の生活は、具体的にどのようなものだろうか、また、幸せ度を感じる長久手の暮らしは、具体的にどのようなものだろうか、を市民同士で語り合っていくきっかけとして、幸せ実感調査の結果を活用する方法です。

たとえば、幸せ度が10点満点で8点同士の地元の人に集まってもらい、8点をつけた幸せを感じる生活をとことん語り合ってもらい、その語りの中から、長久手市の良さや課題に肉付けをしていくことになるかもしれません。また、その語り合いから、既に行われている市民活動の中で、あまり人には知られていないけれども、将来の幸せな長久手づくりにつながる取り組みを見つけ出すきっかけになるかもしれません。幸せ実感調査は、このような市民同士のつながりを促すような活用の仕方もあると思いますし、そのような工夫が重要になってくると思います。


「ながくて幸せのモノサシづくり」の取り組みは第3ステップに入り、2015年に「ながくて幸せ実感広め隊」が結成されました。調査隊と同様に、メンバーは有志の市民と市役所職員で構成されています。広め隊の活動は、幸せな地域づくりにつながる活動を数多く掘り起こし、その活動に関わる市民やグループ活動にスポットライトをあて、それらを取材し、幅広く長久手市民への紹介を目指しています。既存の価値ある活動を知ることによって、一人でも多くの市民が、生活当事者として、まちづくりに関心を持ち、自ら動き出すことによって、長久手に幸せを育み、幸せ感の高いまち長久手の実現を目指しています。

市民協働活動が、どのような「幸せのモノサシ」をつくりだしていくのか、今後の展開に注目です。

〈参考〉
ながくて幸せ実感アンケート報告書 ~みんなでつくろう 幸せのモノサシ~
(2014年12月・長久手市)
https://www.city.nagakute.lg.jp/keiei/siawasenomonosashi/documents/nagakutesiawasejikkanannke-tohoukokusyozennpen.pdf

(編集:スタッフライター 田辺伸広)

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