ニュースレター

2006年06月01日

 

日本の哲人・福岡正信氏の自然農法 - 砂漠の緑化へ

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JFS ニュースレター No.45 (2006年5月号)

耕さず、肥料も農薬も使わず、除草もしない農法があります。「自然農法」です。

日本の自然農法の大家と言われる福岡正信氏は、約60年間、独自の理論と思想、哲学に基づいた自然農法に取り組んできました。1975年に出版された著書『わら一本の革命』は、英語、フランス語、スペイン語、中国語、ロシア語などに翻訳され、20-30カ国もの国で読まれており、自然農法の実践だけでなく、環境悪化の根本原因を指摘し、人間の生き方までを示すその思想・哲学は世界中の多くの人々に影響を与えてきました。この号では、福岡氏の思想と実践をお伝えしましょう。

1913年、愛媛県伊予に生まれた福岡氏は、高等農林学校農業部を卒業後、横浜税関に就職しました。そして25歳の時、転機が訪れます。急性肺炎を患い、入院するのですが、この時の孤独な体験により、退院後も苦しみ、生死について悩み、悶々とした日々を過ごすようになります。そしてある朝、「この世には何もない」「人間は何をしようとしても、何もできるものではない」「人知・人為は一切が無用である」と気づきます。福岡氏の「一切無用論」「無」の思想の誕生でした。

その思想を、自らの実践で証明するため、1937年、郷里の伊予へ帰り、父親の果樹園で百姓生活に入ります。1939年、第二次世界大戦の戦況が厳しくなったころ、高知県農業試験場での勤務を始め、そこで科学農法を指導、研究しながら終戦を迎えます。1947年、伊予に戻り、それ以後、百姓として独自の自然農法を続けてきました。

1979年に訪米した福岡氏は、砂漠化したカリフォルニアの大地を見て、自身の自然農法のノウハウによって砂漠を緑化できることに気がつきました。アメリカで自然農法に取り組むコミュニティを巡りながら、アメリカの近代大型農業と牧畜が砂漠化の原因になっていることを説いてまわります。それがきっかけとなって、国連砂漠化対策局長に砂漠化防止の技術指導を頼まれ、中国、インド、アメリカ、アフリカなど世界各地で砂漠の緑化に取り組むようになったのです。

1988年に、インドの最高栄誉賞であるデーシコッタム賞、アジアのノーベル賞とも称されるフィリピンのラモン・マグサイサイ賞、1997年には、世界の持続可能な開発に貢献した政治家、企業経営者、学者、NGO等に授与されるアース・カウンシル賞を受賞。現在、93歳の福岡氏は、緑化運動から退き、自然農園も非公開にして、郷里の伊予で静かに過ごされています。

思想と哲学に基づく自然農法

福岡氏の自然農法は、人間の科学の完全否定から始まります。福岡氏はその著書で「とにかく私は、従来の農業技術を根本的に否定するところから出発しております。これは、私が、科学技術というものを、完全に否定しているということです。今日の科学を支える西洋の哲学の否定にもとづいているわけです」と述べています。

また、「私が考えている自然農法というのは、実をいうと、いわゆる科学農法の一部ではないんだ、と。科学農法の次元からはなれた東洋哲学の立場、あるいは東洋の思想、宗教というものの立場からみた農法を確立しようとしている」とも述べています。自然を利用しようという西洋的な思想ではなく、人間は自然の一部であるという東洋的な思想を重んじ、人間の科学が不完全で不要なものであることを、"何もしない"自然農法で証明しようとしたのです。

著書『自然に還る』では、「食の狂いが体を狂わす。考え方を狂わす。あらゆることに影響する。体の健康も食から来る。そして、体から思想も生まれる」と、人間が生きていくうえで、食を非常に重要なものと位置づけ、食の取り方として「身土不二」という言葉を何度も使っています。身土不二とは、「身体(身)と環境(土)とは不可分(不二)である」という意味で、「人と土は一体であり、暮らす土地でその季節に取れる物を食する事で、体は環境に調和し健康でいられる」というメッセージです。

福岡式自然農法

現在、日本のほとんどの農家は、化学肥料と農薬を用いる化学農法を行っています。しかし近年、食の安全に注目が集まるにつれ、減農薬や有機農業など、環境に配慮した農業に取り組む農家も徐々に増えてきました。最近、有機JASマークをスーパーなどで目にすることが多くなりましたが、これは登録認証機関から有機JAS規格に基づいて生産されたと認定をうけた農作物につけられるものです。ここでの有機農法 とは、原則3年以上無農薬無化学肥料で、かつ堆肥などの有機物による栽培方法です。

それでは、化学肥料や農薬を使用しない自然農法は、有機農法なのでしょうか?福岡氏は、人智による科学的農法を否定し、「人為は無用」となるべく人の手をかけない農法を作り上げてきました。有機肥料を施す有機農業は、人間による施肥という行為がなされるので、福岡氏の目指した自然農法の理想とは異なるものと考えられます。

自然農法について、福岡氏は著書の中で、次のように語っています。「健全な稲を作る、肥料がいらないような健全な、しかも肥沃な土を作る、田を鋤かなくても、自然に土が肥えるような方法さえとっておけば、そういうもの(田を鋤く、堆肥や化学肥料をやる、農薬をやること)は必要でなかったんです。あらゆる、一切のことが必要でないというような条件を作る農法。こういう農法を私はずっと追求しつづけてきたわけです。そして、この三十年かかって、やっと、何もしないで作る米作り、麦作りができて、しかも、収量が、一般の科学農法に比べて、少しも遜色がない、ということころまで来た」。

自然農法について、埼玉県で福岡式自然農法を試みている松本宗雄氏に話をうかがいました。現在、少数ですが、日本各地で「自然農法」と称する農法に取り組んでいる人々がいます。しかし、それぞれ似て非なるもののようです。なぜなら自然農法といっても、確立された定義があるわけではなく、取り組んでいる人が各々独自のやり方でやっているからです。とはいっても、福岡氏のもとで自然農法を学び、独自にやり方を作り上げていった人が多く、福岡式自然農法が自然農法の元祖ないしは源流の一つといえそうです。

福岡式自然農法には、不耕起、無肥料、無農薬、無除草という四大原則があります。不耕起とは耕さないことで、農家の常識では理解しがたい事のようですが、松本氏は「耕した土は乾燥しやすい」と言います。また、有機肥料を含め堆肥をやると、作物を過保護にしてしまいます。無肥料にすることで、強靭な作物ができ、味も濃くなることを実感しているそうです。無除草に関しては、雑草を根から抜くのではなく花の咲く頃を見計らって刈るそうです。そして刈った雑草はそのままその場所に倒しておくと、夏は保湿、冬は保温の役割をしてくれ、腐って肥料にもなります。

また、水も極力やりません。水をやらないと、根が水をもとめ、地中深く根を張っていきます。ところが水をやると植物は簡単に水を手に入れることができ、根は浅くしか張らない、弱い作物になってしまうそうです。

種まきの際には、さまざまな種をまぜて、バラバラに蒔きます。そうすると、その場所と相性のよい作物が出芽します。そのため、どこに何が生えてくるか、まったくわかりません。福岡式自然農法は、傍から見れば、植物が乱雑に植わって、ほったらかしの状態に見えます。見方によっては荒れ放題の畑のように見えるので、隣接する農家や近所の人は嫌がるそうです。野菜が整然と並んだ畑が常識の日本では、なかなか周囲に理解されにくい農法なのかもしれません。

不耕起、無肥料、無農薬、無除草で水もやらない農法と聞くと、非常に楽で簡単な農法と思われがちですが、決して簡単なものではありません。福岡氏はその著書で、「自然と放任は違う」と何度も書き記しています。松本氏によると、「人間の手が入らない自然は、そのままにしておいて、自然のサイクルにまかせておけばよいのだが、一度人間の手の入ってしまったものは、放っておいても自然の形には戻らないので、自然の形に戻るよう手を貸さなければならない」そうです。この自然の形に戻るよう手を加える方法が難しく、経験を要します。福岡氏自身も試行錯誤と失敗を繰り返しながら、自然農法を作り上げていったようです。

近年、石油の需要が大きく伸び、その利権をめぐって世界中で紛争が絶えません。化学農法で使用する肥料や農薬は石油が原料ですし、耕耘機を動かす燃料も石油です。石油問題はエネルギーだけでなく、肥料や農薬に頼っている化学農法にとっても危機となります。しかし、自然農法は、耕耘機などの機械も、肥料や農薬も使用しません。石油を必要としない農法なのです。まさに持続可能な農法といえるのではないでしょうか。

粘土団子と砂漠の緑化運動

福岡式自然農法の米作りは、米麦連続不耕起直播という方法で、その名の通り米と麦を連続で作り、耕さず、苗を作らず直に田圃に籾を蒔く農法です。しかし、直接籾をまくと、すぐに鳥に食べられてしまいます。そこで福岡氏は、粘土に種子を入れて団子を作り、それを田圃に蒔くという方法を考案しました。粘土団子は、粘土と水になるべく多くの種類の種を混ぜて練り、空気を抜いて、小さくまるめて3-4日乾燥させると出来上がりです。

種子を粘土で覆うことにより鳥や虫のえさになることを防ぎ、種子自身を乾燥から守ります。また、球形にすることで割れにくく、地面と接した一点に日中と夜との気温差で生じた結露による水分が集まり、発根させるという仕組みです。

低コストで水遣りや肥料のいらない粘土団子は、砂漠に種を蒔くのに最適です。そして、この粘土団子を使った緑化運動が始まりました。福岡氏は、種集めを呼びかけ、ギリシャ、インド、タンザニア、フィリピンなど世界各地で粘土団子を蒔き、成果をあげてきました。現在、福岡氏自身は砂漠の緑化運動から退いていますが、今でも、ギリシャやスペイン、アメリカ、イタリア、インドなどで、粘土団子を使った緑化への取り組みが続けられているようです。

しかし、種が芽吹き、下草、野菜、樹木などの豊かな緑を砂漠が取り戻し、緑化の真の成果が確認できるのは、あと5年、10年、あるいは何十年とかかるかもしれません。自然を破壊することは簡単ですが、一度失われた自然を取り戻すことは、大変時間がかかり難しいものなのです。

自然を生活に取り戻すこと

日本は第二次世界大戦後、経済を大きく拡大させ、世界中から物資を輸入し、生きていくうえで最も大切な食べ物さえ、地球の裏側から持ってくるようになり、物があふれるようになりました。その結果、科学の作り上げた現代の日本社会の中では、緑や食を支える農業は、生活から遠くなってしまいました。

しかし、自然がないと人間は生きてゆけません。日本の生んだ哲人は、自然農法を通じて、人間は科学の力がなくても生きられることを証明しました。人間は自然の中で生かされているという事を、もう一度思い出さなければならないのではないでしょうか。種をまき、緑や農を生活の近くに取り戻すことが、持続可能な社会への、一歩なのかもしれません。

参考図書
わら一本の革命  福岡正信著 春秋社


(スタッフライター・米田由利子)

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