ニュースレター

2007年12月01日

 

幸せを測る指標は? - GPI、GNH、そしてGCHの取り組み

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JFS ニュースレター No.63 (2007年11月号)

私たちは経済や社会の進歩を測る指標として、よく「GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)」を使います。「GDPが上がった」と言っては喜び、「GDP成長率が十分ではない」と言っては、何らかの手を打とうとします。でも、ほんとうにGDPは伸びれば伸びるほどよいものなのでしょうか? GDPは、私たちの幸せの進歩を教えてくれるものなのでしょうか?

GDPは、何であってもお金が動けば増えます。GDPは、人間の幸福に役立つ・役立たないに関わらず、あらゆる経済活動(モノの生産や流通)を合計するものなのです。何のためにお金が動いたかは不問です。ですから、交通事故が起これば起こるほど、環境破壊が進めば進むほど、家庭内暴力が起これば起こるほど、GDPは増えます。ばい煙からぜん息にかかった人の医療費や凶悪事件に投入される警官の超過手当なども、「国の経済成長」の一端として合計されるからです。

ですから「GDPが増えた」といって喜んでいてはいけません。増えたのは喜ぶべきGDPなのか、そうではないのかを区別しなくてはならないのです。

もうひとつ、「GDPにカウントされていないけど、幸せをつくり出している」という活動もあります。たとえば、家事や育児です。お父さんやお母さんが子どもに絵本を読んであげる----これは素晴らしい幸せをつくり出していますよね。でも、お金は一銭も動きませんから、GDPは増えません。どんなに汗を流してボランティア活動をしても、お金が動かないかぎり、GDPには影響を与えないのです。

「GDPには、幸せを壊すものも入っている一方、幸せにつながるものが入っていない」としたら、本当の意味で、社会の進歩を測る指標とはなり得ません。GDPは、単に経済の中で動くお金の量を測っているにすぎないのです。

それに対して、Redefining Progressという団体が、GDPを指標とすることは地球のためにも人々のためにもならないとして、GPI(Genuine Progress Indicator)という指標の取り組みを進めています。
http://www.rprogress.org/index.htm

GDPの個人消費データをベースとし、家庭やボランティア活動など、現在のGDPには入っていないが幸せをつくり出している活動の経済的貢献を、だれかを雇ってその仕事をした場合のコスト計算をベースに計算し、足します。逆に、犯罪や公害、資源枯渇、家庭崩壊など、幸せや進歩につながっていない活動に伴って動いたお金や、健康や環境への被害額を計算して、差し引きます。

日本でも米国でも、ある時期(1960-70年代)までは、人口一人当たりのGDPもGPIも、並行して伸びています。ところが、その後、GDPは右肩上がりに増えていくのに、GPIは増えなくなったり、減ったりしています。つまり、一人当たりGDPはどんどん増えているけど、私たちの幸せは増えていない、場合によっては減っているかもしれないのです。そうだとしたら、GDPを追い求める経済政策や国づくりをしていてよいのでしょうか? 

でも、いまだに新聞を見ても閣僚の話を聞いても、「GDPの成長をめざす」「成長しないとだめだ」といっています。ちなみに、3%成長が24年続くと、2倍の大きさになります。必要な人的資本、生産資本、金融資本、自然資本などを考えても、24年後に経済が現在の倍になるということは、おそらく考えられないでしょう? でも、目先のことしか見ていない(もしくは目先しか見ざるを得ない)人たちは、いまだに「最低でも3%成長」とかけ声を掛けては短期的な投資をする、という社会経済になってしまっているのです。

このようなGDP至上主義に対して、ユニークで本質的なアプローチをしている国があります。ブータンです。ブータンでは、GNP(Gross National Product:国民総生産)ならぬ「GNH」を国の進歩を測る指標にしようとして、近年注目を集めています。GNHとは、Gross National Happiness のこと。「国民総幸福度」です。

国の力や進歩を「生産」ではなく「幸福」で測ろうというこの「GNH」の考え方は、1976年の第5回非同盟諸国会議の折、ブータンのワンチュク国王(当時21歳)の「GNHはGNPよりもより大切である」との発言に端を発しているといわれています。物質的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさも同時に進歩させていくことが大事、との考えです。

1960年代-70年代初め、ブータンでは先進国の経験やモデルを研究しました。その結果、ワンチュク国王は「経済発展は南北対立や貧困問題、環境破壊、文化の喪失につながり、必ずしも幸せにつながるとは限らない」という結論に達したそうです。そこで、GNP増大政策をとらずに、人々の幸せの増大を求めるGNHという考えを打ち出しました。「開発はあくまで、国民を中心としておこなわれるべき」----GNHとは、ブータンの開発哲学であり、開発の最終的な目標なのです。

このGNHという概念のもと、ブータンでは、1)経済成長と開発、2)文化遺産の保護と伝統文化の継承・振興、3)豊かな自然環境の保全と持続可能な利用、4)よき統治 の4つを柱として開発を進めることになりました。

もともとは、幸福という概念は主観的なものですし、国際的に一律の尺度で測れるようなものではないため、GNHはあくまでも概念的なものとして考えられていました。しかし、GNHという考え方が知られるようになり、「GNHのように、指標として数値化できないか」という声が高まったこともあって、1999年にブータン研究センターが設立され、具体的な研究がスタートしています。

現在、まずはあくまでもブータン国内で通用する指標をめざして、幸福という概念を9つの要素に分けて検討しているそうです。その9つの要素とは、livingstandard(基本的な生活)、cultural diversity(文化の多様性)、emotionalwell being(感情の豊かさ)、health(健康)、education(教育)、time use(時間の使い方)、eco-system(自然環境)、community vitality(コミュニティの活力) good governance(良い統治)だそうです(順不同)。

人々がどのように時間を使っているか、地域社会はどのくらいイキイキしているか----こういったことは、GDPにはほとんど影響を与えないでしょう(いえ、逆に、GDPの世界で、ただゆっくりしたり、地域社会のためのお金にならない仕事に自分の時間を使えば、それはGDPの足を引っぱる「不経済」な行動だと見なされてしまうでしょう!)。

でも、「本当の意味での国の進歩を測るのはどちらなのだろう?」と思いませんか? 自分の子どもや孫が大きくなるころ、あなたは「自分の国のGDPが増えていてよかった」と思うでしょうか、それとも「自分の国のGNHが増えていてよかった」と思うでしょうか?

ブータンは、国民一人当たりのGDPは低い発展途上国です。でも、ブータンの国土の26%は自然保存地区で、72%は森林地区になっています。ホームレスや乞食もいないそうです。ブータンでは「あなたは幸せですか?」という質問に対して、国民の97%が「幸せ」と答えたそうです(あなたの国だったら、何%の人が「幸せ」と答えるでしょうか?)。

「お金や物質的な成長を追い求めることは、本当に幸福のために役立つのか? 逆に、損なっていることはないか?」----ブータンのGNHの考え方は、私たちに「本当の目的」の問い直しを投げかけています。

そして、日本には、その考えに刺激を受け、自社で取り組んでいる会社があります。向山塗料株式会社です。山梨県甲府市で、業務用から家庭用まで塗料の販売をしている、社員20人ほどの会社です。

「私たちの仕事は、地球を美しくすることです」と、「母なる地球の環境に満足してもらえる経営・考え方」を会社経営の基盤にしている会社で、その土台には、「いくら儲けても地球を住めない星にしてしまったら仕方ないでしょう?」という経営層の思いがあります。

昔からそういう考え方をしていたわけではありません。10数年まえまでは、上場をめざして「とにかく売り上げを上げろ、新規開拓して、毎年20%ずつ増やすんだ」という経営をしていたそうです。しかし、当時、社員は居つかず、補充も大変で、当時の社長(現会長)向山邦史さんは、「自分って何だろう? 会社って何だろう? どうしたらいいのだろう?」とひどく落ち込んだそうです。

その落ち込みの淵からはい上がってくるときに、いろいろな人の影響を受け、いまは「自分さえよければ」という資本主義社会に生きているが、自分が住みたいのは「愛」や「平和」「調和」「助け合い」「自給自足」の世界なのだ、と腹に落ちたそうです。そして、ブータンでは、GNPではなくGNHを大事にしているという話を聞いた向山さんは、「じゃあ、うちではGCH(Gross Company Happiness:社員全体の幸せ)だ」と考えました。

当時、ISO14001の取り組みを進める社員の努力で、年間1500万円もの経費が節約できるようになっていました。「この額の利益は3億ほどの売り上げに匹敵する。それなら売り上げを下げてもいいじゃないか」と、平成7年から「前年比92%」などと売り上げ減の事業計画を立てています。「マイナス成長」を目標としているのです!(上場はとりやめました)

しかし一方で、既存顧客へのサポートを充実させることで企業価値を高めており、ISO14001の内部監査に市民オンブズマン制度を採り入れるなど、地元とのよい関係も強化しています。

「売上は予定通り減っていますか?」と尋ねたところ、「同業会社の倒産などの不測の事態で、残念ながら計画どおり減っていません。でも、新規開拓の営業はしませんし、社員にもノルマがありませんからゆとりがあります。人間性を壊してまで会社をやりたくはない、人の心がすさまない経営をしたいと思っていますから、このゆとりはありがたいのです。かつては社員の半分が1年でやめるほど入れ替わりが激しかったのですが、誰もやめなくなりました」。

「本当に社会やお客様の役に立つためには、社員が会社に満足していることが必要。会社としての幸せは社員の幸せの総量が大きいこと」と、売上などではなく、GCH(社員総幸福度)で会社の進歩を測ろうとしている事例を日本から紹介できることを、とてもうれしく思います。

こうした流れを見てくると、幸せをどのように測るのか、世界の権力の中枢にいる各国政府や大企業の話し合いの場でとりあげるべき時期がきているのだと言えるでしょう。進歩や未来への道筋を作るための指標は、GDP、GPI、GNH、GCHのうちのどれでしょうか。それとも、これらの組み合わせでしょうか? どの指標をもとに考えていけばよいと、あなたは思いますか?


(枝廣淳子)

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