ニュースレター

2008年10月21日

 

生物多様性の保全に向けて

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JFS ニュースレター No.72 (2008年8月号)

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Creative Commons Some Rights Reserved. photo by David Jez


日本の国土は南北長さ約3,000キロにわたり、数千の島嶼を有しています。はっきりした四季と、海岸から高山までの大きな標高差や、大陸との接続・分断という地史的過程などもあって、約3800万ヘクタールの国土の中には、多様な生息・生育環境が存在しており、豊かな生物相が見られます。

日本の既知の生物種数は9万種以上、分類されていないものも含めると30万種を超えると推定されています。固有種の比率が高いことも特徴です。陸棲ほ乳類、維管束植物の約4割、昆虫類の約6割、両生類の約8割が固有種なのです。先進国で唯一、野生のサルが生息しているほか、クマやシカなど、数多くの中・大型野生動物が生息しています。

海洋も、黒潮、親潮、対馬暖流などの海流があり、列島が南北に長く広がっていることから、多様な環境が形成されています。日本の海岸線は地球の4分の3周に相当する約3万5000キロメートルもあり、複雑な海岸線、干潟、藻場、サンゴ礁など、沿岸にも多様な生態系が見られます。

このため、日本近海は、同緯度の地中海や北米西岸に比べ、海水魚の種数がとても豊富です。日本近海には、世界に生息する112種の海棲ほ乳類のうち50種、世界の約1万5000種といわれる海水魚のうち約25%にあたる約3,700種が生息するなど、豊かな種の多様性があります。


この日本で、2010年に生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されることになりました。

生物多様性とは、すべての生物の間に違いがあることを意味し、「生態系」の多様性、「種」の多様性、「遺伝子」の多様性などを含みます。生物はそれぞれに違いがあり、長い進化の歴史において受け継がれた結果として、多様でつりあいの取れた多様性が維持されているのです。

しかし、1980年代ごろから、熱帯林の減少や種の絶滅の恐れなどに対する危機感が、世界的に高まってきました。そうした背景から、1992年に「生物多様性条約」が採択されました。日本は翌93年に締結し、同年12月末に同条約は発効しました。日本は同条約に基づいて、生物多様性国家戦略を策定しています。最初の戦略は1995年、第二次戦略が2002年、そして2007年11月に第三次生物多様性国家戦略が策定されました。

生物多様性国家戦略は策定後、毎年点検が行われます。この戦略の策定以降、2002年に自然再生推進法が制定されたり、同法に基づく自然再生協議会が各地で発足するなど、それぞれの地域に固有の生態系を取り戻そうという動きが具体化しつつあります。また、文化財保護法の改正や都市緑地法の改正など、法体系の改正によって生物多様性の保全を促進するほか、里地里山保全などのモデル事業も展開されています。
http://b.hatena.ne.jp/japanfs/環境法/生物多様性/


第三次生物多様性国家戦略では、従来取り上げられてきた3つの危機----(1)開発など人間活動による危機、(2)里地里山などにおける人間の働きかけの縮小に伴う危機、(3)人為的に外部から持ち込まれる外来種等による危機に加え、(4)地球温暖化の危機が、危機の構造として取り上げられています。

そして、生物多様性から見た国土の望ましい姿のイメージを、過去100年間に破壊してきた国土の生態系を100年かけて回復する「100年計画」として提示しています。加えて、地方・民間の参画の必要性を強調し、今後5年程度の間に取り組むべき施策の方向性を以下の4つの基本戦略としてまとめました。

  • 生物多様性を社会に浸透させる。
  • 地域における人と自然の関係を再構築する。
  • 森・里・川・海のつながりを確保する。
  • 地球規模の視野を持って行動する。

同戦略の第2部「行動計画」では、具体的施策を約650記述しています。今回初めて、いくつかの数値目標を設定するとともに、実施省庁を明記したことが特徴です。数値目標として、たとえば、「生物多様性の認知度を現在の30%から50%以上に上げる」「ラムサール条約地を10個所増やす」などがあげられています。


生物多様性国家戦略では、自治体での戦略策定を推進しています。それほど多くの自治体が策定をしているわけではありませんが、千葉県のように、総合的かつ計画的に生物多様性を保全するための「ちば県戦略」を策定している自治体も出てきています。

また、日本企業の間でも、生物多様性への関心が広がっています。平成19年6月に改訂された「環境報告ガイドライン(2007年版)」には、記載することが期待される情報・指標として、「生物多様性の保全と生物資源の持続可能な利用の状況」が挙げられています。
http://www.env.go.jp/policy/report/h19-02/index.html

具体的には、

  • 生物多様性の保全に関する方針、目標、計画、取り組み状況、実績等
  • 事業活動に伴う主要な影響とその評価
  • 原材料調達における主要な影響とその評価
  • 所有地等の土地の情報
  • 保全・再生を積極的に行うプログラムおよび目標

となっており、CSR報告書・サステナビリティ・レポートなどで生物多様性に関して言及する企業が増えつつあります。

2008年5月にボンで開催された生物多様性条約の第9回締約国会議(COP9)では、ドイツ政府が呼びかけた「ビジネスと生物多様性イニシアティブ」が発足しました。これは生物多様性条約の目的達成に、民間企業の関与をさらに高めるためのイニシアティブで、賛同する企業は条約の目的に同意・指示し、目的達成に資する取り組みの実施を約束する「リーダーシップ宣言」に署名することとなります。

COP9での署名式には世界中の企業34社が参加をしましたが、うち9社が日本企業でした。株式会社アレフ、株式会社リコー、富士通株式会社など、JFSの法人会員も参加しています。

また、2008年4月には、日本企業間で生物多様性に関する情報交換や研究を進めるための「企業と生物多様性イニシアティブ」(JBIB)が設立されました。味の素株式会社など、JFSの法人会員も発起人に名を連ねています。
http://www.jbib.org/index.php?FrontPage

経済に生物多様性をいかに反映させるかという試みも、日本でさまざまに取り組みが行われています。世界的に流通しているFSC認証の木材やMSC認証の海産物の流通もそうですし、各地の生活協同組合連合会では、生物多様性を豊かにする有機農業を広めるため、田んぼの生き物調査を行っています。


ほかにも、原材料の調達地である海外の熱帯雨林の保全に協力している企業もあります。JFSの法人会員であるNECは、アサザ基金と協力して田んぼの再生を進め、生物多様性を保全するほか、社員の環境意識の向上と福利厚生を同時に進めるユニークな取り組みをおこなっています。

日本政府は、企業による生物多様性に関する活動への参画を促すため、企業の取り組みの指針となる、生物多様性企業活動ガイドラインの作成を、経済団体や企業の参加を得て進める予定になっています。

一般の人々に「生物多様性」と言っても、大半の人はその意味をまだ理解しません。企業の環境活動といえば、ほぼ「廃棄物の削減」「温暖化対策」というイメージです。しかし2010年に名古屋で開催されるCOP10とそれへ向けてのさまざまな準備やキャンペーン活動が、日本の人々や企業が生物多様性について理解し、保全の取り組みを進める大きなきっかけとなることを強く期待しています。


(枝廣淳子)

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