ニュースレター

2012年12月11日

 

不幸な事故の背景を明らかにし、安全な国を目指す教訓に

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福島原発事故独立検証委員会 北澤宏一 委員長メッセージ
JFS ニュースレター No.123 (2012年11月号)

JFS/A message from the Chairperson of the Independent Investigation Commission on the Fukushima Daiichi Nuclear Accident: Tell the Whole Truth about the Tragic Accident to Extract Useful Lessons for a Safer Nation


2011年3月11日の東日本大震災がきっかけとなった東京電力・福島第一原子力発電所の原子力災害の原因究明と事故対応の経緯について、国会、政府、東電、民間の4つの事故調査会が設けられ、それぞれの調査報告が出されています。

民間事故調査会では、日本を代表する科学者、法律家、エネルギーの専門家など6名の有識者委員会の指導の下、約30名の若手・中堅の研究者・ジャーナリスト・弁護士が実際のヒアリング調査やデータ分析に携わりました。事故の直接的な原因だけでなく、その背景や構造的な問題点を民間・独立の立場かつ国民の一人という目線で検証し、半年間にわたる検証結果が2012年2月28日に発表されています。

福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書

この福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の委員長を務めた北澤宏一氏のメッセージ「不幸な事故の背景を明らかにし、安全な国を目指す教訓に」をお届けします。民間・独立の立場で半年にわたって行われた検証からの「悲劇を繰り返さないために、私たちが学ぶべきこと」をぜひ広く共有していただければと思います。


東京電力・福島第一原子力発電所事故の特徴

福島第一原子力発電所の事故の最大の特徴は、「過密な配置と危機の増幅」でした。福島第一原発には、6つの原子炉と7つの使用済み燃料プールが接近して配置されていました。現場の運転員たちは、水位や圧力を示すセンサーなどの表示が信頼できないという絶望的な状況の中で、危険な状態に陥った多数の炉や使用済み燃料プールに同時に注意を払わなければならなくなりました。ある炉の状態の悪化による放射線量レベルの上昇や、爆発による瓦礫の飛散、設備の損傷などによって、他の炉や使用済み燃料貯蔵プールに対する対策が妨げられたことで、危機は次々と拡大していきました。国民に対してはっきりとは知らされていなかった今回の事故の最大の危機が、この検証の中で明らかになりました。2号機などの格納容器の圧力が上がり爆発により大量の放射能が一挙に放出される可能性があったことと、運転休止中の4号機の使用済み燃料プールが建屋の水素爆発で大気中にむき出しの状態となったことについて、政府上層部が長期にわたり強い危機感を抱いていたことがわかりました。事態が悪化すると住民避難区域は半径200km以上にも及び、首都圏を含む3,000万人の避難が必要になる可能性もありました。原子力委員会の近藤駿介委員長らはこうした見通しを「最悪のシナリオ」として検討し、菅直人首相(当時)に報告していました。


危機時の情報共有――官邸による現場指揮とエリートパニック

東日本大震災に連動して東南海大地震が起きる可能性が高いとする地震学者たちの警告もあって、官邸は異様な危機感の中で事故収拾作業に直接乗り出していきました。唐突に見えた菅首相の福島第一原発の訪問や「東電撤退を許さない」とした東電本店での演説、自衛隊ヘリによる上空からの原子炉建屋に向けた散水、さらには事故後1カ月半を経て中部電力浜岡原発に対してなされた官邸による運転停止要請などは、過密に配置された原子炉群に対して当時の官邸が抱いていた「このままでは国がもたないかもしれない」という大きな危機感の上に初めて理解されることです。

今回の事故対応では不十分な情報共有体制が露呈しました。特に事故発生当初、現場から東電本店、原子力安全・保安院や原子力安全委員会、そして官邸との間には情報不足による疑心暗鬼の状態が生じていました。緊急事態に国が対処するためには、情報技術を活用した太い情報パイプとその共有体制の整備が重要です。さらに、いくつかの「エリートパニック」と呼ぶことのできる情報隠蔽、すなわち「国民がパニックに陥らないように」との配慮に従って行政の各階層が情報を伝えないという情報操作があったことも分かりました。その例はSPEEDIによる放射能汚染地域予測データが公表されなかった問題や「最悪のシナリオ」が公開されなかった問題などです。大きな危機に際し情報はどのように公開されていくべきでしょうか。「情報はだれのものか。国民に知る権利はあるのか、それとも各段階での担当者が自分たちの判断で秘匿して構わないものか」という疑問が政府や東電に突き付けられました。今後、日本では非常時にも円滑な情報共有がなされるような組織形成の努力が求められます。行政組織の各階層でのマルチ・チャンネルの情報共有、諸外国との迅速な情報共有についても工夫が必要です。


日本の原子力安全維持体制の形骸化

この検証の中で、日本の原発の安全性維持の仕組みが制度的に形骸化し、張子のトラ状態になっていることが明らかになりました。その象徴は「安全神話」です。安全神話はもともと立地地域住民の納得を得るために作られていったとされますが、いつの間にか原子力推進側の人々自身が安全神話に縛られる状態となり、「安全性をより高める」といった言葉を使ってはならない雰囲気が醸成されていました。電力会社も原子炉メーカーも「絶対に安全なものにさらに安全性を高めるなどということは論理的にあり得ない」として彼ら自身の中で「安全性向上」といった観点からの改善や新規対策をとることができなくなっていったのです。メーカーから電力会社への書類でも「安全性向上」といった言葉は削除され、「安全のため」という理由では仕様の変更もできなくなっていました。

原子力安全委員会が「長期間にわたる全交流動力電源喪失は、送電線の復旧又は非常用交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない」とする指針を有していたという事実がその好例です。なぜ高い安全性を実現しなければならないはずの原子力安全委員会がこのような内容を盛り込んだ指針を作らなければならないのでしょうか。この指針があることで、電気事業者は過酷事故への備えを怠った面があります。安全を犠牲にして電力事業者の負担をなるべく減らそうとするご機嫌取りにしか見えません。原子力推進側にいたことのある、ある政府高官は「当時は原子力安全委員会において、東電の発言権が大きかったことは確かです。そして一旦このような指針が決められると『間違っていた』として訂正することはほぼ不可能でした」と語っています。

米国や欧州では1979年のスリーマイルアイランド事故や2001年9月11日の同時多発テロ事件の後、センサー類やベントのためのバルブの改善を含むいくつかの過酷事故対策が実施されました。しかし当時の日本政府や電気事業者はこうした対策の多くを無視し、その結果、過酷事故への備えが不十分となっていました。世界平均の数十倍もの高い確率で巨大地震が発生する国である日本が過酷事故対策についてこのような態度をとってきたことは、国際社会に対しても恥ずべきことと言わねばなりません。

この調査中、政府の原子力安全関係の元高官や東京電力元経営陣は異口同音に「安全対策が不十分であることの問題意識は存在した。しかし、自分一人が流れに棹をさしてもことは変わらなかったであろう」と述べていました。じょじょに作り上げられた「安全神話」の舞台の上で、すべての関係者が「その場の空気を読んで、組織が困るかもしれないことは発言せず、流れに沿って行動する」態度をとるようになったということです。これは日本社会独特の特性であると解説する人もいます。しかし、もしも「空気を読む」ことが日本社会では不可避であるとすれば、そのような社会は原子力のようなリスクの高い大型で複雑な技術を安全に運営する資格はありません。


原子力コミュニティ

私たちのヒアリングでの元経済産業省高官の言葉は、原子力産業を規制する側の経済産業省と規制される側の事業者との関係を如実に物語っています。

「東京電力はですね、自家発電事業者が東京電力の電線を用いて送電させてくれといってもことごとくたたき落とす。そのために利用するのが国の規制。つまり、東電は『我々はいいんですけど、国の規制で出来ませんから』と言って独占体制を固めてきた。我々、手取り足取りね、要するに指導、規制していることになっている。90年代の中頃に規制改革をやった。東京電力によって支配されている資源エネルギー庁っていう状態を改善するためにやるんだっていう見方が......。規制しているようで、道具にされている。保安院というのは東電に頭が上がらないとは言わないんですけど」。

安全規制は、本質的に推進側と対立することができる存在でなければなりません。なれ合い体質を打破できる抜本的な法的・組織的改革が行われない限り、原子力の安全性の確保は非常に困難だと言えます。

さらに、「原子力ムラ」は多種多様な癒着構造を持っていることもわかりました。与野党双方の政治家への電力会社経営者および労働組合からの献金、マスメディア各社への電力会社からの巨額な広告費、原子力関連研究者への電力会社からの多額の寄付、電力会社や原子力関連財団への官庁からの天下り、電力会社から官庁や原子力関連財団への出向、子供たちの原子力神話教育を支援する文化財団や教員グループへの国からの支援、自治体への国からの交付金の支給、電力会社による自治体への文化施設などインフラの寄付など、様々な形で「ムラ」は結びついています。この「原子力ムラ」というコミュニティは、空気を読み合いつつ惰性によって動く利益共有型の集団と言えます。したがって、このような集団の中に規制機関や安全に関する評価委員会を設置しても、それらが馴れ合いになってしまうことは明白です。法律・制度や組織体制の抜本的改革が必須で、かつ、シビリアン・コントロールの精神、すなわち、ムラの外側からも主要な人材を連続的に取り入れていくことのできる組織変革が必須の条件です。


安全な国づくりのために

東日本大震災では約2万人の死者の93%は津波によるとされます。原発事故による直接の死者は出ていませんが、1年後の今日も10万人を超える住民が放射能汚染のため避難生活を続けています。そして、数十万を超す人々が今後長く続く放射能汚染の影響を不安に思いながら生活しています。

東日本大震災では災害の状況が世界に放映され、避難者の姿は日本だけでなく、世界の注目を集めました。パニックに陥らず、辛抱強く耐え、仲間をいたわる日本人の絆の心は、今後の復興に向けて希望を与えるものです。諸外国からも多くの励ましの言葉と多額の義援金や援助物資、そして救援隊の支援を頂きました。この検証委員会は、この報告書の場をお借りして諸外国に深い感謝の意を表したいと願います。世界からの励ましは日本人のこころに残るもので、復興の力となるものであります。

しかし、残念なことに東京電力・福島第一原子力発電所の事故によって、我が国は大量の放射性物質の放出で大気や公海を汚染することになりました。緊急の複合危機の中で対応に追われたとはいえ、日本政府による放射能漏えいの各国への通知が遅れました。このことについて、私たちは日本国民として世界にお詫びしたいと思います。

この報告書は、若手や中堅の自然科学・工学者や人文科学の研究者、実務家、弁護士、ジャーナリストたちを中心に約30人のワーキンググループが、資料集めや関係者へのヒアリング調査を行い、私たち外部招聘委員の責任の下にその結果をまとめたものであり、2013年早々には英訳して世界に発表したいと考えています。民間の事故調査委員会には何の権限もありません。しかし、事故対応に当たった政治家や官僚、自治体関係者、原発関係者などへの聞き取りを若者たちが熱心に行う中で、相手も詳細にわたる陳述をしてくれました。インタビューに応じてくださった方々に深くお礼を申し上げます。そして、この報告書が福島第一原子力発電所の複合過酷事故という不幸な事態の真実をより明らかにし、日本、および、世界が子供たちの未来に向けて有用な教訓を引き出すための一助となることを願っています。


福島原発事故独立検証委員会 委員長
北澤宏一

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