ニュースレター

2011年01月25日

 

「いのち」未来への継承 ~私たちの地球のために~ ワイズメンズクラブ 横浜国際大会でのスピーチより(前編)

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JFS ニュースレター No.97 (2010年9月号)


2010年8月に30カ国からの参加者を集め横浜で開催された、第69回ワイズメンズクラブ 横浜国際大会で、「いのち」未来への継承 ~私達の地球のために~ をテーマにお話ししてきました。今月のニュースレターでは、講演の前半部分をお届けします。

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今ご紹介いただきました枝廣淳子といいます。この時間を皆さんと一緒に過ごせることを、とても光栄に思っています。

最初に目をつぶって、自分の大事な場所について思い出してください。小さいころ過ごした場所かもしれない。大きくなってから、大事な人と行ったことのある場所かもしれません。あなたにとって大事な場所はどこでしょう? その場所の情景を胸の中に思い浮かべてください。

その場所は、今どうなっているでしょう? 昔と変わらない情景を、そこに見ることができるでしょうか? そして、この先はどうでしょう? 

私たち一人ひとりが、地球のどこかに自分にとって大事な場所を持ち、その場所がずっと未来へと継承されること――それはとても大切なことではないでしょうか。

私が思い出す大事な場所は、小学校低学年のころに過ごした、日本の本州の北にある小さな町の家のまわりです。そこは、大きな都市から電車で1時間も離れた所で、周りは田んぼや畑、山ばかりでした。春になると、山菜を採るのが楽しみでした。タラの芽という山菜を知っているでしょうか? 春になると芽吹くタラノキの新芽を摘んで、天ぷらにしたりして食べるのですが、このタラノキはトゲがいっぱい付いていて、簡単にその芽を取ることができません。

ある日、高いトゲトゲの枝の上に、おいしそうなタラの芽が芽吹いているのを見て、一瞬、「あんな高い所まで手は届かないし、トゲは痛いし、枝をポキンと折ってしまおうか。枝を折れば、先に付いたタラの芽は摘むことができる」と考えました。

しかし次の瞬間、もう1人の自分が、「いやいや、あのタラの芽は手に入るかもしれないけど、枝を折っちゃったら、来年からはもう、この場所にタラノメはできなくなっちゃう。そんなことをしちゃダメだ」と言いました。そして私は、タラノキを折るのをやめて、自分の手の届かない高い所に風に揺れているタラの芽を、見上げていたのです。

大きくなってから考えると、このとき私は、「持続可能な暮らし方とは何か」をおぼろげながらに悟ったような気がします。「毎年毎年、新しく成長する分は採ってもいいけど、その元本に当たる部分を傷つけてはいけない。そうしたら、ずっとタラの芽をいただくことができなくなってしまうから」と。世界中で森林面積の減少が問題になっていますが、森の木は毎年成長します。その成長した分だけを切っていたら森林面積が減ることはありません。今は、森林の成長スピードを超えて、森林を伐採してしまっている、つまり、利息だけではなく元本にまで手をつけてしまっているから、森林がどんどん減ってしまっているのですよね。これは持続可能ではありません。

このままの状況がつづけば、地球はどうなってしまうのでしょうか? もし私たち人間がこれまで通りを続け、電気やガスやガソリンなどを好きなだけ使って、高い経済成長を求め続けていくと、地球の温度はどのようになるのでしょうか?

独立行政法人国立環境研究所・東京大学大気海洋研究所気候システム研究系・地球環境フロンティア研究センターらのシミュレーションによると、1950年から2100年までに地球は摂氏3、4℃から7、8℃、地域によっては10~12℃まで上昇するとされています。
http://www.jst.go.jp/global/sympo091207/e/04speaker.pdf(独立行政法人科学技術振興機構より:20ページ目参照)

このような世界では、命を未来へ継承することはできません。私たちの地球を、私たちの知っている美しい地球として未来世代に手渡すことはできません。

でも悲観する必要はありません。私の好きな言葉に、アーヴィン・ラズローという人のこんな言葉があります。「未来は予測するものではない。未来は創り出すものだ」

このシミュレーションは、「このまま変わらないとどうなるか」という予測です。こうである必要はありません。私たちは未来を創り出すことができるのです。

では、そのためにはどうしたらよいのでしょうか。『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ(ロバート・フルガム著)』という本がありますが、『環境問題の解決に必要な知恵はすべて人生の中で学びつつある』私の実感をベースに、今お見せしたシミュレーションのような世界にしないために、命を未来へ継承するために、大切だと私が信じていることを5つ、お話ししましょう。

1つめは、バックキャスティングでビジョンを描くということです。私たちは、未来へ向かって進んでいくとき、目標やビジョンを掲げて、それに向かって努力を集中します。どのような目標やビジョンを掲げるのかが、実はとても大切なのです。

ビジョンのつくり方には2種類あります。1つは現状立脚型のフォアキャスティングです。現在何ができるか、できないか、いまどのような技術があるかと、現在できることを積み重ねて、3年後、5年後にはきっとこれぐらいできるだろうと考え、それを目標やビジョンとして設定するという考え方です。このアプローチでは、未来は過去と現在の延長線上にしか展開できません。私たちが直面している世界のように、大きな、根本的な変化が必要な時代に、このアプローチでは到底間に合わないのです。

そこで必要になってくるのが、もう1つのビジョンのつくり方、バックキャスティングです。これは、現状や現在の制約要因や問題はとりあえず脇へ置いて、「すべてが思うようになったら、どのような未来にしたいのか、どうあるべきか」を自由に描くというものです。その未来のありたい姿から現状を振り返って、その間を埋めていくことにより、一番近道でビジョンに近づいていこうというのが、バックキャスティングのやり方です。

この2つの違いを、天気予報を例に説明しましょう。天気予報は、WeatherForecastというように、フォアキャスティングのアプローチです。「今夜前線が発達するので、明日雨が降るでしょう」という感じですね。それに対して、この状況をバックキャスティングで言うと、「明日雨を降らせるために、今夜前線を発達させましょう」ということになります。

私は、このバックキャスティングという考え方に、環境問題の勉強をする中で出会いました。これは、スウェーデンに本拠地を置くナチュラル・ステップという国際NGOが提唱しているアプローチです。

国でも、バックキャスティングでビジョンをつくっている所があります。たとえばスウェーデンは、2005年に、「2020年には石油を使わない国になる」という宣言をしました。国家安全保障上、他国からの化石燃料に頼っていては良くないという考えです。バックキャスティングのアプローチで、「2020年に石油を1滴も使わない国」というビジョンを描き、そこに到達する道をさまざまな政策に落とし込み、実行しているところです。

温暖化に、バックキャスティングのアプローチを当てはめるとどうなるのでしょうか? 言い換えると、どういう状況になれば温暖化は止まるのでしょうか? 私たちは、温暖化を止めたいと思って、こまめに電気を切るなど日々いろいろなことに気をつけて行動していますよね。どういう状況になったら温暖化が止まるのか。それをしっかり押さえておく必要があります。

地球には、森林や海など、毎年大気中から炭素を吸収する力があります。もし私たち人間が大気中に出している二酸化炭素が自然の吸収量を下回っていたら、すべて吸収されますから、温暖化は起こりません。しかし現実には、私たち人間は、地球の吸収量を超えて二酸化炭素を出し続けています。その結果、大気中に二酸化炭素が蓄積して、温暖化が進んでいるのです。

科学者の報告を見ると、毎年森林は9億トン、海は22億トンの炭素を吸収しています。合わせて31億トンです。それに対して人間は、化石燃料を燃やすことで毎年72億トンの炭素を大気中に排出しています。地球の吸収量の2倍以上を出しているのです。これでは温暖化はどんどん悪化する一方です。

バックキャスティングで、あるべき姿を考えれば、少なくても72億トン出している炭素を、31億トン以下にする必要があります。2050年など、長期的には、世界が出す二酸化炭素は、現在の60~80%下げる必要があるのです。そして、排出量が減れば吸収量も減るというつながりがあるので、目標はさらに下げていく必要があります。

個人の人生でも国の目標でも、地球全体についても、現状やその制約にしばられずに、「そもそもどうあるべきか、どうありたいか」を考えること――これが5つの大事なポイントの最初のものです。

※以下、次号に続きます。


(枝廣淳子)

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