ニュースレター

2004年05月01日

 

護岸を取り壊して海岸の生態系を再生 - 青森県大畑町

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JFS ニュースレター No.20 (2004年4月号)
シリーズ:地方自治体の取り組み 第5回

日本の海岸は、自然のままの砂浜がだんだん減少しています。ダムや消波堤、防波堤などの建設によって、陸から沿岸への土砂の供給が減っていることが大きな原因です。津波や高潮からの災害を防ぐための護岸の設置により、多くの海岸は大量のコンクリートブロックで覆われるようになりました。

2003年末、東北の小さな町の海岸が昔の磯の風景を取り戻しました。時間をかけて住民の意見を聞き、何度も修正しながらの活動の結果です。

きっかけは「イカの文化フォーラム in 大畑」

青森県大畑町は、本州の最北、下北半島の北辺の津軽海峡に面した小さな町です。人口は約9,700人。町の南部は恐山山系をはじめとする300-800m級の山々に囲まれ、町の面積の約95%は森林。そのほとんどが国有林で、かつては日本三大美林のひとつである青森ヒバによる林業が盛んな地域でした。

林業とともに栄えていたのがイカ漁業です。1994年に、イカをテーマに町の歴史や文化を総合的に検証しようと、イカの文化フォーラムが開催されました。当時の大畑町は、基幹産業である林業と漁業の衰退が進み、町全体が活気を失っていました。

その沈滞ムードを打破しようとした住民の企画は、国内外からイカの専門家を招聘し、参加者約500名の一大イベントとなりました。フォーラムに刺激を受けた住民が「'94フォーラムin大畑」という団体を設立し、イベントの準備段階から、大畑町のイカ漁や海の実態を調査し、議論を重ねていきました。それはみずからの歴史の洗い直しであり、文化の再確認であったといいます。

イカを通して、深刻な事態が見えてきました。年々大型化するイカ釣り船に対応するための漁港の整備や、防波堤や水産加工団地の建設に、莫大な費用を投下したにもかかわらず、その後肝心のイカ漁は大幅に衰退し、そのうえ、自然のままの海岸は失われてしまったのです。定置網の漁師からは、泥で網が汚れ、魚が少なくなっているという声もあがりました。

網を汚す泥を運んでいたのは、洪水を防ぐために直線化され、水路と化した大畑川でした。泥の出所は、保水力が失われた上流の森林でした。ヒバの森は奥山まで伐採され、木材を運ぶための林道が山肌を削り、沢を埋めるようにして造られたため、少しの雨でも泥水が川を下るようになっていたのです。

森と川の再生から海岸の再生へ

森林を再生するために、1994年ごろから漁業協同組合や農林漁業者の植樹が行われるようになりました。1998年からは、大畑町植樹祭として、地元の小学生や高校生なども交えた町ぐるみの行事になっています。

住民の一人が前年に新聞記事で「近自然工法」を目にしたことをきっかけに、1997年7月に、大畑川の改修工事が行われました。近自然工法とは、石組みなどによって水の流れをコントロールし、生態系の復元を促す河川工法で、スイスやドイツで誕生したものです。

工事の後、川床の泥が洗われ、小さな鮎の姿を目の当たりにした人たちは、町全体に同じ方法や考え方を用いることが、自分たちの生きる道なのではないかと考えました。

大畑町の木野部(キノップ)海岸は、垂直の護岸のために浜辺に人が降りられない海岸でした。この護岸が国の補助金で傾緩斜護岸に造りかえられたのは1990年代前半です。海にせり出し、海岸を分断する傾緩斜護岸は景観を壊すと地域の住民に不評でした。

1999年から青森県が始めた住民参加による海岸整備事業の中で、住民は、2001年までの間に10回を超える懇話会を開催し、海産物の豊富だった古きよき時代の磯の風景を取り戻す計画を立てました。2001年、傾緩斜護岸は取り壊され、撤去したブロックは消波堤として海中に転用されました。ところが、出来上がったのは整然と石が並べられた海岸で、イメージされた磯の風景ではありませんでした。

半年後、ふたたび住民の意見が聞き入れられ、青森県が手直しをしました。ようやく、浅瀬に大きな石の点在するかつての磯の風景が戻ったのです。完成した海岸は現在、消波堤の役割をはたしながら、カニや貝類、海草の姿が見られるようになってきています。

法制度の改正

大畑町の取り組みの原動力となったのは、地域の将来に危機感を抱き、外部から専門家を招いて勉強会やシンポジウムを重ねた住民でした。その住民らによって、2000年にNPO法人サステイナブルコミュニティ総合研究所が設立され、「人間が自然の中に胎棲する郷」とする大畑町の都市計画マスタープランの策定にも大きく関わっています。

また、大畑川や木野部海岸の改修工事が短期間のうちに可能となった背景には、日本の水域を管理する法制度の改正があります。1997年の河川法改正や1999年の海岸法の改正によって、災害の防止に加え、環境の保全や地域住民の意見を反映した計画が導入されることになりました。2003年7月には国土交通省が「美しい国づくり大綱」を公表し、全国的に、景観や環境の保全に配慮した美しい国づくりへの取り組みも始まっています。
http://www.mlit.go.jp/keikan/keikan_portal.html

人間が壊してしまった生態系は、ほんの少し手を入れることで再び豊かな自然によみがえる力をもっています。私たち自身が選択できる環境が整いつつあるなかで、私たちがこれからどのように、自然と共生し、自分の地域と向き合っていくのかを、大畑町から学ぶことができます。

参考web
http://www.scr-jp.com(サステイナブルコミュニテイ総合研究所)
http://www.scr-jp.com/forum/('94フォーラムin大畑)


(スタッフライター 八木和美)

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