ニュースレター

2010年09月07日

 

沈みゆくツバルの現状

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JFS ニュースレター No.93 (2010年5月号)


南太平洋に浮かぶ小国、ツバル。海岸のヤシの木の根元を洗う波の映像などで知られるこの国は「沈みゆく悲劇の島」と呼ばれ、「温暖化の被害者」の代名詞として、日本では多くの人に知られています。しかし同時に、"温暖化懐疑論者"と言われる人々を中心に、「ツバルは沈んでいない」「沈んでいるとしても温暖化が原因ではない」という声もあります。

実際のところはどうなのでしょう? ツバルは本当に沈んでいるのでしょうか?

今年1月下旬、NPO法人「Tuvalu Overview」が主催するツバル・エコツアーに参加して現地を訪れ、街の人々やツバル首相に話を聞いてきました。

ツバルは、ポリネシアに位置する9つの島からなる小国です。国土の総面積は約26km2、人口は1万人弱。首都フナフチがあるフォンガファレ島に人口の約半分が住んでいます。

フィジーで飛行機を乗り換えて2時間、コバルトブルーの海にリボンを丸く浮かべたような環礁の島々が見えてきました。平均海抜1.5~2mという平らで細く伸びる、緑の色濃いフォンガファレ島にプロペラ機は到着したのでした。

第一印象は、「人々は海面上昇で逃げまどっているわけじゃないんだ」。マスコミが日本の中で作り出してきたイメージをそのまま受け取っていた自分たちに気がつきます。実際のツバルは、幸せそうな人々が誰にもにこにこと笑顔で声を掛けてくれる、温かくて素敵な島だったのです。で、この島が沈んでいるって?

そもそも、島が「沈む」とはどういうことなのでしょうか? 実は「沈む」という言葉は、島と海との相対的な関係を表しています。お風呂に入っていて、お湯を足せばあなたは「沈んでいく」わけです。お湯を足さなくても、「肩まで浸かりなさい」と言われて体を下げれば、やはり「沈んでいく」のですね。そして、海辺の砂の城が波に削られていくように、地表が削られても「沈んでいく」のです。

つまり「沈む」とは、「海面上昇」「地盤沈下」「海岸浸食」のどれか、またはそれらの組み合わせによる現象だということがわかります。

では、「ツバルは本当に沈んでいるのでしょうか」。つまり、陸地に対して相対的に海水面は上がっているのでしょうか? そして、その原因は何なのでしょうか? 温暖化に伴う海面上昇なのか、島の地盤沈下なのか...。

島の構造を説明しましょう。島の土台はサンゴ礁がリング状に連なってできた環礁で、その上にサンゴの死骸や有孔虫の殻などが堆積しています。健全なサンゴや有孔虫が絶えず島に砂を供給することで、島の地形が維持されていることが特徴です。

島の土台となっているサンゴ礁は石灰質で硬く、波の浸食も受けにくいのですが、その上に載っているサンゴの死骸や有孔虫殻などは波に簡単に流されてしまいます。何らかの原因で海面が相対的に上昇して、波が石灰質の上の砂の堆積部分に当たるようになったためなのでしょう、「あそこにあった小さな無人島があっという間に消えてしまった」という話を何度か聞きました。


地盤沈下が要因ではない

ツバルの相対的な海面上昇は地盤沈下のせいだと主張する人もいます。地下水の汲み上げ過ぎが原因だとする説もありますし、「サンゴでできた島はもろくて崩れやすいこと」「米軍がずさんな埋め立て工事をしたこと」を、地盤沈下の要因だと主張する人もいます。実際はどうなのでしょうか? 

まず、地下水の汲み上げについて聞いてみたら、水質の汚染という問題のためにこの数十年間は行われていないこと、雨水利用が中心となっていることがわかりました。

また、サンゴでできた環礁の島の沈下は、一般的に0.02~0.2mm/年と知られています。ツバルでは豪州国際開発局が1993年から設定した5ヶ所の計測個所のうち、固定したベンチマークの値と比較していますが、潮位計測点の低下は1993~2009年の16年間で-1.6mm~+6.4mmです。2002年より行われているGPSによる地盤高の連続モニタリングでも地盤の沈下は認められていません。

一方、フナフチの潮位計による観測によると、1993年~2008年9月の平均潮位上昇は5.9mm/年でした。これは地盤の移動や大気圧、海水や大気の温度、風速・風力などへの補正を加えた数値です。ここ15年ほどの海面と陸地の相対的な位置変化は、地盤沈下より海面上昇の影響が大きいといえるでしょう。

IPCC第4次報告書では、この100年の全球的な平均値として「海面は17cm上昇」(1961~2003年の全球平均の海面変化トレンドは1.8mm/年)としています。ツバルは海面上昇の著しい地域に位置していることがわかります。
http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc/ar4/
ipcc_ar4_wg1_ts_Jpn.pdf
(PDF:15.44MB 33ページ目)

しかし、現地での見学、聞き取りや文献調査をするにつれ、「温暖化→海面上昇→水没」といった単純な図式で表せるものではないこともわかってきました。今回把握できた主な要因をシステム思考のループ図で示してみました。

JFS/TuvaluCLD_ja.jpg
(クリックすると拡大図が見られます)


複数の要因が絡み合う

温暖化で海水が熱膨張することに加え、南極やグリーンランド、氷河の氷が溶けることで海水量が増え、海面が上昇しています。海面が上昇すると、海岸浸食が激しくなりますし、温暖化に伴う嵐の強大化も海岸浸食を加速します。ツバルでは、海岸浸食によって海辺の木があちこちで倒壊している様子を目にしました。木が倒れると、その根が抑えていた土壌が流出する上に、嵐や波に対する防波堤機能を失ってますます海岸浸食が進みます。

JFS/Tuvalu_Funafuti01


浸食された土壌はサンゴに積もってその生育を妨げ、濁った海水はサンゴの光合成を阻害します。温暖化に伴う海水温の上昇もサンゴに悪影響を与えます。こうしてサンゴや有孔虫の生育・生存が危うくなると、島を形成する砂の供給量が減っていきます。

このように、温暖化というグローバルな要因がツバルの海面上昇や海岸浸食、島の土壌の減少に影響を与えているのです。ツバルでは、実際に海岸浸食や木の倒壊、サンゴ礁の被害などを見ることができます。

しかし、原因はこういったグローバルな要因だけではありません。人口増加や生活の西欧化によって廃棄物や家庭排水が増加しています。適切に処理されていない汚排水が海に垂れ流されて富栄養化を引き起こし、サンゴに藻が生えるなどしてその生育を妨げています。


グローバル&ローカルな対応

南太平洋に関するデータは計測開始から20年程度のものも多く、長期的なトレンドを断ずることはできませんが、少なくともここ15~20年のデータを見る限り、(1)ツバルでは海面上昇が起こっており、(2)その上昇を説明できる規模の地盤沈下は起こっていないことがわかります。

現在のツバルの状況は、多くの要因の組み合わせによる結果だといえます。「要因は1つであるはずだ」という思い込みを捨てねばなりません。温暖化以外にも要因があるからといって、温暖化が要因であることを否定することはできないのです。

そして「ローカルな要因による状況の悪化が、グローバルな要因によって今後悪化していく大きな問題への脆弱性を高めている」ことに対して、短期的および中長期的対策を考え、実行していかなくてはなりません。

私たちはグローバルとローカルの両方の要因に対応しなくてはならないということです。グローバルな要因だけを強調することは、ローカルな問題から目をそらせる危険性があります。一方で、ローカルな要因だけに帰すことは、本質的な問題解決にはなりません。

今後はますますグローバルな要因の影響が大きくなっていくでしょう。21世紀中の海面上昇を、IPCCは18~59cmと予測していますし、独ポツダム気候変動研究所は2m近い可能性を指摘しています。

ツバルは国際社会に警鐘を鳴らしつつ、自国のローカルな問題に取り組む必要があるでしょう。そして、日本を含む世界の国々は「かわいそうなツバルを救うため」ではなく、自分たちのためにも、一刻も早くグローバルな要因の加速を止めなくてはならないのです。

JFS/Tuvalu_Funafuti02.jpg


「日経エコロジーへの寄稿より」


(枝廣淳子)

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