ニュースレター

2009年01月12日

 

自立の道を選んだ小さな町が目指すもの - 福島県矢祭町

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JFS ニュースレター No.73 (2008年9月号)
シリーズ:地方自治体の取り組み 第22回

東京の中心の一つである上野駅からJR常磐線の特急「スーパーひたち」で東に向かい約1時間。茨城県の水戸駅でJR水郡線に乗り換え、川沿いにゆっくりと北上すること約1時間半。矢祭町役場のある東館駅に降り立つと、そこには、緑豊かな、昔懐かしい田園風景が一面に広がっています。福島県東白川郡矢祭町は、東北地方の玄関口、福島県の最南端に位置する、人口わずか7千人足らずの小さな町です。

町の面積はおよそ118平方キロメートル。町の中央を久慈川の清流がゆったりと流れ、それを挟むように、東に阿武隈山系、西に八溝山系の山々が連なっています。全体の7割を山林が占め、シクラメンなどの花卉や、イチゴ、柚子、椎茸といった農産物の栽培が盛んです。また、夏の久慈川は鮎釣りのメッカとして知られています。

「市町村合併をしない矢祭町宣言」

この小さな町が、全国から注目されるきっかけとなったのは、2001年10月31日に町議会が全会一致で採択した、「市町村合併をしない矢祭町宣言」でした。政府は当時、全国に3,200ほどあった市町村を3分の1の1,000程度に再編するため、「市町村合併の特例に関する法律」を改正し、2005年3月までに合併を終える市町村を対象に、財政上の優遇措置を講じると同時に、小規模自治体にとっては大きな財源となっている地方交付税を削減する方針を打ち出していました。これにより、財政力の乏しい小規模自治体が、こぞって「平成の大合併」を推し進めていたのです。

その中での矢祭町の「合併しない宣言」は、日本中に大きな反響を巻き起こしました。つまり、矢祭町の「合併しない宣言」は、小さな自治体が厳しい財政負担を強いられても、合併に頼らず自立の道を選択することを意味したのです。

この宣言が新聞やテレビで大きく報道されると、矢祭町への行政視察が相次ぎました。全国各地から「合併せずにどうやって生き残るのか」といった質問が寄せられました。役場の職員は、視察に訪れた人々と対話することで、「宣言」の意味や、職員としての責任の重さを自覚するようになったといいます。こうして、日本中から注目を集めるなかで、矢祭町の自立に向けた知恵と行動力が試されることとなりました。

元気な子どもの声がきこえる町づくり

2003年8月、矢祭町役場では、大規模な機構改革と人事異動が実施され、行財政改革がスタートしました。役場の業務を見直し、大胆な組織改革を行うことで、多くの人件費を削減しました。同時に、住民サービスの質を落とさないために、窓口業務にフレックスタイム制度を導入し、山間地の住民や一人暮らしのお年寄りのために出張役場制度も開始しました。

2006年には、自立を目指す町の基本姿勢を示すため、町の憲法として、「矢祭町基本条例」を制定しました。この条例は前文で、「合併しない宣言」について、「矢祭町民の郷土を愛し守ろうとする強い意思の顕示である」と明記しています。条例の制定とともに、2006年度からは、「元気な子どもの声がきこえる町づくり」をスローガンに掲げた「矢祭町第三次総合計画(5ヵ年)」がスタートしました。

小さくても自立したまちづくりを進める上で一番の課題は、人口を増やすことです。なぜなら、合併しないということは、町に人が住み続けることを意味するからです。矢祭町にとって最も大切なのは、地域の未来を担う子どもたちが、愛着と誇りを持って住み続けられる町をつくることです。したがって、行財政改革による成果は、次世代につながる子どもたちに還元していこうと、子育て支援を町の中心施策に位置づけました。

まず初めに取り組んだのが、「幼保一元化」です。幼稚園と保育所の保育時間を同じにし、「ゼロ歳~3歳は保育所、4歳~5歳は幼稚園」と年齢で区分することで、子育てをする母親が安心して働ける環境づくりを進めています。幼稚園の延長保育は無料で、保育料および授業料は、他の町村と比較しても格別に安い料金となっています。このほか、「赤ちゃん誕生祝い金」として、第3子の出生に100万円、第4子の出生に150万円を支給するなど、様々な子育て支援を行っています。

矢祭もったいない図書館

こうした取り組みを広げていくなかで、どうしても実現できずにいたのが、図書館の建設でした。子どもの成長に読書は欠かせないものですが、町には本屋が一軒もなく、本を買うには隣町まで行かなければなりません。大きな図書館を作れるほどの財政的余裕がない町は、お金をかけずに図書館を作る方法を模索していました。すると、事情を知った新聞社が、全国版の記事で矢祭町のことを紹介し、「家庭で眠っている本を寄贈しませんか」と呼びかけてくれたのです。

2006年7月18日付の全国紙に記事が掲載されると、役場には1日に400件近くの問い合わせが寄せられ、本がぎっしりと詰められたダンボールが1日に80~90箱も届くようになりました。当時、「図書館開設委員」として43名のボランティアが図書の整理に当たっていましたが、連日のように届く善意の図書に感激すると同時に、あまりの多さに整理が追いつかず、途方に暮れていたといいます。

届いた本は、実に43万5000冊。来る日も来る日も整理に追われ、委員のなかには体調を崩す人も出てきました。やがて、そんな苦労を知った町の人々が次々と手伝いを申し出るようになり、最終的には191人ものボランティアが図書の整理に協力しました。新聞掲載から半年後の2007年1月14日。全国から寄せられた善意の図書が、町民の手によって整理され、ついに矢祭町の悲願だった図書館が開館しました。

その名も「矢祭もったいない図書館」。武道館を改装したという施設に入ると、中には6万冊の本が見事に分類されて並んでいました。内装には県産の間伐材がふんだんに使われ、木のぬくもりを感じる、快適な空間となっています。夏休みの宿題を抱えた子どもたちが、楽しそうにおしゃべりをしたり、本を読んだりしていました。夏休み中は、多いときには1日に140人もの利用者がいるそうです。

館長の佐川粂雄さんは、図書の整理に当たったボランティアの一人です。図書館の窓ガラスに刻まれた寄贈者の名前をうれしそうに眺めながら、全国の人々への感謝の気持ちと、町に図書館ができたことの喜びを語ってくれました。現在、図書の受け入れは停止していますが、全国から届いた善意の図書は、1冊も捨てずに保管し、山間部にある公民館などで貸し出しているのだそうです。中学校で理科の先生をしていたという佐川さんは、図書館にやって来る子どもたちとのふれあいを何よりも楽しんでいる様子でした。

商店会スタンプ券で公共料金の支払い

もう一つ、ユニークな取り組みとして、矢祭町では2006年8月より、介護保険料や保育料、水道料などの公共料金の支払い、および町県民税・固定資産税などの納税の際に、町の商店会で発行しているスタンプ券と商品券が利用できるようになっています。スタンプ券は、矢祭町商店会で100円の買い物をすると1枚もらえ、台紙に280枚貼ると500円分になります。商品券は、500円と1,000円の2種類があります。

スタンプ券などによる納税は、法律上認められていないため、町民がスタンプ券や商品券で支払いをすると、職員が商工会でその分の小切手を振り出してもらい、その小切手を金融機関で現金化して、納入する仕組みとなっています。現在では、80歳以上の人に贈る敬老祝い金や消防団への報酬、役場職員の賞与の一部を商品券で支給しており、町をあげて商店会の活性化に取り組んでいます。

この仕組みは、近年日本でも広がりを見せている「地域通貨」としての性質を持っているように思われます。地域通貨とは、特定の地域だけで流通する利子のつかない通貨で、地域内で積極的に活用することによって、モノやサービスの循環を促し、地域の活性化を図ろうとするものです。矢祭町の取り組みは、今のところ商店会の活性化が主な目的ですが、このスタンプ券や商品券が、町の農産物、あるいは町民のボランティア活動などと交換できるようになれば、地域全体に活力をもたらす可能性があります。

「合併せずにどうやって生き残るのか」。7年前、矢祭町の「合併しない宣言」に、多くの人が疑問を投げかけました。しかし、今や矢祭町は、小さな町だからこそできる、町民の幸せのためのまちづくりを確実に実践しています。"スモール・イズ・ビューティフル"。大きいことが幸せではないのです。どんなに小さくても、そこで暮らす一人ひとりが知恵を出し、共に助け合いながら前進することで、真に豊かな町を築くことができるのです。小さな小さな矢祭町は、郷土を愛する人々とともに、これからも輝き続けるでしょう。


(スタッフライター 角田一恵)

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