ニュースレター

2008年02月01日

 

日本の持続可能な交通への取り組み

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JFS ニュースレター No.65 (2008年1月号)

持続可能な交通とは

2007年は、北極圏の氷の大幅な縮小、世界各国の異常気象、アメリカ元副大統領、アル・ゴア氏と気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のノーベル賞受賞など、地球温暖化の話題が注目された年となりました。新しい年の幕開けにあたって、地球温暖化への本格的な取り組みが各国に求められています。行政・市民・産業それぞれに見直しが迫られる中、大量に燃料を消費し、CO2を排出する交通部門においても、時代に対応した交通手段への見直しが始まっています。

持続可能な社会づくりに向けた交通面からのアプローチとして、1994年にOECDの国際プロジェクトで提唱されたのが「環境的に持続可能な交通(EST = Environmentally Sustainable Transport)」です。ESTでは、ビジョンと長期的シナリオを策定した上で、そこからバックキャスティング(将来から現在を振り返る)によって実現可能な対策・戦略を決定し、ビジョンの実現に向けて、革新的な技術開発とともに、交通の質の改善、都市や社会の構造改革、人の行動のあり方をも見直すべきであるとしています。ESTは地球温暖化に対し強い危機感を抱いている欧州諸国で盛んに行なわれ、日本でも、その取り組みが進みつつあります。

日本におけるEST

日本におけるESTの取り組みは、1994年9月に、障害者団体からの要望で、交通ターミナルのバリアフリー化、鉄道駅のエレベーター、エスカレーターなどの整備のため、運輸省(現在の国土交通省)の主導で作られた、財団法人交通アメニティ推進機構に始まったと言われます。1997年には、より地球環境問題の解決に向けた取り組みを事業内容に加え、交通エコロジー・モビリティ財団と名称を変えました。運輸及びその関連分野における移動円滑化(交通バリアフリー)の推進並びに環境対策の推進を図ることを目的とし、 人と地球にやさしい社会環境の実現を目指して活動を推進しています。

世界的に地球温暖化の防止が注目されているなか、日本も2010年度を目標に運輸部門の温室効果ガスの排出を2億5千万t-CO2に抑制する必要があります。独立行政法人国立環境研究所 地球環境研究センターが作成した最新の資料 によれば、日本の運輸部門から排出されるCO2は、1990年度比で18.3パーセント増加しています。排出量の推移を見ると、2001年度以降ほぼ横ばいか若干の減少を示していますが、内訳を見ると、自家用乗用車、貨物自動車、その他輸送機関で、自家用乗用車が約半分を占めています。

地球温暖化問題への対策、持続可能な社会づくりを視野に入れた交通部門からのアプローチとして、ESTへの取り組みが急務となったため、国内におけるESTの普及推進を目指し、「環境的に持続可能な交通(EST)普及推進委員会」が2006年に発足しました。交通エコロジー・モビリティ財団を事務局として、国土交通省、警察庁、環境省、交通事業者及び学識経験者等が委員として加わり、ホームページ、メールマガジンによる情報配信、シンポジウムの開催などの活動をおこなっています。
http://www.estfukyu.jp/

地域におけるESTモデル事業

日本全体でESTを推進していくためには、地域レベルでの取り組みが欠かせません。地域でのESTの取り組みは、都市再開発やまちづくりの側面も持っています。国土交通省ではESTモデル地域として、公共交通機関の利用を促進し自家用自動車に過度に依存しないことを目的とした、次世代型路面電車システム(LRT)の整備やバスの活性化等の公共交通機関の利用促進、自転車利用環境の整備、道路整備や交通規制等の交通流の円滑化対策、あるいは低公害車の導入促進等の分野における支援策などを行なっている地域を選定しています。JFSニュースレター第64号で取り上げた、富山ライトレール(富山市)も、ESTモデル事業に選定されたの施策のひとつです。
「路面電車の復活-LRTへの期待」JFSニュースレター 2007年12月号掲載
http://www.japanfs.org/ja/join/newsletter/pages/027402.html

2005年に始まったESTモデル事業では、初年度に11地域、次年度には10地域、さらに翌年度には6地域が選ばれています。ここでは地域の事例として、まず石川県金沢市の取り組みをご紹介します。

金沢市の取り組み

金沢市は人口約45万人、江戸時代以来、金沢城を中心とした城下町として栄えてきました。およそ400年間、戦禍や大災害に見舞われなかったため、歴史的価値の高い街並みを残しています。ESTに取り組むにあたり、金沢市が目指したのは、自然と伝統の保全と都市機能の近代化の両立でした。

金沢では1970年代以降、市内の交通量に占める自動車の割合が伸び続け、1994年には全体の6割に達しました。急速な自動車社会化によって、公共交通離れが進む悪循環が生まれたことや、古い街並みを残す上で、伸び続ける自動車の需要を満たすための道路整備には限界がある、といった問題に対して、金沢市の交通計画には、バスを活かした公共交通対策、歩けるまちづくりの推進、まちなか駐車場の適正配置を柱にして、市内の自動車利用を抑えるための工夫が多く盛り込まれています。

伸び続ける自動車利用を抑えるため、金沢市はバスの利用促進に力を入れました。新しいバスシステムやコミュニティバスの整備のほか、郊外のショッピングセンターの駐車場の空きスペースに自家用車を駐車し、市内へはバスに乗り換えるパーク・アンド・ライドシステムを導入、通勤時の利用者には、定期券代を4割引にしています。また、ICカード乗車券での市内バスの乗車や買い物でポイントがためられ、たまったポイントをバスの運賃として使える金沢エコポイントなどの施策もあります。

他にも、自然・歴史・文化といった金沢ならではの特色を生かすため、「歩けるまちづくり」をテーマとした施策があります。これは、「まちの主役は、まちに住む市民」の認識のもと、コミュニティ空間としての歩行用の道路環境整備、歩行者優先区域を確保することで、交通面でより住みよいまちづくりを目指しています。

また、まちなか駐車場の適正配置では、無秩序に市内に増え続ける駐車場が、市内での自動車利用に拍車をかけるものとして、住居・商業・業務エリアごとにより適正な場所へ駐車場を移転させる施策を盛り込んだ「まちなか駐車場の基本方針」を打ち出し、検討会や市民フォーラムを通じて、市民と共に考えていこうと働きかけています。

他の地域の事例

他のESTモデル事業でも、それぞれの地域の強みを生かし、工夫を凝らした取り組みが行なわれています。京都府では、ソフト施策を中心に、地域・企業・学校など多様な主体と連携しながらESTに取り組んでいます。府内の宇治市においては、約5,000人規模で実施したプログラムで、個人の日頃の自動車利用状況を振り返り、インターネットや冊子で環境に配慮した自動車の利用を呼びかけたところ、鉄道利用が3割伸びたという成果をあげました。
「「かしこいクルマの使い方を考えるプロジェクト京都」で鉄道利用者が増加」
http://www.japanfs.org/db/1888-j

京都府では、他にも女性団体、老人会、自治体が主体となった「お出かけマップづくり」ワークショップ、小学校の授業で行なわれた、コミュニティバスを通じて子どもたちがまちづくりについて考え、バスの利用促進策を提案するプログラムなどの取り組みが高く評価されています。京都府の取り組みは地域の人々の交流に支えられているところが特徴的と言えるでしょう。

一方、愛知県豊田市の取り組みは高い情報技術に支えられているのが特徴です。県と市とトヨタ自動車グループが協働で、交通需要マネジメント(TDM)や高度道路交通システム(ITS)技術を活用した総合交通対策に取り組み、国内でのITS先進地域として知られています。

また豊田市が開設しているウェブサイト「みちナビとよた」では、カーナビゲーション、インターネット、携帯電話を通じて、最新の道路交通情報、公共交通情報、駐車場やレンタサイクルなど交通に関する各種情報を提供できるシステムを整えています。他にも、道路の込み具合に応じて自動車のスムーズな走行を促す信号制御の高度化、バスの現在地情報を情報端末に提供するバスロケーションシステム、呼出対応バス(デマンドバス)の運行、ノンストップ自動料金支払い駐車場など、高いITS技術に支えられた施策で「人と環境にやさしい先進的な交通まちづくり」を進めています。
http://michinavitoyota.jp/

終わりに

毎日の通勤・通学や買い物など、交通は日常生活を営む上で欠かせないものです。これまでの道路整備や拡張など便利さの追求から一歩進んで、より人にやさしく、環境にやさしい交通へと変えていくESTは、持続可能な社会づくりのため、重要な課題として、ますます注目を集めるでしょう。


(スタッフライター 坂本典子)

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