ニュースレター

2005年06月01日

 

手賀沼にやさしいライフスタイルを - 千葉県我孫子市の取組み

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JFS ニュースレター No.33 (2005年5月号)
シリーズ:地方自治体の取り組み 第9回

我孫子市は千葉県北西部に位置し、北は利根川、南には手賀沼を臨む、東西に細長い市です。豊かな水と緑に恵まれ、江戸時代は水戸街道の宿場町として栄えました。大正期には武者小路実篤や志賀直哉といった白樺派の文人たちが、その美しい景観や自然に魅せられ移り住んできました。現在の人口は約13万人。都心から約40km、常磐線で35分の近距離にあることから、首都圏へ通勤する人々の住宅地としての役割が大きくなっています。

我孫子市のシンボルである手賀沼は水鳥の楽園として知られ、沼畔近くには鳥の博物館も建っています。春から夏にかけては、ムナグロ、ツバメ、オオヨシキリが飛来し、冬には最大で2,000羽前後のカモ類が手賀沼で羽を休めている姿がみられます。一方で、手賀沼は日本一汚れた沼としても知られ、環境庁(現環境省)の調査が始まった昭和49年から平成12年度までの27年間、全国湖沼水質汚濁ワーストワンという不名誉な記録を続けてきました。我孫子市は、平成13年度より「人と鳥が共存し、手賀沼を誇れるまち」というスローガンを掲げ、手賀沼を中心としたまちづくりを進めています。我孫子市の環境保全を担当する「手賀沼課」の方々に、手賀沼における水質汚濁の歴史と浄化対策、今後の展望について伺いました。

手賀沼の水質

昭和20年代まで手賀沼は豊富な水が湧き、底が透き通って見えるほど澄んでいたため、漁民は漁にでるとき、弁当は持参しても水筒は持っていかなかったといいます。水深が浅いことからガシャモクをはじめとした水生植物の宝庫であるとともに、ウナギやワカサギなどの魚が生息し、水鳥や渡り鳥が飛び交う豊かな自然が広がっていました。泳ぐ子供たちの姿も見られ、様々な生物や人々にとって手賀沼はかけがえのない存在でした。

しかし、昭和30年代後半から大規模な干拓によって沼の面積が約半分になり、沼の自浄能力が弱まっていきました。そこへ都市化の波が押し寄せてきました。人口が急速に増加したことから、大量の生活排水が沼に流れ込むようになり、水質が悪化していきました。昭和40年代後半以降、水の汚濁の程度を示すCOD(化学的酸素要求量)の値は急激に上昇し、昭和54年度には28mg/Lに達しました。生活排水に含まれるチッ素やリンにより沼の水は富栄養化し、アオコなどの植物プランクトンが発生するようになりました。沼が閉鎖性の水域であることから、夏場はアオコが異常増殖し、水は緑色に染まり、大変な悪臭を放っていたといいます。

昭和60年12月、手賀沼は湖沼水質保全特別措置法に基づく指定湖沼となり、下水道の整備をはじめ、国や県による総合的な浄化対策が行われるようになりました。中でも、国土交通省が行った北千葉導水事業による水質改善効果は大きいものでした。

利根川と江戸川を結ぶ北千葉導水路が完成し、平成12年度から浄化用水が注入されると、平成13年度のCOD値は11mg/Lまで下がりました。こうして手賀沼は、悲願であった水質ワーストワンの汚名を返上したのです。しかし、環境基準である5mg/Lが達成されたわけではなく、浄化への道のりは依然として厳しい状況です。

生活排水対策

手賀沼の面積は6.5km2、沼の周囲は38kmです。流域には松戸市・柏市・流山市・我孫子市・鎌ヶ谷市・印西市・白井市・本埜村の7市1村があり、約48万人が生活しています。手賀沼周辺に大規模な工場・事業所はほとんどなく、水質汚濁の原因の約60%は流域の各家庭から出される生活排水です。生活排水とは、炊事・洗濯・入浴など日常生活に伴って排出される生活雑排水と水洗トイレから出る排水のことをいいます。

生活排水対策として欠かせないのは、何といっても下水道の整備です。しかし、下水道の建設には莫大な時間と費用を要するため、下水施設が建設されるまでの間、未処理区域では生活排水がそのまま放流されています。そこで、下水道処理を補うものとして、流域市町村では合併処理浄化槽の設置を促進しています。多くの家庭に設置されているのは、水洗トイレの排水のみを処理する単独処理浄化槽ですが、生活雑排水を合わせて処理する合併処理浄化槽への転換を促進するために、補助制度が設けられています(平成13年4月1日より浄化槽法が改正され、単独処理浄化槽の新設は禁止され、合併処理浄化槽の設置が義務づけられています)。
http://www.env.go.jp/recycle/jokaso/data/law/law-p06.html

しかし、生活排水対策は下水道整備や合併処理浄化槽の設置ばかりではありません。手賀沼の水質改善にいちばん必要なのは、流域に住む48万人の人たちが、水にやさしいライフスタイルを心がけることです。たとえば、「流し」にはろ紙袋をつけた三角コーナーを置く、油はできる限り使い切って流さない、洗剤は適正量だけ使うなど、一人ひとりが水への負荷をできるだけ少なくすることが大きな効果を生むのです。

手賀沼の美しさを知る

我孫子市では、市民に手賀沼の美しさや価値を知ってもらうために、さまざまな取組みを行っています。小中学生や市民を対象に船上見学会を開いているほか、毎年10月に、市民団体や周辺自治体、地元研究機関と「手賀沼流域フォーラム」を共催し、水質浄化や環境問題に関する発表や講演会を行っています。小中学生による事例発表は、子供たち自身が環境や手賀沼に関心を持つ大きなきっかけとなり、参加者にも深い感動を与えています。また、手賀沼流域の市民と共に、湧水や河川の水生生物・水質などの調査を行い、手賀沼の水環境回復に対する意識を高めています。

平成11年の春には、手賀沼の北岸に「手賀沼ビオトープ」が完成しました。ビオトープ(Biotop)とは、bio(生物)とtop(場所)を組み合わせた言葉です。手賀沼ビオトープでは、市民参加により水生植物の育成が行われ、水生植物を利用した水質浄化に成功しています。ポンプで取水された手賀沼の水が、ビオトープの植物群落を通過することで浄化され、再び手賀沼に戻されるしくみです。
http://www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/19,362,65,762,html

さらに、市のホームページには、手賀沼の魚や水生生物を図や写真で紹介する仮想の「手賀沼水族館」が開設されています。「水族館」の第一展示室では「今も手賀沼で見ることのできる生き物」として、モツゴやコイ、ギンブナなどを紹介しています。第二展示室では、「現在は少なくなってしまった生き物」として、カラスガイやウナギ、モクズガニなどの生態について説明しています。http://www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/21,9637,211,760,html

都市近郊で生活する人々は、都心への通勤・通学で忙しい毎日を送り、地域の自然環境に支えられて暮らしていることを忘れがちです。我孫子市は手賀沼の水質改善や自然回復を通じ、手賀沼が地域にとってかけがえのない存在であることを住民に訴えかけています。住民が手賀沼の美しい自然を再認識し、誇らしいと感じることは、持続可能な社会を実現する第一歩となるからです。住民一人ひとりが手賀沼を思いやり、手賀沼にやさしいライフスタイルを心がけることが、地球環境問題の解決につながるのです。


(スタッフライター 角田一恵)

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