ニュースレター

2006年04月01日

 

よみがえる、うるし箸

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JFS ニュースレター No.43 (2006年3月号)

昨年、世界的に有名になった日本語に「TSUNAMI」と「MOTTAINAI」があります。もったいないとは、ものを大切にするという気持ちのこもった言葉ですが、近代化が進むにつれ、この言葉の発祥地である日本人の心の中からも、もったいないという気持ちが薄れてしまいました。そんな中にあって、「もったいない」を取り戻そうという動きも出てきています。今回は、そんな動きを見せ始めた漆箸(うるしばし)についてご紹介したいと思います。

日本が食事をする際に箸を使うようになった歴史は古く、弥生時代(約2,000年前)に遡るといいます。また、世界で箸を使う文化を持つ国は日本や中国などを中心にアジアに多くありますが、その中でも日本の箸は先が細くなっており、単に挟むだけではなく、つまんだり裂いたりほぐしたり、更には、すくったり乗せたりと多様な役目を果たしやすいように工夫されています。他にも日本では用途によって箸を使い分けるため、菜箸・取り箸・菓子箸など形状の違うさまざまな種類の箸があります。

食事の時に使われる箸は、当然、口の中に運ばれていくので、その安全性が重要になってきます。日本では近年、抗菌製品が流行しており、食器はもちろんのこと、日常で使用する文房具まで抗菌処理をほどこされた商品が多く販売されていますが、これらのほとんどには化学的な薬品が使用されています。そこで、ここ数年で見直され始めてきたのが、優れた天然樹脂の塗料である漆(うるし)でした。

うるしというのは、日本、中国、朝鮮半島などに生育するウルシノキの樹液を採取したものです。主成分の「ウルシオール」は毒性があり、体質によってはかぶれたりすることもあるのですが、完全に乾いてしまうと大変に強靭になるという特性があります。一度、硬化してしまえば溶け出すことはなく、アルカリ・酸・塩分・アルコールなどにも強い耐性ができます。絶縁性もあり熱や電気にも強く、防水・防腐性にも優れているため、古くから木製の箸や食器に適した塗料として使われてきました。このうるしを使って作られた漆器(しっき)は陶磁器などに比べてはるかに軽く、光沢もあって美しく、日本の誇る伝統工芸品のひとつです。

ところが、日本産のうるしは戦時中のウルシノキの乱伐や、その後の植林が建築用材へ移行したために減少し、うるし掻き(うるしの樹液を採取すること)やうるし塗りを行う職人も減ってしまいました。安価で大量生産が容易な化学塗料の隆盛もあり、うるしは激減していったのです。現在では、日本で使われているうるしの90%以上が中国産です。それに伴い、うるし塗りの技術そのものも失われつつあり、高級品のイメージを持つうるし塗りの製品は日本人の日常から次第に遠ざかってしまったかに見えました。

そんな中で、うるし塗りや箸の文化を守るため、日常の食卓や食事の中にうるし箸を取り戻そうという動きが出てきました。それが、うるし箸の塗りなおしサービスです。

うるし製品の丈夫さの秘密は、重ね塗りにあります。一度に厚く塗るとかえってもろくなってしまうため、完成までに何度も何度も塗り、乾燥させては研ぐことを繰り返します。このように時間も手間もかけて丁寧に作られるため、漆器は丈夫でもありますが高価なものとなりました。しかし、いかに堅牢な塗料といえども、毎日使っていれば剥がれてくることは防ぎようがありません。うるしも薬品には強くても、長期間の使用や強い衝撃を与えられれば剥がれてしまいます。それで高級料亭などで用いられる器などは、塗りなおしが行われてきました。塗りなおすことで新しいものとして甦らせ、再び使えるようにするわけです。これも、うるし塗りという職人の技あってこそと言えます。

ただし、これまでは塗りなおしの対象となっていたのは、器や盆などの高級漆器に限られてきました。箸は漆器の中では単価が低かったため、わざわざ塗りなおす対象とならなかったのです。これが見直されるきっかけになったのが、近年の使い捨てに対する意識の変化でした。

日本では食堂に入ると、たいてい、使い捨ての割り箸が用意されています。かつて割り箸は国内の建材を作る際に発生する間伐材や端材などを利用して作られていたのですが、日本の建材生産そのものが減少していったことと、割り箸の需要の伸びによって供給が追いつかなくなってしまいました。今では中国や東南アジアの森林を割り箸を作るために伐採し、輸入することが主流となり、森林破壊も問題となってきています。また、使い捨てられて発生する大量のゴミも大きな問題でした。海外の日本料理店などでも割り箸が多く使われていることを考えると、その量は甚大です。一度で使い捨てにしないで何度も使えばゴミも減り、森林破壊も防げるはず、というところから、割り箸そのものに対して考え直されるようになってきました。

そんな中から、「何とか箸を塗りなおして使えないか」、「割り箸の代わりに塗り箸を復活させよう」という声が起こり、それに応えてくれる販売業者があらわれ始めました。箸の専門店などで、うるし箸の塗りなおしサービスが始まったのです。これは塗装や箸の種類によって期間は違いますが、古い箸を業者に送ると3週間から1ヶ月程度で新品同様になって戻ってくるというもの。大量の箸を使う飲食店などの場合は、塗りなおし期間の空白を生じさせないように、塗りなおしている間は同じ種類の新しい箸を使い、半年ほどで交代させて使用するシステムもあります。このサービスを利用して、割り箸から塗り箸に変える飲食店も増え始めています。

2年前から、このサービスを始めた川上商店は、まず2年間のモニター期間を設けてから事業としてスタートさせました。社長の川上孝幸(たかゆき)さんは、こう語ります。「もともとのきっかけは、得意先の飲食店さんからの割り箸から塗り箸に変えたいという要望でした。でも、日本人は割り箸に慣れてしまっているので、他人が使った箸に対しての抵抗感などから受け入れられないのではないかと最初は不安でした」しかしサービスを始めてから今まで、そういった苦情はなく、現在では新しい顧客からの問い合わせも増えているそうです。
有限会社川上商店:http://www.kawakamishoten.co.jp/

箸の塗りなおしをするには、剥がれかけているうるしを一度落としてから塗りなおすなど、手間がかかってしまうため、一膳あたりの単価と比べて割高感があっては事業が成り立ちません。そんな中にあっても、川上さんはサービスを継続していくつもりだそうです。「日本の大切な文化である『お箸』を、世界の方々に『資源の無駄遣い』と感じさせるのを避けたいという思いも、この事業を始めた要因のひとつです。箸そのものも木製ですから森林を使うわけですが、同じ使うのでも少しでも木材が無駄にならないようにしたいじゃないですか。海外の方にも、日本の箸は使いやすいと褒めていただいています」

箸は世界の約30%の国で使われているそうですが、日本のように自分専用の箸を持っているのは稀です。ほとんどの日本人は、自宅で食事をする際に、自分だけのお気に入りの箸を使って食事をします。森林破壊やゴミ問題が浮上してからは、外食をする際にもマイ箸を持ち歩き、割り箸を使わない人も増えてきました。うるし箸の塗りなおしサービスは、まだ始まったばかりですが、毎日使う箸だからこそ長く大切に使いたい、使って欲しいという、使い手と作り手の思いが繋がった「もったいない」文化を象徴するサービスなのです。


(スタッフライター 三枝信子)

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