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人を動かすドキュメンタリーの力

ダイワJFS・青少年サステナビリティ・カレッジ 第4期・第2回講義録

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鎌仲ひとみ氏
ドキュメンタリー映像作家

早稲田大学卒業と同時にドキュメンタリー制作の現場へ。1990年に初作品「スエチャおじさん」を監督後、カナダ国立映画制作所へ。93年からNYのペーパータイガーにてメディア・アクティビスト活動。帰国以来、フリーの映像作家としてテレビ番組や映画を多数監督。2003年、ドキュメンタリー映画「ヒバクシャ―世界の終わりに」を監督。国内外で受賞、全国400カ所で上映。06年の「六ヶ所村ラプソディー」は国内外600カ所で上映。著書に『ドキュメンタリーの力』『内部被爆の脅威』など。2010年4月、新作「ミツバチの羽音と地球の回転」が完成。6月より順次全国上映がスタートしている。(http://888earth.net/)。

◆講義録

視聴者に思いは届いているのか?

私が今のようなメディアで発信し始めるようになったのは、『ヒバクシャ―世界の終わりに』という映画をつくったときからだ。それまではNHK、つまりマスメディアでテレビ番組をつくっていた。マスメディアで放映する番組は、1回に600万人ぐらいが観る。大勢に見てもらえることを、以前の私はとてもポジティブに受け止めていた。一方で今の私の作品は、日本中で自主上映をしていただいているが、せいぜい10万人とか20万人ぐらいだろう。

そういう少数の人たちに直接届けるメディアに切り替えるきっかけになった体験が『ヒバクシャ』だった。実はこの作品の元になったのはNHKの番組制作だった。イラクの子供たちが、ガンや白血病で苦しんでいるのに薬がないという話を聞き、それを取材して番組をつくろうと思ったのだ。

1998年にイラクに出掛けていったとき、私の中に、被爆や核について描こうという思いはまったくなかった。何も知らなかったからだ。当時、湾岸戦争から7年たっていたが、経済制裁が厳しく、治療に必要な抗ガン剤を国連が止めているという状況だった。子供たちが死んでいく様子を目の当たりにし、「日本にこれを知らせたら、経済制裁が解除されたり、もっと薬が届いたりするのではないか」と、病気の子供を抱えたお母さんたちを説得して取材をさせてもらったのだ。ところが、帰国後に試写をしたところ、「こんな反米的な番組では放送できない」とプロデューサーに言われてしまった。白血病やガンが増えた背景の一つとして疑われていた、劣化ウラン弾に触れていたのが原因だった。今は次第に実証されつつあるものの、アメリカはまだ否定している。まして当時はまだ情報が足りない中で、その問題を扱うのは、あまりにもリスクが高いということだった。

死んでいく子供を撮るのは辛かったが、そうしなければ状況を変えられないと思って撮ってきた。お蔵に入れられては困ると、アメリカの言い分も入れつつ、いろいろな妥協をし、1999年に何とか放送にこぎつけた。

視聴率から計算すると、少なくとも500~600万人の視聴者がその番組を観ただろう。劣化ウラン弾そのものから放射線が出ている映像もあり、当時としてものすごく先端的な番組になったはずだ。ところが、視聴者からは何の反応もなかった。私はそれまで、全員とは言わないまでも、600万人のうち、ある程度の人には思いが届いていると思っていたのだが、テレビというメディアに、ちょっとがっかりしてしまった。


思考を促すメディアでありたい

私はその後、もっと被爆の本質を描くような番組がつくりたいと思っていたが、マスメディアに限界を感じ始め、テレビをやめて映画にしようと思った。それでつくったのが『ヒバクシャ』だ。このときに、すごく大事だと思ったのは、「プロパガンダをいかに解体するか」ということだった。映像というメディアは、プロパガンダを形成するのに向いているからだ。

今の私は、以前とはまったく違うスタイルで作品をつくっている。例えば、NHKの番組にはプロのナレーターによるナレーションが入るのだが、これはNHKという組織が言っているのか、それともつくった人が言っているのか分からない。主体が誰だか分からないのだが、だからこそ、何となく絶対的なもののように聞こえてくるのだ。視聴者は、番組が何らかの権威に裏打ちされていると思い込んでしまう。

だから私がナレーションをつけるときは1人称を使う。そうすれば観ている人には、鎌仲がカメラを通して見て感じたことを、個人の責任で言っているコメントに過ぎないことが分かり、そこに絶対的なものを感じないと思う。つくっている側の「私」と観る側の「あなた」が平場で向き合うという関係性になれると思う。

言い切らない、断定しない、押しつけない、ということも大事にしている。NHKの番組づくりでは、各シーンの終わりには必ず答えを用意しておき、視聴者が自分の中から答えを発見する前に、もうそれが差し出されているという仕組みになっている。番組の最後にも、何となく腑に落ちるようなラストコメントが用意してあり、番組を見終わると「あ、もうこれで済んだんだ」と思ってしまう。すごく微妙な感覚なのだが、自分はそれ以上考えなくていいという気分になるのだ。

私がつくるものは、ただ消費するだけではなく、思考を促すメディアでありたいと思う。そうしたメディアには、答えが用意されていない。だからインパクトがない。『ヒバクシャ』の上映会場で来てくれた方と話していると、「答えはどこにあるんだ」とよく聞かれた。でも、世界で同時多発的に起きている放射能汚染の問題に、どんな答えを用意すればいいのだろう? そこを一緒に考えたい、という思いが私にはある。

確かに、強烈な映像はイラクにもたくさんあったが、そういう映像は一切出さなかった。インパクトを持っている映像は危ない。プロパガンダに限りなく近づいてしまう。「これを見ろ。こんなにひどいんだ」と。でもそれはすごく表面的なことだ。大事なのは、なぜそれが起きているのか、それが私たちにどう関係があるのか、ということだ。激しい表現をなるべく排除し、日常を大事にしている生活者の視点から伝えたいと思っている。それが一番プロパガンダから遠い所にあると感じているからだ。


矛盾があるからこそ正面から描く

『ヒバクシャ』をつくり終わった後に「あれ?」と思ったことがある。この劣化ウラン弾はどこから来たのか? 実は私が出した「ゴミ」だった、ということに初めて気づいて衝撃を受けたのだ。核の「平和利用」である原子力発電所が出すゴミが、劣化ウラン弾に転用されているということを初めて知り、そこから原発の問題に行き着いてしまった。

日本に今ある55基の原発を動かすために、私たちは放射性廃棄物という膨大な「ゴミ」を出している。鉱山から掘り出したウランは濃縮ウラン工場に運ばれ、そこで大量の劣化ウランが出るのだが、これが1トン1ドルで兵器産業に払い下げられて、劣化ウラン弾がつくられているのだ。

原発用の濃縮ウランは、2~3年すると核分裂反応が落ちてくるため、日本ではそれを再処理しようとしている。使用済みの核燃料からプルトニウムを取り出すためにつくられたのが、青森県の六ヶ所再処理工場だ。問題は、再処理の過程で放射性物質が放出されてしまうことで、気体で出るものは空に、液体で出るものは海に捨てられる計画だ。ものすごい量が捨てられることになる。しかも、再処理で取り出せるプルトニウムはたったの0.5%で、残りの99.5%はゴミになるという。元々は地球上に存在しなかった、高レベル核廃棄物という、どうにも行き場のないゴミを人間は作り出しているのだ。

こうした状況が生まれている根っこにあるのは、エネルギーを使う私たちの生活だ。それを見つめなければいけないと思ってつくった作品が『六ヶ所村ラプソディー』だ。これは私にとっては非常に難しい映画だった。なぜかというと、「電気を使わないで私は生きていけるのか?」という命題がまず出てくる。電気を使う私自身の生き方に、自分で反対しなくてはならないような、ものすごい矛盾が横たわっているからだ。そこにある大きな矛盾そのものを、そのままに描こうと思った。

一つ心がけたことは、再処理工場に反対している人だけではなく、賛成している人もきちんと取材して作品の中に入れようとしたことだ。双方の意見を出して、判断は見る人に委ねてみようと思ったのだ。これが押しつけないということだ。いくら「ひどい」「反対だ」と言っても、それではなかなか大事なことが伝わらない。

2006年にあの映画をつくり終わった直後から、再処理工場は本格稼働に向けた最終試験段階に入った。実際の使用済み核燃料を使った試験中、自然界の5,500倍もの放射能が97日間にわたって地域に滞留し続けた。これが、日本のエネルギー政策がもたらしているものだ。そうした情報はほとんどシャットアウトされ、「原発は、CO2を出さないクリーンな、地球温暖化防止に貢献する発電だ」とプロパガンダされているわけだ。


口コミで希望をつなぐ

いま製作中の作品は『ミツバチの羽音と地球の回転』と名付けた。ミツバチが花から蜜を吸っても、花は壊れないどころか実を結ぶ。同様に、自然を破壊した上に文明を築くのではない分岐点に、私たちも立っているのではないか。私は、持続可能な存在の象徴としてミツバチをとらえているのだ。

この映画の舞台は、瀬戸内海の西端に浮かぶハート型の島、祝島だ。集落が密集しているこの地域の真向かいに、2基の原発を建てる計画が28年前に持ち上がり、今、正念場を迎えている。

この海域は、世界で一番小さいスナメリが繁殖するなど、瀬戸内海で最後に残された生物多様性の宝庫といわれている。鯛の一本釣りという持続可能な漁法で、島の人たちはここで1,000年間、生活を営んできた。

住民の平均年齢は70歳ぐらい。原発建設に反対して、体を張って阻止しようと頑張ってきたが、大きな権力の下で、どんどん計画が進んでいる。県知事に話を聞いてもらおうと県庁を訪れても、県庁の職員が「面会拒否」と書いてある紙を持ってくる有様だ。

私はこうした状況を変えたい、変化を生み出している事例を見てみたいと思い、スウェーデンを訪ねた。日本の私たちは、「お上」というものを信用し、誰かが私たちのためにすごくいい選択をしてくれる、という幻想を抱いていると思う。スウェーデンはそうではなく、自分たちの努力で社会を持続可能にしようという取り組みを20年も前から始めている国だ。

例えばスウェーデンでは、一度しか使えないエネルギーはもうやめようと、脱原発と脱石油が同時並行で行われている。公共バスのほとんどがバイオガスで動いているのだが、そのエネルギー源は人間の排泄物やゴミだ。こうした変化が起こったきっかけは、たった一人の人が「持続可能な社会になろうよ」と言い出したことだ。カール=ヘンリク・ロベールさんという、スウェーデン最大の環境団体、ナチュラル・ステップの代表を務める人物だ。彼の言葉がきっかけとなって、国民的な議論が巻き起こり、さまざまな変化が生まれていったのだ。

私が作品のテーマにエネルギーを選んでいるのは、その背後に、環境破壊、搾取の構造、戦争の火種、今の文明の非持続性、富の偏在などといった問題が濃縮されて潜んでいるからだ。そうした問題に対して、映像で答えを出すのではなくて、議論のきっかけや議論の場をつくり出したいと思っている。

いまの作品に関しては、撮影の途中経過を報告するビデオレターを出しているのだが、そのタイトルはミツバチの羽音にかけて「ぶんぶん通信」とした。このビデオレターは、少ないときは10人以下、多くても100人ぐらいの小規模な上映会で見ていただいている。そこで、「持続可能って何だろう?」「自分たちにとってのベストのエネルギーって?」と対話をし、人と人がつながるツールとして使ってもらっている。多様な意見を出し合って認め合うという、日本人がとても不得意なコミュニケーションスキルを高める練習台にしていただけたらと思う。「ぶんぶん」というのは、英語で口コミという意味がある。マスコミではなく口コミで、こうしたことを発信しているのだ。

2009年9月10日から始まった祝島海上での阻止行動には、若いシーカヤッカーをはじめ、全国からさまざま人がかけつけたり、応援のメッセージを書いた布が何百枚も送られてきたりしている。島のお年寄りが27年間続けてきた孤独な闘いが、現在進行形で変わりつつある。そこにはものすごい希望がある。その希望の部分を私は描きたい。でも、劇映画をつくっているわけではないので、起こらないものは描けない。「ぶんぶん通信」を出すことによって、そういう動きを加速させたいと思っているわけだ。

私の映画を観て「何かしなくちゃ」と思っていただけるとしたら、それは「自分と同じように感じている人が、こんなにいるんだ」ということを発見するからだろうと思う。そして、「その人たちと一緒に何かしたい」と思うからこそ、人は動き出せるのではないかと思う。


「私が考えるサステナブルな社会」

スウェーデンだけでなく、日本各地に持続可能な社会の芽はあります。ただし、まだつながりあっていないので、大きな力になっていない。国全体が一気に変わらなくても、地域ごとに変われるはずです。そのためにも、「何かしなくちゃ」と思った人が、対話を繰り返しながら、口コミでつながっていければと思います。


「次世代へのメッセージ」

大きなメディアがどこに向かっているのか、しっかり見てください。多くのメディアが横並びになって、同じ方向を向いているときは危ないと思います。そこで得をするのは誰か、取り残されるものは何か、何がプロパガンダされているのかを見極めてほしいと思います。


◆受講生の講義レポートから

「このドキュメンタリーには知りたかった事実があるように思うので、ぜひ仲間や地域で上映して話し合いたいと思います」

「映像にかかわる仕事についたので、映像のデメリットもよく考えてしまうのですが、ありのままを伝える映像の持つ可能性に改めて気づくことができました」

「今はさまざまなメディアを通してあらゆる情報が手に入るような気がしますが、自分で判断することを忘れてしまうと感じました。さまざまな問題を生活レベルで見ていくことが思考を促すものだと実感しました」

「衝撃的だったのは、スウェーデンでは首相がサステナブルな社会に向けた提案を呼びかけたということです。政府側が問題をはっきり認識し、その解決策を市民の手に委ねるという手法にたいへん驚きました」


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