ニュースレター

2009年04月28日

 

地の利を得て、幸せを運ぶ旅館 ~ 有限会社茜庵 ~

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JFS ニュースレター No.76(2008年12月号)
シリーズ:持続可能な社会を目指して - 日本企業の挑戦 第74回
http://web.travel.rakuten.co.jp/portal/my/jyouhou_page.main?f_no=29699

東京から東北新幹線で1時間15分、車でも2時間程度という、首都圏に暮らす市民の休暇先として好適地である栃木県那須郡那須町。自然豊かなこの町に、今回ご紹介する温泉宿「茜庵」があります。

那須の自然に抱かれて立つ古民家。3棟ある離れで過ごす休日は、まるで別荘で過ごしているかのような趣があり、地元の食材を使っての女将の手作りの料理と、泉質の良い源泉かけ流しの露天風呂で多くのお客さまに喜ばれています。

「2008年版観光白書」(国土交通省)によれば、2007年度の国民一人当たりの国内宿泊観光旅行回数は1.54回(前年度比8.3%減)、同宿泊数2.47泊(前年度比9.2%減)です。減少要因としては、労働者1人平均年次有給休暇の取得日数の減少や、外食やテレビゲームなど、身近なレジャーに消費する傾向が指摘されています。
http://www.mlit.go.jp/hakusyo/kankou-hakusyo/h20/images/jyoukyou.pdf

景気が冷え込むにつれ、日本国内の観光地、観光業、旅館業が苦戦を強いられる中、茜庵は2004年の開業後1年足らずで「楽天トラベルお客さまアンケート全国1位」、2007年度には「楽天トラベルアワード金賞」を受賞するなど、確実に新規客を増やし、リピーターへとつなげて成長しています。

「おじいちゃん、おばあちゃんの家に帰って来たような、家庭的な宿をつくろう」という思いからスタートした茜庵。「当旅館は、とても小さな家族経営に近い旅館です。CSRも環境報告書もありません。環境への取り組みも企業としてというよりは、家庭の延長で『自分たちでできることはやる、できないことはできる人にお任せする、できる範囲で協力する』というスタンスで取り組んでいます」と、茜庵で働く高橋剛さんは言います。有限会社茜庵の代表取締役であり宿泊コンサルタントの肩書きを持つ湯浅淳さんとお二人に、具体的な取り組みについて伺いました。

広がるマイ箸の輪

茜庵のベースは、湯浅さんのお母さまである女将の作る料理です。茜庵を開業するまでは、埼玉県内で小料理屋を営んでいらっしゃった女将が那須に移り住み、湯浅さんのおばあさまのお世話をしながら土日だけ手作り料理を提供する宿をということで、湯浅さんと親子で茜庵を始められました。

開業から2年後の2006年、高橋さんが茜庵を手伝うようになったきっかけも、女将の料理だったといいます。地元の食材を使い、女将がおばあさまから習った料理をすべて手作りでお出しする、おもてなしのお宿。ここで茜庵が環境について自分たちでできることとして始めたのが「マイ箸」でした。

楽天トラベルの自店ホームページで、「マイ箸をお持ちいただいた方にドリンクプレゼント。ECO・地球環境を考えよう」というプランを紹介。この取り組みが群馬県の地元紙で紹介されると、近隣の宿泊施設へも取り組みが波及。また、マイ箸をキーワードに、コンビニエンスストア「ミニストップ」(本社・東京)が展開する「マイ箸クラブ」のメンバーになったところ、メンバーリストを見た方からご予約いただいたこともあったといいます。
http://www.myhashi-club.net/index.html

「当旅館で初めてマイ箸を知ったお客さまも、ご説明するととても共感してくださって、次からはマイ箸持参で来てくださいます。今では、多くの常連さまがマイ箸持参でいらっしゃいます」(高橋さん)

また、母屋には薪ストーブがあり、冬には間伐材の薪をくべて暖をとっているそうです。「お客さまと薪をくべながら自然に間伐材の話もでき、薪ストーブに魅せられて、別荘を建てられる際に実際に取り入れたという話をよく聞きます」(湯浅さん)。

生ゴミの堆肥化を宿自慢の手料理に生かす

1日3組のお客さまだけとはいえ、確実に出るのが「ゴミ」です。「2年前、私が茜庵に入った当初は、インターネットでお客さまが急速に増え、女将と湯浅2人では対応しきれない状態でした。当時はゴミも分別できず自家焼却していましたが、人手が増えゴミ問題も改善。中でも多い生ゴミの処理については、夏はコンポスト、冬は生ゴミ処理機で堆肥づくりに活用しています」(高橋さん)

マイ箸や薪ストーブ、生ゴミの堆肥化にしても、すぐに費用対効果が現れるわけではないと高橋さんは言います。自治体のゴミ回収費用が月額1万500円、生ゴミには別に5,000円かかりますが、この分はコンポストや生ゴミ処理機の使用で節約できます。また、間伐材を使った薪ストーブで灯油の使用料量は若干押さえられているといいますが、原油価格の上昇で費用の節約には至っていないそうです。

しかし、春にストーブの灰を畑にまき、生ゴミも堆肥化して土に還すことで自家製の野菜が採れるようになった茜庵。畑で採れた大根で作った刺身のつまを、野菜嫌いのお子さんが一心不乱に食べたことでご家族が感激され、ブログに書いてくださったことから新規客に繋がったという、思いがけない展開もあったといいます。

都会から来るお客さまの心に素朴な幸せを

このほかにも、家屋には県産材の杉を使用。割り箸は洗浄・乾燥後、薪ストーブの焚付けにし、電化製品は買い替えごとに省エネタイプに切り替えるなど、できることを、できるときに、できるところから行っています。

「女将の料理には、女将の食への思いや探究心、気持ちが現れています。そんな女将と一緒に働く私たちの気持ちも、一つひとつの取り組みに現れ、お客さまに伝わっていくでしょう。私たちが自然を大切にできたら、その自然を楽しみに来られる方に、自然を通して私たちの思いが伝わると思うんです」という高橋さんは、都会から茜庵を訪ねて来るお客さまが、心のどこかに「環境への罪悪感」を持っているのを感じるそうです。

都会というシステムを維持するには、膨大なエネルギーが必要であり、そこで経済活動していると、それだけで自然や環境に負荷をかけています。今、自然環境に悪影響を及ぼすことは、次世代へも負荷をかけていることになりますが、そこに目をつむって日々を過ごさざるを得ないのが、都会で生きる現実です。

そうした都会での生活を1日でも離れることで、少なくともその日1日分の都会で消費するエネルギーを節約できること。那須の宿で、地のものを食べる、夜は暗闇の中で月明かりを楽しみ、自然の恵みである温泉に入ること。ただ、のんびり寛ぐこと。マイ箸を使うこと。間伐材の薪ストーブで暖をとること。県産材の杉板に寝転がること。

「地に根ざした生き方をひとときでも持つことで、都会で暮らす日々で感じている罪悪感から、一瞬でも解放され、心から安らいでもらいたい。素朴な幸せを感じてもらいたい。そのために自然で地道な取り組みを続けたいと思っています」(高橋さん)

茜庵のサステナビリティ

湯浅さんも、高橋さんも、「システム思考」を学んだことが、今の仕事にとても役立っていると言います。「いいことをしたら、いいことがかえって来る」という考え方は、システム思考でなくても、古来、老人が子や孫に言い聞かせてきたことであり、「当たり前で大切なこと」だと2人は言います。

宿泊コンサルタントである湯浅さんによると、旅館業界では今、宿泊だけでなくお土産も飲食もすべて館内でできることを売りにして一人勝ちしてきた大型のホテルや旅館が、窮地に立たされているといいます。「人が何度も行きたくなるのは、地元に魅力があるところです。地元の商店街やお土産物屋さん、観光施設が互いに盛り立てあって、地域全体に活気があることが持続可能な経営へと導きます」(湯浅さん)

那須町は、御用邸があり、昭和天皇の意向で手つかずの広大な自然が残されている土地でもあります。そこに暮らす住民には、自ずと自然を大切にする気持ちが養われており、自然に詳しく、土に親しみ、人と人との間を、自然の産物や自家製の野菜などが行き交う日常の中で、互いに知り合い交流を深めていく土壌が、自然と人の営みの中で育まれています。

「お客さまが喜ぶのは、お金のかかっていないものが多いことに気がつきました。いただきものの天然の鮎、竹林のたけのこ、春のたらの芽、茗荷に山椒。全部自然の恵みです。どれだけ自然の恩恵を得ているのかに改めて気がつきました。お客さまがこうした気持ちを持ち帰ってくれるのが嬉しいです。これが茜庵の一番のサステナビリティです」(高橋さん)

(スタッフライター 青豆礼子)

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