ニュースレター

2010年10月12日

 

国をリードする東京都の温暖化への取り組み ~ キャップ&トレード制度始まる

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JFS ニュースレター No.94 (2010年6月号)
シリーズ:地方自治体の取り組み 第29回


エネルギー使用量でみれば北欧諸国の一国分に相当し、総生産額でみれば世界第16位の国家にも相当するという巨大な都市・東京。東京都では、国に先駆けて、低炭素型都市への転換に大きく舵を切り、効果的な制度の設計・運用を進めるなど、着実に成果を挙げつつあります。今回は東京都の温暖化対策の具体的な取り組みと成果、今後についてご紹介しましょう。

東京都は2007年6月、「東京都気候変動対策方針」を策定しました。これは、その前年12月に策定した『10年後の東京』の実現にむけた取組のひとつとして、「カーボンマイナス東京10年プロジェクト」を推進しており、この10年プロジェクトの基本方針として、今後10年間の都の気候変動対策の基本姿勢を明確に示すとともに、代表的な施策を先行的に提起したものです。「本方針は、実効性のある具体的な対策を示せない国に代わって先駆的な施策を提起し、日本の気候変動対策をリードするため策定したものです」と書いてあります。

ここでの基本的考え方は、「日本の環境技術を、CO2削減に向け最大限発揮する仕組みをつくる」「大企業、中小企業、家庭のそれぞれが、役割と責任に応じてCO2を削減する仕組みをつくる」「当初の3~4年を『低CO2型社会への転換始動期』と位置づけ、戦略的・集中的に対策を実行」「民間資金、地球温暖化対策推進基金、税制等を活用して、必要な投資は大胆に実行」というものです。

東京都から排出されている温室効果ガスのうち、約半分が業務・産業部門から、そして残り半分が家庭・運輸部門からとなっています。業務・産業部門のうち、40%がいわゆる大規模事業所からの排出です。東京都の取り組みでは、まずここをターゲットにすることにしました。

そして、「企業のCO2削減を強力に推進」をはじめとする5つの方針と主な取り組みが定められました。なかでも、「大規模CO2排出事業所に対する削減義務と排出量取引制度の導入」は、日本では国としての排出量取引制度が議論や自主的な試行はおこなわれていたものの、本格的な導入からはほど遠い状況にあるため、大きな議論を呼びました。

この「東京都気候変動対策方針」策定後、約3年が経過しました。どのような成果が挙がりつつあるのでしょうか? 

最大の成果の1つは、東京の企業・経済団体等と共同で「キャップ&トレード」など先駆的な制度を実現したことでしょう。「東京都気候変動対策方針」は、企業、家庭、都市づくりなどの部門で、新たな施策の導入を提起し、策定後3年間で、大規模事業所への総量削減義務と排出量取引(キャップ&トレード)制度、中小規模事業所を対象とする「地球温暖化対策報告書制度」、一連の環境都市づくり制度の強化など、「方針」が提起したほとんどの新しい施策が実現されてきています。これらの施策は、いずれも我が国で最も先駆的な制度であり、国際的にみても極めて先進的なものです。

とりわけ2010年4月から開始されたキャップ&トレード制度は、2005年に開始された欧州排出量取引制度(EU-ETS)、2009年に始まった米国北東部10州の地域排出量取引制度(RGGI)に続くエネルギー起源CO2の総量削減を目指す、世界で3番目のキャップ&トレード制度であり、業務部門を対象とする制度としては世界初のものです。

これらの制度は、東京都だけの力ではなく、都内の企業・経済団体、各分野の専門家・研究機関、NGOなど多くの主体の共同の努力によって可能になりました。「方針」の公表後、翌年1月まで開催された「ステークホルダーミーティング」をはじめ、都は、さまざまな機会に都内の企業・経済団体等と導入すべき施策の内容について議論を重ね、制度設計を進めました。削減義務率の決定、さまざまな指針・ガイドライン類の作成などにあたり、多くの事業所の協力を得て試行実施を行うとともに、省エネルギー、法律、金融、会計、建築、設計など各分野の専門家・シンクタンク、NGOの知見を得て、詳細な制度構築を進めたのです。

東京都の環境確保条例の改正に伴って導入されたこの「温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度」について、少し詳しく紹介しましょう。都内にある一定規模以上の企業(エネルギー使用量が原油換算で年間1,500キロリットル以上)に、燃料・熱・電力の使用に伴うエネルギー起源CO2を総量で削減することを求めます。対象事業所数は約1,300で、業務が約8割、工場が約2割です。数でいえば都内事業所の1%以下ですが、CO2排出量では業務・産業部門の約4割が対象となります。5年間で基準排出量からの8%(工場や地域冷暖房を多く利用するオフィスビルなどは6%)の削減が義務づけられています。

基準排出量の設定は、事業所との議論を重ねるなかで生まれたユニークなもので、事業所の選ぶ2002~07年度までの連続する3年間の平均値となります。自社に有利な期間を選べるため、先行して省エネや温暖化対策をしていた企業もその努力が報われる仕組みです。

2005年度から環境省主導で始まった「自主参加型排出量取引制度」や、2008年度に経産省が始めた「国内クレジット制度」、経団連の自主行動計画などでは目標未達時の罰則はありませんが、東京都の仕組みでは、義務未達の場合は不足量×1.3倍の排出量を取引で補う必要が生じます。それでもできなければ、都知事が取引を代行し、未達成企業に「代行調達費用」を請求することになっています。

自主的な削減だけでは足りない場合、排出量取引で購入することができますが、購入先は4つの可能性があります。1つは、他の削減義務対象事業所の超過削減量です。義務量よりも多く削減した事業所は、余った排出量を売却できます。2つめは、都内の中小企業から「都内中小クレジット」を購入できます。これは、都の中小企業向け温暖化対策制度に参加する事業所が、都の指定する省エネ対策をおこなった場合、排出削減量を認定されます。これが売買の対象となります。

3つめは、「再生可能エネルギークレジット」と呼ばれるもので、グリーンエネルギー証書など、再生可能エネルギーが生み出すものです。特に力を入れている太陽光・風力・地熱・小水力の電力による削減量は、実際の1.5倍に換算されます。4つめは、「都外クレジット」と呼ばれるもの、都外で年間エネルギー使用量が1,500キロリットル以上、排出量が15万トン以下の事業所が、東京都の削減義務を超えて削減した分の排出量となります。この場合、削減義務量の3分の1まで購入できる仕組みです。

日本では特に産業界が排出量取引への反対の声が強いのですが、その大きな理由の1つが「マネーゲーム化してしまう」というものです。EUでは削減結果を1年ごとに評価するしくみのため、売買に頼る傾向が強くなり、マネーゲーム化のリスクを高めるのではないかという批判の声もあります。都のしくみでは、5年あれば、計画的に削減に取り組めるため、排出量の売買にあまり頼らずに義務を果たすことができるだろう、という考えから、削減義務の履行期間を1年ではなく5年ごととしているのも特徴です。

この制度が実施されてから、都内の企業やビルの取り組みが格段に進みはじめた印象があります。削減義務の対象となる事業所では、設備の見直しや更新、LED照明の導入や従業員によるこまめな取り組みなどに力を入れるようになってきました。

特に、なかなか削減が進まなかったビルについて、削減義務はビルオーナーにかかるものの、一定規模以上のテナント事業者には、独自の対策計画書を作成・提出する義務を課すなど、テナント事業者が削減に協力する義務も設けているため、オーナーの「ようやくテナントに取り組みを促せるようになった」という声も聞かれます。

JFSでも伝えましたが、ユニークな取り組みに踏み切ったのは、東京の顔とも言える大丸有地区にある三菱地所です。オフィスと商業施設が多数入居している「新丸の内ビルディング」で使うCO2排出量にして年間約2万トンとなる電力をすべて「生グリーン電力」でまかなうことにしたのです。

JFS記事:新丸ビル 使用電力100%を自然エネルギーへ
http://www.japanfs.org/ja/pages/029783.html

グリーンエネルギー証書を購入することでグリーン電力を使ったとみなすという方法が多いのですが、グリーン電力証書は購入しやすいため価格が急騰する可能性もあり、必要なときに調達できない可能性もあると考え、東京都と青森県が結んだ「再生可能エネルギーの地域間連携協定」をベースに、青森県内の風力発電所などで発電した電力を電力会社保有の送配電網を使って、新丸ビルに供給するという画期的なしくみを作りました。

都では今後、 総量削減義務と排出量取引制度(キャップ&トレード)の的確な運営により大規模事業所部門におけるCO2排出量の確実な総量削減をめざし、2011年度からの排出量取引の開始に向け、排出量取引運用ガイドラインを策定、排出量取引を行うための基盤となる「削減量口座簿」を整備し、円滑な排出量取引に向けた環境整備を行っていきます。

同時に、対象事業所自らの削減と都内中小クレジットの創出を促進するため、(1) 省エネ専門家が対象事業所に赴いてのトップレベル認定基準を活用した省エネアドバイス、(2) 事業所の利用状況にあわせて熱源機器などの設定をきめ細かく調整し、運転プロセスを最適化する省エネチューニング実践セミナー、(3) テナントビル向け対策セミナーの開催、(4) 今後も電力消費総量の膨大な増加が見込まれるデータセンターのグリーン化セミナー、(5) オフセットクレジットの対象となりうる対策事例や事業化にあたっての留意点などを説明する都内中小クレジット事業化サポートセミナーなどを開催する予定です。

「東京都が国を先導する取り組みが進められている成功要因の1つは、知事の強力なリーダーシップでしょう。経済界が反対しても、やり抜くというリーダーシップがあるからこそ、さまざまな施策をぶれることなく進めることができます」と、東京都環境局の大野輝之理事は言います。

「東京都にはかつてから、国に先駆けて大切なことをするという歴史や自負心があります。かつて公害の時代、大気汚染に対する規制を最初に定めたのは東京都でした。そして、この『国に先駆けてやる』という都の気質は、都だけでなく、都内の事業所や企業も共有しています。『いつかやるのだったら東京が先にやって世界に示そう』という気概あふれる事業所や企業が、東京都にはたくさんあるのです」。

東京都のキャップ&トレード制度は日本の国としての排出量取引制度を強力にプッシュしていくことでしょう。ほかにもさまざまな先進的で実効性のある取り組みを進めていく東京都から目を離せません!


(枝廣淳子)

JFS記事:日本を引っ張る東京都の温暖化への取り組み
http://www.japanfs.org/ja/join/newsletter/pages/027414.html

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