ニュースレター

2010年12月14日

 

森や川とのつながりを修復して、海を再生しよう ~ 富山湾の取り組み

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JFS ニュースレター No.96 (2010年8月号)
シリーズ:地方自治体の取り組み 第30回


「天然のいけす」富山湾

今回の舞台、富山湾は、本州のほぼ中央部から日本海に大きく突き出た能登半島の東側に位置する大きな湾です。「天然のいけす」と称されるほど魚の種類が豊富な富山湾では、一年を通じて「キトキトの(新鮮で活きがいいという意味の富山弁)魚」が水揚げされ、沿岸には、魚津、新湊、氷見など、活気のあふれる漁港がいくつも点在しています。

富山湾は、大陸棚が狭く、沿岸から急激に深くなっているのが特徴で、最深部は1,200メートル以上に達しています。富山湾の表層には、対馬暖流の流れに沿って暖流系の魚が入ってくる一方、水深300メートル以上の深いところには、水温が2℃前後の冷たい日本海固有水(深層水)が存在し、そこには冷水系の魚が棲んでいます。このように、富山湾は、暖流系と冷水系の両方の生物が生息できる環境となっているため、多種多様な水産資源の宝庫となっているのです。

総漁獲量の7割がマグロやブリなど暖流系回遊性の魚ですが、この他にも、アマエビ、ベニズワイガニ、バイ貝など、深海に生息する魚介類も多く水揚げされています。特に、ホタルイカとシロエビは、富山湾以外ではほとんど獲れない貴重な水産資源です。なかでも、毎年春になると、産卵のために200メートル以上の深海から沿岸に押し寄せてくるホタルイカ。水揚げの際、夜の海面に青白い光を一斉に放つ幻想的な光景は、富山湾の春の風物詩となっています。

富山湾では400年以上も前から、定置網を中心とした沿岸漁業が発達してきました。定置網とは、魚が障害物に沿って遊泳する習性を利用した漁法で、漁師たちは、季節や海底の地形などから魚の通る場所を選んで網を設置し、魚が入ってくるのを待ち構えます。一網打尽式の漁法とは異なり、魚を傷つけず、獲りすぎないための工夫がされているため、資源管理型の持続可能な漁法として世界的にも評価されています。


富山湾で起きている異変

しかし、この豊饒の海と言われる富山湾で、これまでには見られなかった現象が起き始めています。ホタルイカは本来、4月から5月が漁の最盛期ですが、最近は接岸時期が早まり、3月から4月で漁が終了する年もあるといいます。また、夏の終わりに発生するはずのミズクラゲが、春頃から異常発生するようになり、漁業被害が深刻化しています。大量のミズクラゲが定置網に入り込むと、網が破損したり、魚の商品価値が失われてしまうため、漁業者は甚大な被害を受けることになります。このほか、沿岸の流れが突発的に強まる、「急潮」と呼ばれる現象がたびたび発生し、定置網の破損や流出被害が相次いでいます。

そして、沿岸域で最も心配されているのが、磯焼けの進行です。磯焼けとは、沿岸の岩礁域に生育する、コンブやホンダワラなどの大型海藻類(藻場)が減少し、代わりに石灰藻と呼ばれる白く硬い殻のような海藻が海底を覆い、海が砂漠化する現象です。原因は特定されていませんが、海流の変化による水温の上昇、海藻の生育に必要な栄養分の不足、ウニなどの藻食性生物の食害などが挙げられています。

磯焼けは、日本の沿岸全域に広がっていて、富山湾でも進行が確認されています。海藻や海草が群生する藻場は、魚介類の産卵場所であり、幼稚魚の餌場や隠れ場となるため、藻場の減少は、沿岸漁業の生産量に大きな影響を及ぼします。藻場は、生物多様性の維持だけでなく、水質の浄化や海岸浸食の抑制など様々な環境機能を有しているため、緊急の磯焼け対策が求められています。


漁業者と林業者の連携

「山はどうなっているのか?」。魚津漁業協同組合(魚津漁協)の浜住博之さんは、以前とは明らかに異なる海の様子を見て、山の状態が気になりだしたといいます。富山湾のすぐ背後には、標高3,000メートル級の立山連峰がそびえ立ち、これらの山を源流とするいくつもの河川が、富山湾へと大量に注ぎ込んでいます。富山湾では昔から、これらの河川に含まれている、豊かな山の栄養分が、良好な餌場をつくり、豊富な魚介類を育んでいると考えられてきました。

魚津漁業協同組合
http://www.jf-uozu.or.jp/

今から10年ほど前、浜住さんが、富山湾へ注ぐ神通川の上流で目にしたのは、間伐などの手入れがされず、長年にわたって放置された人工林でした。日本の林業は、木材価格の低迷や高齢化、後継者不足といったさまざまな問題を抱え、管理の行き届かない山林が増加しています。もともと、漁業者と林業者はあまり良い関係ではありませんでしたが、森林の惨状を目の当たりにし、林業者の立場が理解できるようになったといいます。その後、魚津漁協では、近隣の森林組合の植林活動に参加するなど、林業者との交流を徐々に深めていきました。

こうしたなか、燃油価格の高騰という、漁業者にとっては死活問題ともいえる事態が発生します。2008年7月には、全国の漁船約20万隻が一斉に休漁しました。当時は魚津漁協の漁業者も、「沖に出るよりは休んでいた方がいい」と、漁を休まざるを得なかったといいます。そこで、魚津漁協では、国の「省エネ推進協業体活動支援事業(輪番制休漁事業)」を活用し、休漁中に漁場の再生に取り組むことができないか、検討を始めました。

水産庁 省エネ推進協業体活動支援事業
http://www.jfa.maff.go.jp/j/fisher/f_zigyo/37.html

すると、魚津市農林水産課から、杉の間伐材を利用した人工魚礁を製作するアイデアを提案されます。何より魚津漁協は、植林活動への参加を通じ、近隣の森林組合とも太いパイプでつながっています。話はすぐにまとまり、2008年8月1日より、早速作業を開始しました。魚礁は、1辺1メートルの立方体で、重さは約1トン。鋼材で枠を組み、上部に間伐材、中央にカキの殻を入れ、底部にコンクリートを流し込んで重石にします。

魚礁の製作は、出漁を取りやめた沿岸漁業者が輪番で行いました。山の仕事に不慣れな漁業者が、自ら魚津市室田の山に入り、林業者の指導の下、120本もの間伐材の切り出しを行いました。その後、魚津市の経田(きょうでん)漁港で組み立てを行い、合計10基の人工魚礁を製作しました。これらは、船で約100メートルの沖合に運ばれ、水深2~6メートルほどの浅瀬に設置されました。作業開始から海中への設置まで、40日程度かかったといいます。

人工魚礁の設置から約1年が経過した2009年9月、海中の様子を確認すると、間伐材にはフナクイムシ等の生物が付着し、それを食べる小魚が集まっていました。また、貝殻のすき間には、エビ、カニ、ゴカイ等の生物も住みついていました。漁業者自らが間伐材を切り出し、魚礁を製作するという取り組みは、全国的にも珍しく、魚津漁協は、「ストップ温暖化『一村一品』大作戦 全国大会2010」に富山県代表として出場し、審査委員特別賞(森とつながる海づくり賞)を受賞しています。

ストップ温暖化『一村一品』大作戦2010 審査委員特別賞
http://www.jccca.org/daisakusen/area4/toyama/index.html


「ぼくらは海のレスキュー隊」

また、最近の研究で、海水中の鉄イオンの減少が、磯焼けの原因の一つであることが分かってきました。鉄イオンは、海水中の植物プランクトンや海藻の生育に不可欠な成分です。かつては、森林の腐植土中に含まれる腐植物質(フルボ酸、フミン酸)が、鉄イオンと結び付き、川から海へと豊富に供給されていましたが、森林の荒廃などにより、鉄イオンの海への供給が減少していると言われています。
COP10 豊かな海を取り戻せ!鉄の不思議な力
http://www.cop10.com/satochi-satoyama/000083.html

魚津漁協では、鉄イオンが海藻の成長を促すことを実証しようと、鉄粉で作った団子を海に撒く活動も始めました。これは、使い捨てカイロの鉄粉をクエン酸で溶かし、けい藻土にしみこませて団子状にしたものです。2010年5月13日には、地元の小学生が集めた使用済みカイロから鉄粉を取り出し、子どもたちと一緒に約200個分の団子を手作りしました。出来上がった団子は、子どもたちが観察できるよう、経田漁港の岸壁から海に投入されました。子どもたちは、自らを「海のレスキュー隊」と呼び、豊かな海が戻ってくることを心待ちにしているといいます。

森・川・海はつながり、それぞれが自然の循環の中で大切な役割を果たしている――先人たちは、誰に教わるでもなく、十分にその仕組みを理解していました。しかし、現代を生きる私たちは、こうした知恵をいつの間にか、どこかへ置き去りにしてきたようです。大切なのは、私たち人間もまた、自然の循環の一部であると認識することです。森・川・海を壊したのが人間であれば、それを修復するのも人間です。富山湾の取り組みは、小さな一歩かもしれませんが、大切な資源を後世へと引き継ぐ新たな知恵を生み出しているともいえるのです。


(スタッフライター 角田一恵)

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