ニュースレター

2004年08月01日

 

「自然の恵みをそのまま活かした日本酒づくり」 - 菊水酒造株式会社

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JFS ニュースレター No.23 (2004年7月号)
シリーズ:持続可能な社会を目指して - 日本企業の挑戦 第15回
 http://www.kikusui-sake.com

菊水酒造は、1881年に創立された、「菊水」のブランドで日本全国に知られる清酒メーカーです。清らかな伏流水(良質の軟水)と肥沃な土壌に恵まれ、お酒造りに絶好の環境である新潟県の新発田市を本拠に、139名のスタッフで、様々な種類の清酒を年間約7,400トン製造・販売しています。米と水を生かし、旨い酒を醸す----日本酒作りは、自然の恵みを生かすことに他ならない。こうした考えから、菊水は、瓶ボトルのリユースを進めたり、売上げの一部を継続的に自然保護団体WWFに寄付したりするなど、積極的に自然と融和した事業を目指してきました。

有機米を活かしたお酒造り

その菊水が現在特に力を入れて取組んでいるのが、有機米を活かしたお酒づくりです。有機栽培は、農薬や化学肥料を使用せず、自然本来の土壌や水、空気のもっている生産力をそのまま活かす栽培方法。農作物が自然界に存在しない化学物質と触れて汚染されないよう、有機栽培農家はあらゆる手段を用いて防がなければなりません。その有機農産物を使って「有機酒」を作るためには、加工する工場にも同じことが要求されます。つまり、生産はもちろんのこと、加工、さらには流通に至るまで、農薬や洗浄剤、消毒剤などの化学物質による汚染を起こさない手順を確立・運営するということです。

日本には、農産物に関連する品質規格や表示基準を規定した日本農林規格(JAS:Japanese Agricultural Standard)のなかに、有機農産物および有機農産物加工食品に関する検査認証制度(有機JAS制度)があります。2002年11月、菊水の工場は、有機農産物を加工する資格の認定を取得し、有機JAS認定工場となりました。日本酒を造る蔵元としては3番目、新潟県では初めてとなります。そして03年6月、この工場から、「有機純米吟醸酒」(酒税法告示第7号による表示)が生み出され、販売されました。

有機空間を目指して

しかし、自然の恵みを活かしつつ、お客様に本当の安全・安心を提供したいと考える菊水の挑戦はこれに止まりませんでした。原料と作り方までは確かに有機にできたかもしれませんが、作る場所である「空間」そのものはどうでしょう? 今、建材に含まれる接着剤や防腐剤などの化学物質を原因とする化学物質過敏症の事例報告が、家や学校、また病院などでも増えています。新規工場を作る際に、いかにそのような化学物質汚染をゼロに近づけることができるのか。この課題は、食品の安全を守るためにはもちろん、建築にとっても意味のある挑戦となっています。

同社は、これまで築いてきた日本酒づくりのノウハウを文化として広く後世や世界に伝えていきたいという考えから、工場、学校、研究所の機能を兼ね備えた「菊水日本酒文化研究所」の設立を検討していました。この研究所の工場部分を、有機食品認定の考え方を取り入れて設計・建築し、新築工場としての世界初となる「有機空間」を創出したらどうかと考えたのです。この「有機空間」は、有機農産物の認証団体であるASACから施工者が認定を受けて、その認定施工者が建物を認証することになりました。

建築トレーサビリティを極める

この研究所は、地下1階、地上1階、延べ面積約1,400平方メートルの空間となります。真中の約1/3にあたる酒造作業エリア(完成後に有機酒を生産する空間)を「有機空間」とするために、その部屋と外界の緩衝帯となる両端の1/3ずつ(研究・ホスピタリティエリアと、休憩エリア)を、「準有機空間」と設定しました。

現在、有機空間を創るということは、その空間に存在する、建材や壁紙などの資材、設備機械、施行時の接着剤などすべてを、空間を汚染しないように配置することです。そのために、「材料証明」、使っている化学物質の安全を証明する「化学物質等安全データシート」(MSDSといいます)、「製作工程図」などを材料一つ一つに対して要求し、基準と照合して使用の可否を決定し、不可の場合は代替品や代替工法を検討していきました。

PCBやアスベスト(石綿)の例に見るように、そのときは「良し」と判断された資材が、後になってより厳しい基準に照らして問題となることがあります。この工事でも同様のことが起こらないとは限らないので、後世の人がその時に適切に対応できるようにするため、どこに何を使ったかを追跡できるトレーサビリティ・システムを構築していきました。

最初の大きな課題は、基準設定です。「有機空間」を証明する基準を、自ら試行錯誤しながら決めていかなければなりません。「この材料が使えない」という新しい事実が発覚すると、基準のあり方をめぐる新しい概念が必要になります。基準を刻々と進化させていくなかで、それに対応する材料選定も進化します。その日の朝と夜で基準が違うこともありました。施工関係者にはとってはいつまで経っても材料が決まらないことが大変だったといいます。

加えて、材料証明の取得も大きな問題でした。化学系企業からは手に入れやすい化学物質等安全データシートも、建材や機材を取り扱う商社が要求されることはこれまであまりありませんでした。建設・建築業界にとっても、プロジェクト全体を通して組織的にこの問題に取組んだのは初めてだったかもしれません。

機械の組み立てメーカーには更なる難しさがありました。製品全体の安全証明ではなく、部品一つひとつの安全性吟味を要求したからです。例えばエレベーターの場合、床板には強度・コストの観点から合板(ベニヤ板)の接着仕様の製品が提案されましたが、接着剤の揮発が予想されるとして、あえて無垢板でビス止めにしてもらいました。その他の機器に関しても、部品表から元のメーカーを、さらに元のメーカーを確認するといった具合に、化学物質等安全データシートや材料証明をだせる一次メーカーまで追跡(トレースバック)していきました。

この追跡に時間がかかり、機器・材料の決定が遅れることがありました。こうした作業は、メーカーにとっては今まで培ってきたVE(価値工学)手法(コストや機能を管理して製品やサービスの価値を向上させる)に真っ向から対立するものであり、趣旨を理解し協力をしてくれたメーカーに感謝してもしきれないと菊水は言います。

工法を含めた建築全体にも工夫が必要でした。例えば、地下は湿度が高く、カビがはえやすい状態にあります。防カビ剤はその機能である除放性のため、有機空間を汚染するので、建物自体の通気性を高めること、そこで働く人による運用の手順を定めることで対応しました。こうして積み重ねた証明書類は、最終的には100cm程度になりますが、しかし意外にも材料価格だけで見れば最終的に通常の調達価格の2-3割増しで収まりました。

世界の人に、自然の恵みをそのまま活かした日本酒を

この建物は2004年7月に完成し、認定施工者による認証と工場システムの認定を受ける予定です。同社社長の高澤大介氏は、「認証・認定後、2004年11月から同工場で試験的な生産を始め、徐々に有機酒の生産を開始していく予定です。生産の進行をみつつ、2005年を目処に新たなブランドとして提供していきたい」と力強く語ります。また、菊水では、「この建材をここに使った」といった有機空間づくりのノウハウもできるだけ公開し、認証の普及に貢献したいと考えています。

菊水は、有機の日本酒を要望に応じて海外にも輸出していく予定です。また菊水日本酒文化研究所には、国内外の人がおいしく安全な日本酒の作り方を本格的に学べるように、生産設備だけでなく、研修や宿泊の施設も組み込まれています。おいしさだけでなく、安全や安心、そして自然との調和も含めた日本酒の文化を伝えていく。そう考える菊水の日本酒が、価値観を共有する世界の人々に親しまれる日も、そう遠くないでしょう。


(スタッフライター 小林一紀)

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