ニュースレター

2018年01月31日

 

環境改善と環境保健で健康な生活を ~ 公害健康被害予防事業

Keywords:  ニュースレター  政策・制度 

 

JFS ニュースレター No.185 (2018年1月号)

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日本経済は第二次世界大戦後に急速な成長を遂げ、工業生産力が飛躍的に向上しました。豊かさをもたらす一方で、重大な社会問題が発生。工場から排出されるばい煙、汚水等により環境汚染が進み、公害による健康被害が引き起こされたのです。

国は公害対策の法律を整備して、健康被害者の救済、補償制度を確立。公害対策の強化により環境汚染が改善されると、これまでの個人に対する個別の補償に加え、公害による健康被害を予防するための新たな仕組みが導入されました。今月号のニュースレターでは、新たな仕組みの導入により大気汚染による健康被害の予防を図るため、地域住民に目を向けた環境保健施策を推進する公害健康被害予防事業(以下、予防事業)についてお伝えします。

公害健康被害補償予防制度のあゆみ

予防事業は、環境省が所管する独立行政法人環境再生保全機構(ERCA)によって推進されています。独立行政法人は、公共性が高く、国民にとって必要な事業を、国に代わって効率的・効果的に行うための法人です。

はじめに、健康被害者の救済から始まり、補償・予防へと続く制度のあゆみをご紹介しましょう。

1969年12月、公害による健康被害者の救済に関する特別措置法が制定され、認定患者に医療費補助が支給されるようになりました。1974年9月には公害健康被害補償法が施行され、一定規模以上のばい煙発生施設をもつ工場・事業場は、賦課金を支払うことが義務づけられました。

補償制度ができると、大気汚染防止策は目覚ましく進展。ぜん息の発症に関して「大気汚染の影響は主たる原因と言えないが、現在の大気汚染が何らかの健康影響を及ぼしている可能性は否定できない」という報告が行われるに至りました。こうした大気汚染の状況の変化を踏まえ公害健康被害補償法の一部が改正され、健康被害者への補償を継続することに加え「総合的な環境保健施策を推進すること」が謳われました。こうして1988年3月から、「環境保健事業」と「環境改善事業」という2つの柱による予防事業が行われることになったのです。

予防事業の枠組み

予防事業では、どのようなことが行われているのでしょうか?

環境保健分野では、大気汚染の影響による健康被害の予防に関する事業として、ぜん息の発症予防や健康回復に関する事業が行われています。環境改善分野は、行政機関が行う対策の補完としての交通環境対策、大気浄化植樹などです。これらの事業は、ERCAが自ら実施する「直轄事業」と、ERCAの助成を受けて自治体が実施する「助成事業」に分けられます。

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直轄事業

1)調査研究
環境保健分野では、近年ぜん息治療が進歩してきたことから、患者の日常生活管理や保健指導に関するテーマに重点が置かれています。環境改善分野では、大気環境の変化に合わせ、近年では、自動車環境対策やPM2.5対策など、施策に関する研究を行っています。

2)知識の普及
ぜん息の基礎知識やぜん息患者の日常生活管理に関してのパンフレット・定期刊行物での情報提供や、専門医等による講演会や講習会、ぜん息の健康回復などのために水泳に取り組む子どもたちによる水泳記録会などが環境保健分野で実施されています。環境改善分野では、大気環境の啓発パンフレットの作成・配布や、大気環境対策セミナーの開催などの取り組みが行われています。

3)研修
自治体で予防事業に携わっている人を対象に、知識や技術を習得するための研修が実施されています。「保健指導研修」「ぜん息患者教育スタッフ養成研修」(環境保健分野)、「環境改善研修」(環境改善分野)などが行われており、予防事業を実施している自治体間の情報・意見交換の機会にもなっています。

助成事業

自治体が実施する予防事業に対して、ERCAが助成金を交付します。環境保健分野では、健康相談、健康診査、機能訓練を中心に、これらの事業を支えるための医療機器等の整備事業も実施。環境改善分野では、大気環境改善のための計画作成と大気浄化植樹事業が行われています。

事業実施例

今回、事業として実施されている2つのイベントに参加させていただきました。

【環境改善研修】(環境改善分野/直轄事業)

2017年12月14~15日、自治体で大気環境改善施策及び大気浄化植樹事業に従事する担当者約60名が出席して、環境改善研修が実施されました。1日目は自動車における環境対策、2日目は大気における環境対策について環境省や専門家、自治体が最新情報や事例を紹介。今回は、3名の講師が講演を行った1日目に参加しました。

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環境省の講演は、自動車環境対策の最近の動向について。既存自動車に対しては、大都市地域において排出ガスが規制値を超える場合は車検の更新ができなくなる規制を実施し、環境にやさしい自動車の普及を進めています。また、建設用などの公道を走行しない特殊自動車に対しても、オフロード法で排出ガスを規制しています。加えて、次世代自動車の普及のみならず、自動車移動に依存しないまちづくりや、エコドライブ、カーシェアリングの推進にも取り組むなど、多角的な対策が実施されています。

次世代自動車の専門家である早稲田大学の教授は、今後の自動車環境対策技術について3つの視点からお話されました。従来車の技術改善、新動力システム・新燃料の開発、自動車のスマートな利用です。ハイブリッド車の技術は、従来エンジンを大幅に上回る燃費改善が可能ですが、普及にはコストアップの抑制や軽量化が不可欠です。電気自動車や燃料電池車の開発は、電力需要増加への対応や燃料供給インフラの整備が課題となります。よって技術的な課題の達成のみではなく、交通システムや自動車利用のあり方を見直し、変革を図る必要があるとのことです。

川崎市からは、交通環境対策の事例が紹介されました。川崎市では、低公害車導入助成制度や、環境に配慮した運搬の実施を要請する制度を確立。更に、住宅地から離れている高速湾岸線や渋滞の少ない道路で割引を実施することで交通分散を図るなど、さまざまな対策を実施しています。

講演後は活発な質疑応答が行われ、参加者の方々が環境対策に対して高い問題意識を持っていることを感じました。特に最先端技術や他の自治体の取り組みには、興味深く聞き入っている様子が伺えました。

【親子音楽療法教室】(環境保健分野/助成事業)

東京都北区は2017年12月18日、3歳から小学校低学年までの子どもと保護者を対象に、親子音楽療法教室を開催。10組近くの親子が集まり、楽しく歌いながら、ぜん息に有効な腹式呼吸を体験しました。

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ぜん息は、呼吸をするときの空気の通り道が狭くなり、呼吸が苦しくなる状態(ぜん息発作)を繰り返す病気です。ぜん息発作がおきると、あわてて酸素を取り込もうとしてパニックになり、呼吸が浅くなりますが、腹式呼吸を身につけておくと、意識して深い呼吸ができます。

講師の日本音楽療法学会認定音楽療法士の先生が、教室が始まる前からピアノを演奏して、会場にリラックスできる雰囲気を作り出していました。90分の長丁場でも子どもたちが楽しく飽きずに参加できるよう、様子を観察しながらプログラムを進めます。

腹式呼吸では、息をゆっくり長く吐くことが大事です。最後の音を長く伸ばしながら歌ったり、曲に合わせてピッチパイプを長く吹いたりすることで、お腹から息を吐き出していきます。

腹式呼吸では、胸の筋肉も使います。ストレッチ運動で強化することも有効ですが、ここでも音楽の出番です。ジングルベルの曲に合わせ、手を上げて楽器を高い位置で鳴らします。楽器はたくさん用意されていて、子どもたちは思い思いに手にした楽器を、元気よく頭の上で鳴らしていました。

楽器は、教室が始まる前からテーブルの上に並べられていたので、子どもたちもとても気になっていたようです。休憩時間にみんながテーブルの前に集まり、いろいろな楽器に手を伸ばし、楽しそうに音を出している姿が印象に残っています。

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笑顔があふれるあっという間の90分。遊びとして普段の生活に取り入れられる内容で、無理なく楽しく続けていけると思いました。

今後の展望

ERCAでは、地域の大気汚染状況、患者や住民ニーズの把握に取り組み、事業内容の改善に反映させています。また、事業実施効果を客観的なデータを基に評価・分析し、自治体が行う効果の高い事業の事例集を作成・配布するなど、より効果的な事業が行われるような取り組みも行っています。

ぜん息治療法の進歩により患者層が変化したことで自己管理への支援の必要性が増大したり、大気汚染環境改善をめぐる状況の変化により地域における普及啓発や人材育成の重要性が高まったりなど、予防事業をとりまく環境も変わってきています。今後も変化を的確に捉え、効果的な取り組みが継続されていくことが期待されます。

スタッフライター 安西優花・田辺伸広

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