ニュースレター

2004年02月01日

 

霞ヶ浦の自然再生事業 - アサザプロジェクト

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JFS ニュースレター No.17 (2004年1月号)
シリーズ:ユニークな日本のNGO 第4回

霞ヶ浦は、琵琶湖に次いで日本で2番目に大きな湖です。湖面積は219.9km2、流域面積はその約10倍以上もあります。首都圏に隣接するこの湖は、工業用水や飲料用水として重視され、高度成長期に大規模な開発が行われました。それに伴い湖岸はコンクリートで固められ、従来の自然環境は損なわれました。生きものが住まない水辺には人が寄らなくなり、渡り鳥などヨシ原を求めてやってくる生きものも姿を見せなくなりました。

この状況を見て、政府は自然を再生しようとさまざまな施策や事業を行ってきましたが、霞ヶ浦流域全体の抜本的な環境改善には結びつきませんでした。お金やものの流れが一方通行の行政主体のアプローチでは、地域に根ざした事業ができなかったのです。さらに、各省庁が同じような公共事業を行うので、事業の重複という無駄が生じていました。

そのような中で、1995年に「アサザプロジェクト」が始まりました。これは「市民型公共事業」と呼ばれる、これまでの行政主導の公共事業とは異なった、全く新しい取り組みです。

アサザプロジェクトは、コンクリート護岸で失われた、湖岸植生帯の回復から始まりました。まず、水質浄化の有力な手段としてヨシ原に注目しました。ヨシ原は水質汚染の原因となる窒素やリンを吸収し、さらに魚の産卵場所や餌場にもなるからです。

ところが、コンクリートに固められた直立の護岸では、なかなかヨシが根付かないという問題がありました。打ち寄せる波が直立護岸で勢いよく跳ね返り、その力で湖底を深く掘り込むため、植物が根付く余地がなかったのです。こうしてヨシは次々と減少し、絶滅の危機に瀕していました。

NPO法人アサザ基金代表理事の飯島氏は、霞ヶ浦に自生しているアサザという水草に目をつけました。アサザは群落をつくり、自然の波消し作用があるので、ヨシをはじめとした植生帯の回復に役立つのです。

アサザを霞ヶ浦に植え戻す作業は、小学生や市民の手で行われました。しかし、せっかく植え付けられたアサザも波にさらわれ、沖合に流されてしまいました。それほどコンクリート護岸工事の影響は大きかったのです。

そこでアサザ基金が、アサザを湖底に根付かせるために間伐材を使った消波施設を提案しました。

この消波施設は、日本に古くから伝わる伝統技術をもとに、地元森林組合の木材を使って作られました。霞ヶ浦周辺の山林は、木材価格の低迷や後継者不足の問題でこれまで荒れ放題でしたが、地元の間伐材を活用することで新たな雇用を生み出し、荒れていた森林の保全も同時に行うことができたのです。そして国の公共事業としても採用されるようになりました。

さらに、かつて豊かな漁場だった霞ヶ浦は、この20年で漁獲高が激減し、漁業関係者自身が将来はないと考えるほどでしたが、木材を使った消波施設は魚礁となり、水産資源の保護育成にも役立っています。その他、流域内の休耕田や流入河川と連携した公共事業も行われています。

また、自然再生事業を行う上で、自然が失われる以前の状態を知ることが重要です。そこでアサザ基金は、流域の小学校に呼びかけ、生徒が祖父母や近所のお年寄りから昔の湖岸の様子を聴き取るという取り組みを始めました。今では、霞ヶ浦流域の170の小・中学校がアサザプロジェクトに参加するようになり、地元住民が湖に直接ふれて実体験できる貴重な環境学習の機会となっています。

このように、本来つながっているはずの湖、川、水田、森林などに対して行政が個々に行っていた公共事業をNPOが相互に連携させることで、事業の効率化と新しい事業展開を実現しています。そして、アサザ基金が市民、農林水産業、学校、企業、研究機関、行政など、霞ヶ浦の自然再生に参画する人々をうまくネットワークすることで、かつてばらばらに存在していた事業につながりができ、相互に利益をもたらす関係が生まれました。

ネットワークが成熟するにつれて、アサザの植付け作業や森林管理に参加する住民は増加していきました。その数は1995年以来延べ8万6千人にも上ります。

ここでの取り組みの特徴は、プロジェクトの中心に組織は存在していないことです。アサザ基金というNPOが中心となって市民型公共事業を運営しているように見えるかも知れませんが、中心にあるのは霞ヶ浦の自然再生事業というコラボレーションの場であり、立場や考えが違う人同士、あるいは利害関係が錯綜する人同士が、自然再生というひとつの課題を共有することで、全体として協働するしくみになっています。

このような広域ネットワークでは、各主体は環境保全を義務や規制と見なすのではなく、自らの事業を活性化するものとして積極的に取り入れるようになります。「従来の公共事業は縦割り自己完結型だが、この事業はNPO媒介の循環型連鎖型」と飯島氏は説明しています。

アサザプロジェクトは、NPOが各分野間を自由に行き来することによって、はじめてつながる市民型公共事業であり、全体を広く見渡すことのできるNPOならではのプロジェクトといえます。

また、飯島氏は次のように話しています。

「20世紀は人が力づくで自然や社会をコントロールしようとして、多くの自然破壊や公害、貧困や紛争を起こしてきた。さらに、社会が複雑化し組織の機能が専門化したことで、それぞれのつながりが見失われた結果、実社会の課題を個別の技術や対策では解決できなくなった。今日の環境汚染はまさにその典型である。

アサザプロジェクトは、自然の回復にも社会の変革にも力づくの手法をとらず、教育や産業といった、地域に広がる社会システムに環境保全機能を組み込むことで循環型社会をつくり出している。そしてこれが、自然再生と地域活性化の両立を可能にするのだ」

アサザプロジェクトでつながる霞ヶ浦の広域ネットワークは、ひとつの持続可能モデルとして、全国的に注目を集めています。

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