ニュースレター

2016年12月29日

 

被災地・石巻の今(後編)

Keywords:  ニュースレター  震災復興 

 

JFS ニュースレター No.172 (2016年12月号)

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前号では、「サードステージ」という団体を立ち上げ、石巻で被災者の新たな歩みをサポートする活動を行っている杉浦達也さんからお話を伺い、被災時の状況や、石巻牡鹿半島での支援の取り組みから生まれた牡鹿半島事業の1つ「浜友」についてお伝えしました。今月号のニュースレターでは、他の牡鹿半島事業や「サードステージ」の立ち上げなど、引き続き杉浦さんのお話をお届けします。


「浜こん」の取り組み

「浜こん」がどうして始まったのかというと、いろいろな活動をしていると、浜のお父さん、お母さん、じいちゃん、ばあちゃんから、「杉浦さん、本当に支援ありがとう」と言って下さるのですが、「最後に1つだけお願いがあんだよね、息子や孫にお嫁さんを世話してくれないかな」と。

浜の漁師さんたちの中にも、そういう出会いを求めている人もいるという話も聞いたので、浜の共通課題の一つとして「だったら、浜の男性と外からの女性で、婚活!」。そうすれば浜に嫁ぐ人、子どもができる、となれば後継者が浜に残り跡継ぎが出来る、そして人口増加などにもつながるかも、ということで、「浜の婚活」で「浜こん」というのを2013年と2014年の2回開催しました。

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「浜こん」では、現在までに1組が結婚しているんですよ。つい最近「おかげさまで子どもが生まれました」と連絡がありまして、「今度、お祝いしようね」という話になっています。

浜の男性はシャイな方が多いので、自分から動くきっかけを持てなかったんですけど、「浜こん」ができたことで、自分から婚活に動く男性が増えたり。実際に、そこでカップルになって結婚した人だけでなく、そこから結婚したいという意欲が出て自ら行動に移した人もいます。そういうふうに、心を動かすことができたのかなと思います。

コミュニケーションが苦手な人って、自分をあんまり知らない方が多く、会話のキャッチボールが苦手で、恋愛につながりにくかったのかなと。だから、自分のプロフィールを書くにしても、「おれ、何が趣味なのかな」「普段のおれって、どういう人間?」というところから、自分の趣味や得意・不得意など、自分を知ってもらう作業から始めたんです。

それができたことで、話す会話がまず1つ、すぐ見つかるようになったんです。ドライブに出かけるとか音楽を聴くとか。まず自分を知ることをきっかけに、自分を前に出せるようになってきたのが大きかったのかなと思っています。

中には「おれパチンコが趣味なんだよね」と言う方もいましたが、「そこは球技に直して!」と言う冗談も言いながら、徐々に会話する内容が増えたことを思い出します(笑)。

「サードステージ」立ち上げ

JENの事業の中で、最後に牡鹿半島事業が残りました。「まだこれから」というところもあったんですけど、JEN自体は緊急支援団体という性格から、2015年10月末に石巻事務所を閉じることになりました。

その段階で、私と新井は今後の話を進めていました。「自分たちでできることは何か」「まず、やりたいことは何か」「その中で、自分たちで見極め納得がいくこと、ちゃんと目的を持ってできることは何か」と。

私たちの中では、「居心地のいい居場所を見つけるために、心を動かすきっかけをつくりたい」という思いが大きかった。それで、「サードステージ」という団体を立ち上げようという話になりました。

ファーストステージは震災前の暮らしがあって、セカンドステージは震災後の大変だった暮らしがある。そして、サードステージとして、大変だった暮らしから、「これからの心動く次の一歩を共に歩むことができないか」「一緒にきっかけをつくることができないか」という思いで、「サードステージ」という一般社団法人を2人で立ち上げました。

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立ち上げは2016年1月20日です。1月20日が死んだおふくろの誕生日で、「2016年の1月に立ち上げたい」という話で、「だったら20日に」とわがままを言って、1月20日にしました。

現在は、2つの事業を柱として活動しています。1つ目の柱は、「自立生活支援事業」として、石巻市の仮設住宅や在宅被災者に関わりながら、自立生活支援の委託を受け活動をしています。2本目の柱は、「牡鹿半島事業」で、「寄らいん牡鹿」の活動や「牡鹿半島ネットワーク協議会」「浜へ行こう!」などを通して、牡鹿半島に関わりながら事業を進めています。

自立生活支援事業

自立生活支援事業は、まだ次の一歩を踏めない方々に寄り添いながら、これからの進むべき道を一緒に考えていきたい、そのきっかけをつくれたら、という思いでやっています。それが今、私たちが仮設住宅などに入って活動している理由です。

石巻の中には、まだ大変な所、進んでいない所がいっぱいあります。1つの大きな一歩の区切りとして、皆さんが仮設住宅から出られて、少しでも自立した生活、次のステージへ行けることが大きいと思っていますし、この活動をする事がサードステージを立ち上げるきっかけとなりました。

現在仮設住宅に入っている方の中でも、まだ先の予定を決めていないという方々を担当しています。仮設住宅の集約が始まってきている中、先の予定を決めてない理由も明確になっていない方がたくさんいらっしゃいましたので、その方たちの理由を明確化していく。

なかには「どうしたらいいかわからない」という方もいらっしゃるので、「こういう制度が使えて、こういう方法がありますよ」とか、「まず一緒に、1回窓口に行きましょう」と促すなかで、今後の計画を考えるきっかけを作っています。

なかには、「いや、そんなのまだ後でいい」と言う方もいるので、「そうではなくて、今のうちから先のことも考えて準備しておきましょう」と働きかけています。気持ちだけでも意識を持ってもらわないといけないので。

私たちで話をしに行っても聞いてくれない人や、いつ行ってもいなくて会えない、連絡が取れない、という方もいます。ただ、私たちも前職から、ニーズ調査やアセスメント調査などで仮設住宅に入らせてもらった経験もありますし、これまでも人と接する仕事をずっとしてきたものですから、コミュニケーションを常に意識しています。

最初1分話せれば、10分話せる。最初の1分が大事だと思っています。アンテナを張りながら、その人が答えやすい、話しやすい雰囲気や態度をまずつくっていく。その人が答えた内容を、ちゃんと拾って、その上で話を進めていくというところを意識しています。そうすると、相手からも話してくれます。

私たちには、最後の決め台詞があるんですよ。別れ際に、「またくっから、この顔とこの体は絶対に覚えておいてね~!」(私達は大変ふくよかな体型です!)。そう言うと、「それは確かに忘れないね~!」と皆さん笑ってくれます。

最後に笑って別れるというのが、次に会うときにすごく活かされるんです。会うと、「あんだだず、まだちたのが!」「あ~、あんどぎのあんだだず!」と向こうからニコッとしてくれます。「名前を覚えてください」と言ったことはないです。「この顔とこの体を覚えてください」です。この体型は、私たちにとってはあくまでも商売道具(キャラクター)ですから(笑)。

この自立生活支援事業は、基本的に平日に動き、週末などの時間を調整し、牡鹿半島での事業を行っています。牡鹿半島での活動は、いろいろな団体やネットワークを通じて行っています。

寄らいん("寄っていってね"と言う意味の方言)牡鹿

「寄らいん牡鹿」は、地域住民の助け合いの会で、私も役員(青年部部長)としてかかわっています。自分たちの親世代である「寄らいん牡鹿」の代表、副代表合わせて、会員は約80名以上いますが、親世代と子ども世代の中間に入り、より良い活動につなげ、役員として会議に参加しながら、他地域や他活動とのマッチングから交流を生み出しています。

「寄らいん牡鹿」では「ふれあい部会」というサロン活動の中で、お茶っこ会やバスツアーなどを行っています。また、「助け合い部会」は、「草刈りができない」、「ごみ出しができない」、「病院の付き添いをしてほしい」など、困っている方々が助け合いましょうという活動です。

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「何かをしてあげる」だけの仕事ではなく、住みよい地域を作る仲間同士、共に助けあい、学びあい、育ちあいながら、いろいろなアイデアや自分の特技を持ち寄って「ありがとう」を言える居場所作りを行いながら、地域資源の宝物を磨きあっています。

牡鹿半島ネットワーク協議会

「牡鹿半島ネットワーク協議会」では、代表兼議長を務めていて、牡鹿半島にかかわっている行政、企業、団体、警察など、約30団体以上が参加しています。牡鹿半島の共通課題や参加者達の課題を同じ目線で話し合うことで、「自分たちの身近な人間が何をやっているか」を共有し、「一緒にできることや協力できることがないか」と話し合い、お互いに活かし活かされる活動です。みんな牡鹿半島が好きで、牡鹿半島のために、一緒に考えて、協力してやっていきましょうと。

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牡鹿半島に来たけれど全然つながりがなかった団体も、会議に参加することで、みんなとつなげてあげる事が出来ています。今では、協議会に参加し、つながった物同士一緒の活動も多くなってきています。その中の共通課題の一つとして、みんなでゴミ拾いなどの活動を始め、全7回にわたり、牡鹿半島の県道2号線を掃除しています。

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この活動も、はじめは私と新井の2名から始めたんですが、今では70名~90名の方々が一緒に活動してくれてます。共に課題解決に向け、「安心して暮らせる町づくり」をして行くための取り組みをしています。

浜へ行こう!

「浜へ行こう!」は、震災を機に、支援やボランティアなど、様々な応援をしてくださった全国の方々に感謝の気持ちを伝え、よりたくさんの人との交流を続けていきたいという浜の住民の思いから、未来の浜づくりのための交流の場として始まった新しい取り組みです。漁業の醍醐味や、春夏秋冬の牡鹿半島の環境や、人を含めた資源を知っていただくと共に、復興についてじっくり話し合える場となっています。

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石巻市の東端に位置する牡鹿半島は、リアス式海岸から成り、周りを大小様々な島に囲まれています。また、黒潮と親潮がぶつかることによってできる「世界三大漁場」と呼ばれる海域に突きだしているため、通年で様々な魚介類が水揚げされます。そんな自然の宝庫とも言える環境の中で、住民と交流しながら生業や暮らしを体験し、たくさんのことを見て、聞いて、感じて、伝えて、人とつながることの温かさを感じてほしいという願いを込めて、現在まで20回の活動を行ってきました。

回数を重ねる中で、住民の方々にも「自分たちのものとして出来るように」との思いで進めてきましたが、浜の皆さんの努力により、以前の忙しい日常が戻ってきて、なかなか浜の方々だけでは運営が難しくなってきたので、そこに私たちも一緒に関わり、活動をしています。

今年は「サードステージ」の運営1年目ということで、「災害を乗り越えた地域力から学ぶ、牡鹿半島の浜へいこう!」として、企業や学校などを対象とした石巻市では初めての教育旅行(防災教育を含む)の受け入れを中心に、3つのねらいを掲げて取り組んでます。

  1. 牡鹿半島の人、食、自然から成る豊かな暮らしを体験し、当たり前となっていた日常を振り返り、生きることの尊さや身の回りの物事の大切さを学び、感謝の気持ちを育む。
  2. 災害により育まれた「互助・共助」の地域力から仲間の大切さ、チームの力強さを学び、「チームだからこそ個人が活きる」という意識を磨く。
  3. 東日本大震災の震源地に最も近い牡鹿半島で、震災について学び、防災について考え、自分の役割と行動する意識を備え、自ら選択する力を身につけ伝える。

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来年からはまた一般の方々の受け入れもできたらと思っています。

最後に

震災前から、そして震災後さらに住民の皆さんは、自分たちの住んでいるところがどうなってしまうのか不安を抱えています。仮設住宅に暮らす方や、牡鹿半島に暮らす方々など、1人でも多くの人々が家や地域、仕事、学校、そして人生の中で居心地のいい居場所を見つけるために、今後も一緒に動いていければと思ってます。

そして震災を機にたくさんの方々が県外などから来て、ボランティアをしてくださったり、いろいろなきっかけを作ってくれている事に心から感謝しており、そのきっかけをよりよい形として活かし活かされる為にも、地元の人が一緒に動かなければという思いを強く持ち、活動しています。

昔、私は石巻に魅力を感じなかったので、東京に出ました。何か居場所が見つかると思ったからです。しかし、その後、「石巻に魅力を作りたい」「自分が魅力に気づけなかっただけではないか」と戻ってきて、その後震災に。今、震災を機に一番感じたこと、思っていることは、自分がそうだったからでもありますが、「心が動くきっかけをつくっていきたい、その中で地域の皆さんと一緒に、居場所を見つけていきたいな」ということです。

今回、紹介して下さいました枝廣さん(私は勝手に姉さんと呼んでます)には、震災直後の緊急支援活動中に、アドバイスやおいしいご飯! をいただきました。そして何よりも、「震災直後でいっぱいいっぱいな私」「ガムシャラに走っている私」「止まれない私」「たくさんのことを毎日考えている私」に研修の機会を作り、外へ出してくれました。震災後、初めて瓦礫や臭いの無い所へ連れ出してくれたのです。

研修といっても、そのときの私には他のことなど何も考えることが出来なかったのです。そのとき、それに気づいていた枝廣さんが、そっと私に「何も考えなくていいからね」とひと言。そのとたんに私はなぜか涙があふれ出てきて、なぜかほっとしていました。(いつもならこんなこと感じないし、今でももっと大変な人たちが居るから、感じてはいけないと思っていた)

この研修中に私は心が動き、夜の風呂場では普段地元では同じ被災者同士で話せない、話さないことも、「外に伝えたい」「感じてほしい」という思いから、自分から話していたのです。この日を境に、私は次のステージへと心が動き出す事が出来たのです。ありがとうございました。

これからも皆様の応援、よろしくお願い致します。

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一般社団法人サードステージ代表理事 杉浦達也
(編集:枝廣淳子)

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