ニュースレター

2010年07月20日

 

コスト・リテラシーを高めよう

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JFS ニュースレター No.91 (2010年3月号)

日本の鳩山首相は昨年9月に国連気候変動サミットで「温室効果ガスを2020年までに90年比で25%削減」という中期目標を発表しました。

前政権は、「25%削減なら、1世帯当たりの負担は年間36万円になる」と主張し、「国民はこんな負担は受け入れられないはずだ」と高い目標設定を拒否していましたし、産業界(日本経団連、日本商工会議所、および関経連など各ブロックの経済連合会など)、業界団体(電事連、日本鉄鋼連盟など)あわせて59団体と、労働組合7団体(電力総連、基幹労連など)も、新聞各紙に大々的に「考えてみませんか? 私たちみんなの負担額 3%削減でも一世帯あたり105万円の負担」との全面広告を出しました。

しかし、このような主張で脅かされてはいけません。何かをするなら、必ずコストが発生するのですから。祈っているだけでは温暖化は止められません。そして、未来世代への影響と責任を考えれば、温暖化対策は「コストがかかるからやらない」というものではないはずです。

これから間違いなく負担論の議論が増えてくるでしょう。そこで重要なのは、政府の「正しい計算」と同時に、人々の「コスト・リテラシー」を高めることだと思っています。

私は市民向けの講演で、

(1)「いくらかかる」と言われたら、(cost of action)
(2)「それによって得られるメリットは?」 (benefit of action)
(3)「それをやらなかったときのコストは?」と聞いてみよう (cost of inaction)

と伝えています(やらないことのメリット(benefit of inaction)を考えることもできますが、通常の考察では上記の3つが重要なポイントと考えられます)。

私たちは「何をしたらいくらかかるか」だけで話をしがちです。(1)「cost of action」(やるときのコスト)ですね。

一方、「そうすることで、どんなメリットがあるのか」も考える必要があります。省エネ設備に替えたらエネルギー消費量とコストが減ります。太陽光パネルをつけたら電力料金が減ります。また、「膨大な投資が必要」ということは、それだけ経済や市場にお金が回るといううれしいことでもあります。これが(2)の「benefit of action」(やることのメリット)です。

個人的な話ですが、わが家はすべての窓を二重窓に替えましたが、暖房がほとんど不要になった以外にも、外の騒音がシャットアウトできてとても静かになったこと、結露がなくなり、掃除の手間も減ったこと、防犯上もいっそう安心になったことなど、お金に換算できない「やることのメリット」もたくさんあることを実感しています。

太陽光パネルの「メリット」も、単に電気料金が安くなるだけではなく、災害や停電時にライフラインが途切れても自家発電できる安心感や、発電量・消費量のメーターを見ることで自然とむだな電気を使わなくなり省エネ型生活になること、お日さまの恵みを身近に感じてありがたいと思えることなど、きっといろいろとあることと思います。

そして、「それをやらなかったら、将来どのくらいのコストがかかるのか?」も忘れてはなりません。新興国等の石油需要は増える一方、世界の産油量はじきに(すでに?)ピークを迎え、化石燃料の価格や化石火力発電コストが高騰していくことでしょう。省エネ設備や自然エネルギーを導入しなければ、将来的にどれほどのコストがかかることになるのでしょうか?

そして、「やらなかった場合の将来のコスト」を払うのは、私たちだけではありません。温暖化が止められなかった場合、将来世代はどのようなツケを払うことになるのでしょうか? これらが(3)の「cost of inaction」(やらなかったときのコスト)です。

コストについては、この三つの点を漏れなく提示し、考え合わせて判断することが大事なのです。

日本では、温暖化対策について「家庭ではいくら負担してもよいか」と聞いた内閣府の世論調査を引いて、「月額1,000円以下と言う人が6割以上いる。国民は負担したがっていない」と結論づける論調が見られます。

この世論調査の質問項目はこのようになっています。

「低炭素社会」をつくるためには、割高ではあるが高性能な省エネ家電・住宅や環境に優しい自動車に買い替えたり、住宅に太陽光発電を新たに設置したり、発電所での対策費用をまかなうために電力料金が値上げされるなど、家計の負担が増える側面があります。一方で、家電、住宅、車が省エネ型になることなどにより、電気、ガス、灯油、ガソリンの使用量を減らせるなど、家計の負担が減る側面もあります。「低炭素社会」づくりのために、あなたはどの程度なら家計の負担が増えてもよいと考えますか。

「1,000円、捨てますか?」と聞かれたら、だれだって「いやだ」と答えるでしょう。この質問項目には、メリットがある可能性は多少書いてありますが、この説明では「いくらだったらお金を捨てますか?」と聞かれているのとあまり変わらないのでは? それだったら「少ない方がいい」と答える人が増えるのではないか、と思います。

「今お金をかければ、こういうメリットがあります。そして、今お金をかけなければ、将来こういうコストやデメリットが生じます」という全体像を示してはじめて、きちんとしたコストや負担の議論ができるのです。

そして、きちんと説明すれば、きちんと考える力を人々は持っています(政治家や官僚にはあまり信じていない人も多いようですが)。

昨年3月私は、再生可能エネルギーの普及を促進する「固定価格買取制度」について一般の主婦300人を対象にアンケートを行いました。質問項目はこのようになっています。

環境省の研究会の試算によると、日本でこの制度を中心とする政策によって、2030年までに現状の55倍の太陽光発電を導入でき、化石燃料の節減や太陽光発電の輸出増加などで約48兆円のGDPと約70万人の雇用を創出、エネルギー自給率は現在の約5%から約16%まで上昇し、多くの二酸化炭素を削減できます。

一方、この制度はコスト増分を消費者が薄く広く負担するしくみなので、電気代は標準世帯で月平均260円アップします(日常生活に最低限必要な使用量には上乗せしないなど低所得者層への配慮はあります)。

電気代が月平均260円アップする場合、あなたは「固定価格買取制度」の導入に賛成ですか、反対ですか?

その結果、回答者の53%が「電気代が月平均260円アップしても賛成」と答えました。「コスト負担が増えるなら反対」は全体の5%でした。

今後、政府や業界団体、企業などから、温暖化にせよ、生物多様性にせよ、地元の公害問題にせよ、「必要な対策をすると、こんなにコストがかかる。人々の負担はこんなに大きくなる」と、「それでもいいのですか」という感じの主張に出会ったら、ひるむことなく、「ちょっと待って下さい。それで、その対策のメリットは何ですか? もしその対策をやらなかったら、将来的に私たちや未来世代はどういうコストを払うことになるのですか?」と聞いてみましょう。

温暖化対策のコストや負担についての議論は、一人ひとりがしっかり全体像をつかんで考える力をつける上での好機会です。日本や世界が真の民主的な社会になっていくためのよい練習問題ではないか―そのように感じています。

(枝廣淳子)

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