ニュースレター

2012年09月18日

 

エネルギー・環境の選択肢をめぐる国民的議論

Keywords:  ニュースレター 

 

JFS ニュースレター No.120 (2012年8月号)

JFS/Update on the Discussion in Japan on Energy and Environment Policy Options to 2030

2月号や5月号でもお伝えしてきたように、日本では現在、原発依存度を含む2030年までのエネルギー政策を決めるためのプロセスが進められています。

JFS記事:
新しいエネルギー基本計画に向けて
エネルギー政策を考える土台としてのGDP成長率の見通しにチャレンジ!

私も委員を務める資源エネルギー庁・基本問題委員会がエネルギーミックスの選択肢案を5月末に提出し、閣僚からなる「エネルギー・環境会議」が、原子力委員会と中央環境審議会からの選択肢とあわせて最終的な選択肢を作成し、6月末に3つの選択肢を国民に提示しました。

このあと、8月中の最終決定をめざして、「国民的議論」のフェーズに入りました。この「国民的議論」には主に3つのアプローチが含まれています。広く国民からの意見や声を集めるための「パブリックコメント」、全国11カ所で開催された「意見聴取会」、そして新しい試みとしての「討論型世論調査」です。

「パブリックコメント」は、インターネットやファックス、郵送などで意見を届けるもので、エネルギーに限らず、大事な政策を決める際には行われていますが、通常は、パブリックコメントを募集していることも知られていないため、あまり多くの声は届かず、賛否両論に分かれがちな政策については、両論に分かれた意見が多く集まる傾向があると言われています。また、温暖化対策など、経済界が反対する議題をめぐっては、業界団体が何千通と同じ書面の意見を提出していると批判されたこともあります。

当初パブリックコメントは7月末まで、とされていましたが、「1カ月では短すぎる」という批判が相次ぎ、8月12日に締め切りが延ばされました。通常は1,000件を超えると「たくさん集まった」と言われるそうですが、今回は8万件を超える意見が集まりました。国民の関心・意識の高さがうかがえます。

全国数カ所での意見聴取会も、これまでの政策議論のプロセスで行われることもありましたが、聴取した意見を政策に生かすというより、決まった政策を説明するだけの説明会だと批判されることも多く、政策策定に国民の声を生かす、という意識は、これまで政府にはあまり見られませんでした。特にエネルギーは複雑で難しい問題であり、素人の国民ではなく、専門家や担当役人が決める、というスタイルが続いていたと言えるでしょう。

今回は国民の関心の高まりに、東電の原発事故が起こった福島県を含め、全国11カ所で開催することになりました。福島以外の10カ所では、2030年時点の原発依存度を0%、15%、20~25%とする政府の3つのシナリオについて、3人ずつ計9人が応募者の中から無作為で抽出で選ばれ、発言するというやり方で行われることになりました。

ところが、最初の数回をやってみると、「意見表明への応募者の7割が0%を支持」していたとのことで、3つのシナリオのそれぞれに賛成する人を3人ずつ登壇させようとすると、「倍率」がずいぶん違ってしまいます。そういった批判が起きたため、途中から、意見表明の数をゼロシナリオの支持者を中心に9人から12人に増やし、さらに政府が示した原発比率の選択肢以外の意見も含めて聴取する、と対応しながら進めました。

さらに、仙台市で開かれた意見聴取会では東北電力の企画部長が、「会社の考えをまとめて話す」として「20~25%が最も当社の考え方に近い」と述べ、名古屋での意見聴取会では中部電力の原子力部門の課長が、「放射能の直接的な影響で亡くなった人は一人もいない。自分は35%シナリオがあれば35%、45%シナリオがあれば45%を選択した。その方が安全だからだ」と原発推進の立場で意見を表明したことから、「やらせ」ではないかとの批判が起こり、政府は「今後は電力会社や関連会社の社員に意見を表明させない」としました。

そのあと行われた大阪での意見聴取会では、20~25%で意見表明を望んだ67人の中から3人を抽選したところ、2人が関西電力の社員でした。この2人を除いてさらに抽選しても、関電の関連会社の社員が1人含まれていたそうです。札幌会場でも電力会社の関連会社員1人が選ばれましたが、主催者側が辞退を求めたとのこと。

意見聴取会自体はさほど国民に認知されていなかったのですが、こういった"事件"が大きく報道され、注目が集まる結果となりました。こうした国民からの批判に対して、政府ではパブリックコメントについても批判が起きないよう、「電力会社や関連会社が組織的に参加しないよう」、枝野経済産業相が電力各社に対して行政指導で自粛を要請する事態となりました。

国民的議論の3つめ、「討論型世論調査」とはどのようなものなのでしょうか?これは1988年に米国スタンフォード大学ジェームズ・S・フィシュキン教授が提唱したもので、「人々はふだん、政治や政策にあまり関心がなく、従来の世論調査は、テレビで見た政治家のひとことや新聞の見出しの印象で回答される傾向がある」として、「バランスの取れた資料を読み、相反する意見の専門家に質問し、議論を重ねていくことで、考え抜かれた結果としての回答を得る」ことを目的に行われます。

JFS/Update on the Discussion in Japan on Energy and Environment Policy Options to 2030

具体的には、無作為に選ばれた一般市民を対象に第1回の世論調査を行い、その回答者から討論フォーラムへの参加者を選びます。参加者は事前にテーマに関する資料を受け取り、討論フォーラムでは、小グループに分かれて討論し、小グループ討論で出た質問を専門家などに尋ねる全体会を持ちます。討論フォーラム後に再び世論調査を行い、回答の変化について分析するというものです。

世界では、1994年に初めての討論型世論調査が英国(テーマは犯罪)で実施されたのち、さまざまなテーマで実施されています。よく引用される例として、1996~1999年に米国テキサス州(テーマはエネルギー選択)で実施したところ、風力発電への補助金のために電気料金を値上げしてもよいという人が5割から8割に増加した、というものがあります。

日本でもこれまで数回実施されていますが、国の政策策定プロセスの一環として行われるのは、日本はもちろん世界でも初めてではないかと言われています。今回の討論型世論調査では、討論資料及び質問に関して、テーマについての専門的見地から意見や助言を提供するための専門家委員会が設けられ、私も委員を務め、討論フォーラムでも専門家として登壇し、小グループからの質問に答えました。

JFS/Update on the Discussion in Japan on Energy and Environment Policy Options to 2030

今回実施された討論型世論調査は、無作為抽出による「電話世論調査」(全国20歳以上の男女3,000名余りを対象)と、その回答者の中から300名弱が参加した2日間の「討論フォーラム」で構成され、(1)電話世論調査、(2)討論前アンケート、(3)討論後アンケートの合計3回の調査を実施し、熟慮された意見の推移をまとめました。

この結果、「ゼロシナリオ支持」は、電話調査の32.6%から討論会後の調査では46.7%と大きく増えました。「15シナリオ支持」は16.8%から15.4%に減り、「20~25シナリオ支持」は13.0%で変わりませんでした。

エネルギー選択で何を最も重視するかについては、「安全の確保」が80.7%と、「安定供給」の15.8%、「発電費用」の2.1%、「地球温暖化防止」の1.1%を大きく上回っていました。今回の討論型世論調査の実行委員長である曽根泰教慶応義塾大学大学院教授は、討論会で話し合ったり専門家の話を聞いたりして「原発の安全性に得心がいかない人が多かった」ため、原発ゼロの支持が増えたと分析しています。

今回行われたパブリックコメント、意見聴取会、討論型世論調査のいずれも、運営方法はそれぞれに改善していくべきところがありますが、政策に国民の意見を反映していこうという基本的な方向性は正しいものです。「今回の運営がだめだから、それ自体を否定する」のではなく、「正しい方向に進めていくために運営をどう改善したらよいか」の知恵をみんなで出し合おうと呼びかけています。

さて、このようにして集めた膨大な意見をこれから「整理」し、「政策に反映」させていくことになります。「整理」については、古川国家戦略相が「パブリックコメントや討論型世論調査で集めた国民の声を分析・検証するため、統計学に詳しい学者やマスコミ関係者を入れて検討会合を設立する」と発表しました。「政府が勝手に整理した」「誘導だ」という批判を避けるためでしょう。

整理した結果をどのように「政策に反映」するのかも、政府にとっての難題です。すべての人を満足させることは不可能ですし、これだけ関心が高まっているので、(これまでのように)「聞きました」というアリバイづくりという批判が起きない「反映の結果」と「そのプロセス」の透明性を高める必要もあります。

メディアなどが行っている世論調査などでも、国民の多くが「ゼロシナリオ」を支持する一方で、経済界では経団連、経済同友会、日本商工会議所が「原発ゼロ反対」で足並みをそろえ、「電気代が上がって産業の海外移転が進み、日本は空洞化してしまう」などと強く反対をしています。意見聴取会では批判を受けて電力会社の社員を対象から外しましたが、産業界の人々も「国民」であることは間違いありません。この大きなギャップをどう埋めていくのか、大きな課題です。

ドイツでは3.11後に倫理委員会が設立され、いち早く脱原発を決めたことが知られていますが、「でもそれは、それまでの20年間にわたる国民とのコミュニケーションや議論があってこそ」と聞いています。スウェーデンで原発の核廃棄物の最終処分地が決まったときにも「30年間、地元の人々と丁寧なコミュニケーションと話し合いを続けてきたからです」との説明を聞きました。

日本ではこれまで、エネルギーなど重要な政策に多くの国民が深い関心を持って積極的にかかわることはありませんでした。原発事故をきっかけとした今回のエネルギー政策に関する国民的議論が、今回の政策が決定されたあとも継続・改善されていき、社会学者の宮台真司氏の言う「任せて文句を言う消費者から、引き受けて考える消費者へ」の転換となることを強く願っています。

(枝廣淳子)

English  

 


 

このページの先頭へ