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企業が生物多様性保全に取り組む意味

ダイワJFS・青少年サステナビリティ・カレッジ 第3期・第1回講義録

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足立直樹氏
サステナビリティ・プランナー、株式会社レスポンスアビリティ代表取締役

東京大学理学部卒、同大学院修了、理学博士。国立環境研究所で東南アジアの環境科学の研究に従事した後に独立。持続可能な社会の構築を目指し、多くの先進企業の環境経営やCSRのコンサルティングを行う。アジア各国におけるCSRの状況に詳しく、地域社会と地球環境の持続可能性を高める企業経営の推進を支援している。企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長、日本生態学会常任委員、ナチュラル・ステップ・ジャパン理事なども兼務する。

◆講義録

私が研究者時代にフィールドにしていたマレーシアでは、次々と熱帯林が伐採され、いまや国土の12%近くがパームオイルのプランテーションで占められている。パームオイルはそのおよそ8割がマーガリンやお菓子、揚げ物の油などの食品用で、残り2割は洗剤や石鹸、その他工業用だ。身近な日常品をつくり出すために、その消費量はどんどん増加している。私たちの生活が、マレーシアなど東南アジア諸国を含め、さまざまな地域の生物多様性に大きな影響を与えている。


3つのレベルの多様性

生物多様性とは、簡単に言えば、いろいろな生き物がいるということだ。種がいろいろ存在することが最も分かりやすいが、それだけではない。地球の四十数億年の歴史の中で、なぜこれだけいろいろな種が生じたかというと、遺伝子が多様だからだ。多くの生物は有性生殖をするが、その際、オスとメスの遺伝子を交換して新しい組み合わせができ、その結果、さらにさまざまな環境に対応できるようになる。多様になることが、いろいろな環境に適応できる強さを生み出している。

いろいろな遺伝子があることで、種が分化してさらにいろいろな生物が生まれる。そして、その組み合わせが生態系となる。生態系が多様であれば、さまざまな生物種が存在することができ、この3つの異なるレベルの多様性が渾然一体となって、生物多様性を構成している。生物多様性の保全には、こうした全く異なる3つのレベルを保全しないといけないことを覚えておいてほしい。


人の暮らしを支える生態系サービス

この生物多様性の状態を地球的な規模で調べる調査が、2005年に発表された国連のミレニアム生態系評価(Millennium Ecosystem Assessment=MA)だ。この調査では、生態系が、私たちの生活、人類の福祉や福利に非常に役立っていることが、うまく整理されている。

私たちが生活をしていくため必要な、いろいろな資源・資材を生態系が供給してくれている。あるいは私たちが安全に暮らしていくために、また自然災害が緩和されるように、さまざまな調整機能が働いている。こうした働きをまとめて、「生態系サービス」と呼んでいる。

生態系サービスの中で非常に重要なものの1つが、供給サービスだ。例えば、私たちが使っている薬の約4割は自然由来だ。食料に関して言えば、私たちは基本的には生き物しか食べていない。私たちはまさに、毎日この生態系サービスに依存して生活しているといえる。個人の生活だけではなく、企業、産業も同様である。木材や繊維などはもちろん、先ほどのパームオイル、ゴムからつくられるタイヤ、あるいは染料など、すべて植物からできている。

JFS/college 0810-01
生態系サービスと人間の福利との関係
出典:RSBS/Millennium Ecosystem Assessment


ところがこの調査によれば、私たちの生活や経済を支えている生物多様性、生態系サービスが、この50年でかなり衰退してしまっているという。

もう一つ、スターンレビューの生物多様性版ともいえるようなレポートの中間報告が、2008年5月に発表された。中間報告ではまだ、森林の生態系サービスについてのみ示されているが、今の状況が続くと、毎年280億ユーロ相当の経済損失があると指摘されている。すべて合わせると、スターンレビューによる気候変動の影響の場合と同程度に相当する、世界のGDPの6%が失われることになる。そのぐらい、生物多様性も経済に大きな影響を与えることが明らかになってきたのだ。


ようやく動き出した日本企業

ここで、これまでの国際的な動きを整理しておこう。実は生物多様性に関しても、気候変動枠組条約と同じような国際条約が1992年にできている。生物多様性条約というもので、アメリカ以外は、日本を含め、ほとんどの国が加盟している。

2006年にブラジのクリチバで開かれた第8回締約国会議(COP8)で、各国政府は企業を生物多様性の保全の活動に巻き込んでいかなければいけない、という決議がされた。企業を巻き込まなければ、とても解決できない問題だと、国際的に合意されたわけだ。

さらに、2008年5月にボンで開かれたCOP9では、ドイツ政府によってBusiness & Biodiversity Initiativeがつくられ、世界で34の先進的な企業が加盟し、企業参加の機運が高まってきた。

次のCOP10は、2010年10月に愛知で開催されることが決まっており、日本でも最近になってようやく、どうすれば企業を巻き込めるかという議論が出てきた。2008年5月にできた生物多様性基本法の中でも、企業は生物多様性を保全するよう努めなければならないと書かれている。その施策の一つとして、企業はどういう形で生物多様性を保全したらいいのかを示すガイドラインをつくろうとしているところだ。

これまで日本企業は、社会貢献的な活動はしていても、本業での取り組みが少なかった。たとえ他意はなくても、これでは「グリーンウォッシュ」だと、特に欧米のNGOから非難の対象ともなり得る。これから先は、本業を通じた保全が非常に重要になると、私は思っている。

また、生物多様性に取り組まないことはビジネス上のリスクにもなりかねないが、逆に考えれば、新しいビジネスチャンスにもなり得る。いずれにしても、生物多様性の保全は、社会貢献としてではなく経営上必要なことだ。

2008年4月に「企業と生物多様性イニシアティブ」が発足した。生物多様性に直接的な影響がある建設会社や、原材料として植物原料を使っているような企業など、大和証券さんも含め19社(*2009年3月現在21社)の企業が入っている。

活動目的 1. 生物多様性の保全と持続可能な利用に関する学習
2. ステークホルダーとの対話
3. グッドプラクティスなどの情報発信
4. 成果の可視化等に関する研究開発
5. 生物多様性に関する政策提言
会員企業
(21社)
*2009年3月現在
株式会社秋村組、味の素株式会社、株式会社INAX、花王株式会社、鹿島建設株式会社、サラヤ株式会社、清水建設株式会社、セイコーエプソン株式会社、積水ハウス株式会社、株式会社大和証券グループ本社、株式会社竹中工務店、帝人株式会社、株式会社電通、トステム株式会社、パナソニック株式会社、富士ゼロックス株式会社、ブラザー工業株式会社、三井住友海上火災保険株式会社、株式会社三井住友銀行、三菱UFJ信託銀行株式会社、株式会社リコー (五十音順、敬称略)
企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)(2008年4月1日発足)


こうした企業側の動きは、直接影響が大きい水産業や林業などの業種だけではなく、最近では金融セクターでも注目するところが出てきた。UNEPの金融イニシアティブが2008年3月に出したレポート「Bloom or Bust ?(繁栄するのか、それとも破産するのか)」でも、金融セクターが、生物多様性に対してさまざまなリスクに直面していると指摘している。

気候変動に関しては、いまや世界中の企業、政治が非常に注目している。その結果、お金が動こうとしている。お金が動きだすと、世の中も動く。生物多様性に関しても、金融セクターが非常に重要な役割を果たすはずだ。その意味で、私はこのレポートが出たことにとても注目している。おそらく今後、世界のメインストリームの金融機関が、生物多様性に関して多くのお金を投じるだろう。そうなれば、生物多様性に関する動きも、非常に大きなものになるだろうと思う。


リスクを減らし、チャンスを生む取り組み

先ほど、企業にいろいろなリスクがあると言ったが、実際にどういうリスクがあり、それをどう管理しているのか、欧州企業の事例を中心に具体的に見てみよう。

まず1つは操業に関するリスクがある。原材料がなくなるとかコストが非常に高くなると、結果的に業務が中断することさえある。あるいは法律や規制に関するものでは、法律・規制がどんどん厳しくなるに従い、訴訟にあったり、業務ができなくなるというリスクもある。

ほかには評判に関するリスクもある。生物多様性に取り組んでいないと、顧客、投資家、社会からの評判が悪くなる。金融市場から低い格付けを受けると、事業を広げたくてもお金が入ってこないというリスクがある。

事業に直接かかわるリスクについては、ビッテル(Vittel)というミネラルウォーターの例が有名だ。フランスのある地域にある水源周辺の農家が、以前は林だった場所を切り開き、それまでより多くの牛を育てたり、より多くの農薬を使うようになったことで、硝酸などが水源に混入し始めた。すると当然、法律でミネラルウォーターとしては認められなくなり、ここを水源としたビジネスの機会を失うことになる。そこでビッテルは、周辺農家に必要な金銭的補償をして、水源の周りの土地をきちんと管理してくれるよう頼んだ。おかげで、天然ミネラルウォーターのブランドを守ることができたという成功例だ。

生物多様性への取り組みをビジネスチャンスに変えた取り組みが、南アフリカにある。アフリカ大陸の先端に位置するため、南アフリカには独特の動植物がたくさん生息している。その1つに、フィンボスという独特の生態系がある。一見すると何の変哲もない低木地帯に見えるため、「何にも使わないのなら、ワイン畑にしてしまえ」と、開発がどんどん進んでしまい、今は往時の2%にまで減少しているという。このままでは、南アフリカに固有の非常に貴重な生態系や、そこに住む動物も一緒に失われてしまうことになる。

近くには南アフリカの中でも貧困な地域もあり、それを一緒に解決できないかと考えた人々がいる。ブドウ畑になりそうだったフィンボスを買い取って、低木に咲く野生の花を集め、それをブーケにして、ヨーロッパ向けに輸出し始めた。これによって、貴重な生態系を守ることができ、雇用が生まれることで貧困も解消でき、地域社会全体の安定に寄与できるわけだ。こうしたビジネスチャンスが生まれたのは、フィンボスというきれいな花が咲く、世界でも珍しい生態系があったからだ。

一方の日本企業はどんな取り組みをしているのだろうか。先進的な事例を紹介しよう。

調達にかかわるところでは、レストラン「びっくりドンキー」を経営しているアレフという企業の例がある。レストランなのでいろいろな食材が必要になるが、例えばトマトについては、在来種のマルハナバチを使って授粉している農家から買うことにしている。

トマトの授粉は人間が行うと大変だが、ハチを放してやると、花から花へと飛び回って授粉する。これも生態系サービスの1つである。もともとは、日本にいるマルハナバチが使われていたが、ある時、効率がいいという理由で、海外からセイヨウマルハナバチが持ち込まれた。これが野外に逃げ出し、非常に増えてしまった。このままでは、元から日本にいたマルハナバチが駆逐されることになる。そこでアレフでは、マルハナバチを使っている農家からのみトマトを買って、外来種の被害を増やさないようにしている。

住宅メーカーの積水ハウスも、「5本の樹計画」という面白い取り組みを行っている。住宅を造ったときに庭に植える木のうち、3本は鳥のために、2本は蝶のために植えようというものだ。鳥や蝶が庭に集まってきて餌を食べて、成長できるような木を植えようとすると、必然的にもともと日本にあった自生種、在来種を選ぶことになる。そういう家が町内に少しずつでも増えていくと、その町内にもう一度、地域本来の生態系が復活する一つの小さな種になるだろう、という考え方だ。

こうしたさまざまなタイプの生物多様性保全への取り組みが、日本企業の間にも少しずつ始まっている。


stewardshipを果たすために

生物多様性は熱帯雨林など、どこか特殊な場所だけの話ではない。あらゆる企業活動、私たち一人ひとりの問題だ。特に企業活動は、大なり小なり、生物多様性に影響を与えているわけで、責任があるといえる。

だからといって、企業活動が悪いということではないと思う。生物というのは、石油や鉱物と違い、もともと持続可能な資源だ。例えば森林は、伐採してもきちんと管理さえすれば、何年か後には再び同様のサービスを私たちに提供してくれる。

ただし、生物や生態系の仕組みは非常に複雑なので、よかれと思ってすることでも、思わぬ副作用が出ることも珍しくない。そうした点にも配慮し、持続可能な形で使うように配慮することが必要だ。

最後に1つ、stewardshipという言葉を紹介したい。stewardは、日本語では「財産管理人」などとも訳されるが、執事のことだ。従って、stewardshipとは、財産管理人としての職務という意味になる。

私たち、あるいは企業というのは、言ってみれば、自然という財産の管理人なのではないだろうか。これをきちんとうまく使えば、私たちは便益を享受しながら、次の世代にも伝えていくことができるが、stewardshipがよくないと、自分たちの世代で使い切ってしまうかもしれないし、あるいはもっと悪いものを後生に残してしまうかもしれない。生物多様性に対して、stewardshipをきちんと果たせるかどうか、それが企業に求められていることではないかと思う。


◆配布資料

「企業が生物多様性保全に取り組む意味」(PDFファイル 約2.0MB)


◆「私が考えるサステナブルな社会」

私たち人間も生物であり、地球という生態系の中で生きている以上、自然の法則から逃れることは出来ません。この有限な地球の中で、自然の法則に従った形で生活していくことが、サステナブルな社会の基本だと思います。


◆「次世代へのメッセージ」

stewardship(財産管理人)という言葉があります。企業を含め私たちは、自然という財産の管理人だと思います。うまく使えば、私たちは便益を享受しながら、次の世代にも伝えていくことができます。生物多様性に対して、このstewardshipをきちんと果たせるかどうかがとても大事なことです。


◆受講生の講義レポートから

「気候変動と同じように、市場原理を導入するのは、生物多様性の保全にも不可欠だと思います。市場メカニズムの利用についての話はとても興味を引かれました。これがもっと具体化してくことを楽しみにしています」

「文明の最先端の街であろう場所で、マレーシアなどの話を聞くのは、とてもギャップを感じます。自分の生活に生物多様性を保全する要因がほとんどないことに、嫌悪感を抱き、深く反省しています」

「『エコ』という言葉が盛んで、『植物性○○』だから安心とか、地球に優しいと勝手に思っていましたが、そういった思い込みをなくしていくのも、企業活動の大事な一環だと思います」

「就職活動を通して、CSRとして環境問題に取り組む企業がたくさんあるなぁとは思っていましたが、ただ単に木を植えるだけでは、逆に悪影響が出てしまうこともあるんだということが新しい発見でした」


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