ニュースレター

2007年04月01日

 

子どもを育み、コミュニティを再生「トライやる・ウィーク」

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JFS ニュースレター No.55 (2007年3月号)

兵庫県では、県内の公立中学校の2年生が地域の事業所や施設などで、一週間(土日を除いた5日間)、自分の興味のある活動を体験するというユニークな教育プログラムを実施しています。これが「トライやる・ウィーク」です。

中学生が地域に出て行く「トライやる・ウィーク」

生徒が「トライやる・ウィーク」で体験する業務は、販売、製造・建築、飲食、保育など、体験場所も福祉施設、役所や消防署、病院、ホテルなど、多種多様です。農村部では農業関係の仕事に取り組んだり、焼き物の里では窯元など地元の伝統工芸・伝統芸能に関わる場所に行ったりと、地域によって特色ある受け入れ先などもあります。

学校は、事前に生徒の希望を聞き、極力生徒の希望に沿ったものに取り組めるよう努力し、時には生徒の希望にあった場所を探してくることもあります。受入先の事業所や施設には3-5人程の少人数で参加します。

「トライやる・ウィーク」が始まると、受入先の方が指導ボランティアとなり、生徒の指導を行います。生徒はこの「トライやる・ウィーク」で、仕事の厳しさや勤労への感謝だけでなく、あいさつや敬語など、社会のルール、マナーなども学びます。

「トライやる・ウィーク」の運営組織として、各校区に、学校、PTA、地域代表からなる校区推進委員会があり、その上部組織として、各市町村に推進協議会がおかれ、校区推進委員会の組織化の支援、関係諸団体との調整などを行っています。兵庫県は、この「トライやる・ウィーク」を県民運動と位置づけ、支援体制を整え、全面的にバックアップしています。

このような体制により、毎年約1.6万もの活動場所と、2万人を越える指導ボランティア が確保され、多くの地域住民の協力のもと、「トライやる・ウィーク」は運営されています。

背景とその歩み

1995年、兵庫県は阪神淡路大震災で、死者 約6.6千人、負傷者約4万人 という甚大な被害を受けました。その時、多くの人々が被災者を支援するため、被災地に入り、炊き出しなどのボランティア活動を行いました。その中で自他の生命や人権を尊重する心、共に生きる心の涵養など多くの貴重な教訓を得ました。兵庫県においては、これらの教訓を生かすべく「生きる力」を育む教育の充実を図るさまざまな取り組みをすすめてきました。また、近年の日本では児童による犯罪が問題となっていました。そんな中、兵庫県でも、児童による痛ましい事件が起こり、人間としての在り方、生き方、社会生活上のルールや自己責任の自覚など、「心の教育」の充実を図ることの大切さを再認識することとなりました。

兵庫県教育委員会は、「心の教育」の在り方という課題について検討するため、「心の教育緊急会議」を設置、この会議で中学生の長期体験学習の導入が提唱されました。そして、1998年より、震災による貴重な教訓を地域に根ざした形で引き継ぐことを目指し、「心の教育」の充実を図った「トライやる・ウィーク」がスタートしたのです。

スタート当初は、受入先となる地域の事業所なども戸惑いがあり、受入先の確保などに、さまざまな苦労もありました。しかし、ポスターやチラシなどの広報活動により、年々「トライやる・ウィーク」が地域の人々に認知され、多くの大人が「トライやる・ウィーク」に取り組む生徒たちに温かい眼差しを向けるようになりました。

かつての日本は、自分の子どもでなくても悪さをすればしかるというように、地域で子どもを育てるという文化があり、地域の中で子どもたちは社会のルールやマナーを学んできました。しかし近年、近所付き合いは希薄になり、子どもが社会のルールやマナーを学ぶ場所が少なくなってきました。「トライやる・ウィーク」は、かつてあった社会の中での教育の場を提供しているともいえます。

「トライやる・ウィーク」のトライは、チャレンジするという「TRY」と、学校、家庭、地域社会のトライアングルの「トライ」の意味です。「地域の子どもは地域で育てる」という合い言葉のもと、学校、家庭、地域が手を取り合って、子どもを育てていきながら、地域の教育力や家庭の教育力の再生も大きなねらいとして実施されてきたのです。

トライやる・ウィークの効果

5年目を迎えた2002年度に、兵庫県教育委員会は、「トライやる・ウィーク」評価検証委員会を設置、活動に関わった人々へのアンケートや聞き取り調査を実施し、「トライやる・ウィーク」の分析を行いました。

かつて「トライやる・ウィーク」を体験した中学生や高校生、教師などへのアンケートの結果、8-9割が「トライやる・ウィーク」が、有益であった、意義あるものだったと、回答しています。 受入先では「中学生が職場にくることで、職場が活気づいた」「受入先となることで地域社会に貢献できた」「地域の一員として子どもたちを育てるという充実感がある」などの感想があり、90%を超える受入先が「来年も協力したい」と回答しています。このように「トライやる・ウィーク」は多くの関係者に大変好意的に捉えられているという結果が得られました。

また、「トライやる・ウィーク」のために設置された校区推進委員会も、地域代表や保護者、受入先による幅広い組織で形成されているため、地域コミュニティの形成に役立っているようです。

不登校の生徒への効果も報告されています。1年生時に不登校であった生徒の登校率が上昇していたと報告され、「トライやる・ウィーク」の体験を通して得た自信が、対人関係にもよりよく作用し登校改善への契機になっていると考えられています。

「トライやる・ウィーク」は、マスコミや他の都道府県から、問い合わせや、視察に訪れるなど、その効果が広く注目されています。最近では文部科学省が「キャリア・スタート・ウィーク」として、全国各地での同様な取り組みを推進しています。

トライやるアクション

しかし、「トライやる・ウィーク」で培った人間関係は、活動期間が終了すると、希薄になっている現実がありました。「トライやる・ウィーク」を体験した高校生を対象に、2002年度に実施されたアンケートによると、活動期間中に知り合った人たちを活動後に全く訪ねたことがない生徒が7割前後に上っていました。

そこで、「トライやる・ウィーク」評価検証委員会において、「トライやる・ウィーク」で培った地域の教育力や校区推進委員会・推進協議会の活性化を図るよう提言がなされ、2003年度より「トライやるアクション」がスタートしました。

「トライやるアクション」では、中学生が土日や長期休暇を利用して、地域の祭りなどの企画や運営、高齢者介護ボランティアとして高齢者と交流、地域の清掃活動、「トライやるウィーク」の継続的な活動などを行っています。それぞれの学校の状況や地域の実態に応じて、校区推進委員会が主体となり進められており、2005年度は40%以上の中学校で実施 され、地域との繋がりをさらに深めています。

震災という困難の中で人を救ったのは、やはり人でした。「トライやる・ウィーク」は子どもの成長を地域で助けながら、コミュニティの絆の再生も目指しています。近年、地球温暖化などの環境悪化が原因で、世界各地で起こる災害が強大化していると言われています。

そんな困難な状況を乗り越えていくには、技術やお金より、人と人とのつながりや、コミュニティの強い絆こそが、大きな力となることでしょう。そのようなコミュニティや人のつながりを強めるための兵庫県の先駆的な取り組みは、多くの地域や人々にとってのひとつのモデルを提供しているのです。


(スタッフライター 米田由利子)

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