ニュースレター

2004年04月01日

 

「水辺環境保全から始まった環境教育」

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JFS ニュースレター No.19 (2004年3月号)
シリーズ:環境学習の現場から 第3回

茨城県霞ヶ浦。2100年3月。越冬しているオオハクチョウやオオヒシクイがそろそろシベリアへ旅立つ頃です。ツルも最後の腹ごしらえをしようと田んぼで餌を啄んでいます。春の柔らかい日差しの中で、白い帆船に乗った漁師たちがワカサギや小エビのたくさん掛かった重そうな網を引き上げています。マガモやコガモの群れが、キラキラ光る水面を蹴って空に飛び上がり、トキは美しいピンク色の羽を広げて青空を飛んでいます。葦原に囲まれたここ霞ヶ浦は、野鳥の宝庫です。遠浅の湖は、夏には子供たちの恰好の水遊び場となります。ハート型の葉をたくさんつけたアサザの群落が沖まで広がり、秋には、可憐な黄色い花の絨毯が一面に広がります。

これは、100年後の霞ヶ浦の姿を想像したものです。今、流域の子供たちは、地域の大人たちと一緒に、どうしたら自然環境を再生・復元できるかを学びながら、そのプロセスに積極的に関わっています。自分たちの手を使い、自分たちの目で失敗や成功の例を見ながら、100年後にはトキを呼び戻そうと努力をしています。

今月は、「霞ヶ浦の自然再生事業」、霞ヶ浦流域の環境学習の様子をご紹介します。(アサザプロジェクトの概要については、1月号のシリーズ:ユニークな日本のNGO 第4回 霞ヶ浦の自然再生事業-アサザプロジェクト(スタッフライター 星野敬子)をご参照下さい。)

現在、流域の小学校の9割にあたる170校がアサザプロジェクトに参加しています。1995年にプロジェクトがはじまった時、最初に反応してくれたのは子どもたちでした。アサザの里親を募集すると、数人の小学生が申し込んでくれて、学校ぐるみでやりたいと校長先生にもかけ合ってくれました。以来、学校の総合学習の一環としてアサザの生育から植え付けまでを実施しています。アサザの里親も、小学生を中心に延べ7万人を超えました。

植え付けの前には、アサザ基金のメンバーが、出前授業を行って、プロジェクトの仕組みや目標、アサザの栽培方法や植生を説明しています。アサザの種まきは実に簡単で、春、種を2,3粒鉢に植えると、3週間で発芽します。後は、鉢を水の中に入れて成長を待って、夏に湖に植え付けます。低学年の子どもは浅いところに、高学年になると少し深いところに挑戦しています。

湖岸が100%コンクリートで固められてしまった今、どうやって昔の姿に戻していけばいいのでしょうか。残念ながら昔の様子はほとんど記録に残っていませんでした。そこで、小学校では地元のお年寄りから昔の自然環境の聞き取り調査を行っています。おじいさん、おばあさんが子供だった頃、どんな植物が生えていて、どんな生活をしていたのだろう?

子どもたちの調査シートには、かつての資源豊かな湖の様子や水泳している人たちの絵が描かれています。今までは若い世代と共通の話題がなかった多くのお年寄りも、大喜びで協力してくれています。ここでは、大学などの研究機関のおこなう調査ではすくいあげにくい、生活に密着した情報や経験知が生かされています。

こうして集計したデータは、学校でビオトープ(観察池)を導入する際の重要な手がかりとして威力を発揮します。周辺の約110校の小学校では、「ミニ霞ヶ浦」というビオトープを造って、失われつつある植生を育て、自然観察をしながら絶滅の危機にある植物の遺伝子保存にも取り組んでいます。学校ビオトープには、霞ヶ浦に自生した水草や水棲動物以外は絶対に入れないことがルールです。

ビオトープを造ると、水草は成長が早いので数年で池全体を覆うようになります。水草は間引いて、霞ヶ浦に植え付けて自然復元事業の大切な材料にしています。子供たちは、何のために植物を植えているのかを理解し、自分たちの活動が重要な役割を担っていることも自覚しています。

これまでに、ほぼ流域全体に満遍なく学校ビオトープが設置されたことを一つの資源にして、小学校という身近な地域コミュニティを基本単位にした新たな事業が生まれています。学校の学区は小学生が歩いて通える範囲の半径1-2キロ。これは、カエルやトンボといった生き物が移動できる範囲と一致しています。ビオトープで、自然に集まってくる昆虫やカエルを調べて、生物たちの目から見た学校の周囲の環境を学び、日常的に生物モニタリングをしています。

小学校はすべてインターネットでつながっていて、モニタリングの情報は広域でリアルタイムに共有されています。小学校を核とした生き物ネットワークができあがったわけです。またこの情報は専門家や研究室に送られ、分析されています。環境保全や再生事業を立案するための重要な基礎データが、小学校で構築されているのです。

こうした取組みの中で、子供たちは観察者としての能力を高め、熱心に地域の環境に目を向けるようになってきました。自分たちが湖に働きかけることで、湖が少しずつ復活してくる現場に日々立ち会っているのです。流域の大人と子供がビジョンを共有し合い、実際の働きかけの場所を提供してくれるのがアサザプロジェクトです。「自然再生」の夢は、学習意欲を高め、地域ぐるみで子どもを育てるという相乗効果も生んでいます。

「『環境に悪いものをこれ以上増やさないようにしましょう、...はやめましょう』といった規制や制限は、未来に向けた前向きな姿勢が感じられない」とプロジェクト代表の飯島博さんは言います。「環境に悪いものを減らしていく努力も大切ですが、いいものを増やしていくという夢のあるプラス思考がアサザプロジェクトの根幹にはあります。」自然のすばらしさを知ることなしに、自然を守ろうという気持ちにはなれません。生き物と触れ合うことで、命のはかなさ、大切さを知る。人と生き物が喜ぶ、自然豊かな湖を取り戻そうとする運動から始まった環境教育。地域の抱える様々な問題について、大人と子供がともに試行錯誤しながら解決の糸口を探っていくアサザプロジェクト。議論や問題提起中心だったこれまでの環境教育から一歩進んだ、未来志向の解決型の環境教育のあり方を教えてくれています。

(スタッフライター 高橋彩子)

※参考文献
「よみがえれアサザ咲く水辺」「市民型公共事業--霞ヶ浦アサザプロジェクト」

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