ニュースレター

2017年01月31日

 

「徳」を評価する制度で社員の成長をサポート

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JFS ニュースレター No.173 (2017年1月号)

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イメージ画像:Photo by buri

2015年6月号のニュースレターでは、東洋思想から見た経済成長について、老荘思想研究者で一般社団法人「東洋と西洋の知の融合研究所」理事長、田口佳史さんへのインタビューからお伝えしました。その田口さんに師事することで得た東洋思想からの学びを、評価制度に取り入れている会社があります。今月号のニュースレターでは、社員が「徳」のある人へ成長することを支援し、会社の成長にもつなげるという、ユニークな評価制度をご紹介します。


「これが当社の評価制度の内容です。それぞれの項目について5段階査定をしています。業績評価と、この評価の割合が、2:1ぐらいです」

富士製薬工業株式会社の今井博文会長が差し出して下さった表は、「新・徳目評価指標19項目」。その下には、このように書いてあります。

「徳」ある人とは、「他者のために最善を尽くすとともに、他者の幸せ、成功を心から悦ぶ」人のことです。

自らの使命を知り、その実現のために自らを厳しく磨き、他者を尊重し、最後までやり通す覚悟を持って、謙虚に真面目に真剣に、目標に向かって行動し続ける人のことです。

徳目評価制度は、我々がそういった「徳」ある人を目指し、そう在るために、以下の7つの徳目(19の指標)で我々自身を評価するものです。

社員間で日頃の行動をよく観察し合い、お互いの徳の発揮を認め、そしてお互いの徳磨きに貢献し合ってまいりましょう。

続いて「礼」「義」「覚悟」「智」「仁」「中庸」「信念」という7つの徳目の下、19の指標が並んでいます。

【本質】表面的には見えにくい物事の本質を見ようとしている。
【公平・バランス】偏りがない。大局観・バランス感覚を持って判断している。
【信念】正しいと信じていることを持ち、何としてでもやりとげようとしている。
...、といった具合です。

19の指標それぞれに対して、「基準行動例」「徳の発揮に反する行動例」、そして1~5段階評価の基準が示してあります。

今井会長をご紹介下さったのは、私の東洋思想の先生でもある田口先生ですから、「徳」が出てきても不思議ではないのですが、そうはいっても、国内だけで700人の社員を抱える民間企業が、徳目で社員の評価を行い、しかも業績評価とともに評定の対象としている! びっくりしました。さっそく今井会長にいろいろとお話をうかがいました。

――いつごろからこういう形での評価を?

取り組み始めたのは3年前です。社員の皆さんにも比較的わかりやすい田口先生の本などを薦めて、慣れてもらうように努めています。以前はコンピテンシーを用いた評価制度を使っていたのですが、短期的に実績を上げる人が比較的高い評価になるようになってしまって。「会社として期待している人があまり評価されていないよね」ということが始まりだったと思います。

経営理念は、「会社は社員の成長を支援する場」

――御社の経営理念を教えていただけますか?

「優れた医薬品を通じて、人々の健やかな生活に貢献する富士製薬工業の成長は、わたしたちの成長に正比例する」

変わっているのは、「会社は社員の成長を支援する場です」ということを明確に示していることです。成長の場をつくり続けるためには、医療という業界の中で、きちんとお役に立って、稼いで、元手をすべて社員の成長のために活かしていく。

田口先生にご指導いただく中で、「中国古典の中で大事な言葉を1つ選んでください」とむちゃなことをお願いしたら、先生は「徳です」とおっしゃいました。「徳のある方とは?」とお聞きすると、「自分のベストをほかの方に尽くし切っている人です」と。

自分の最善を高めながら、医療で患者さんに尽くすことをもっと増やしていく、もっと広げていく――これが理念で示していることなので、「徳」もまったく同じなのかなと思ったのです。

先代には、「社員を家族と同じように世界一幸せにするんだ」という思いがありました。社員を半ば身内のように大事にしないと、会社という場で支援し続けることは難しいからです。私は、社員と向き合うとき、「これが息子だったら、同じような言動になるのかな」とか自問自答することで、父が考えていたことを少し引き継いでこられたと思っています。

会社が投資するときも、「その投資をすることで、社員が幸せになってくれる」「何か経験してくれたらいいな」ということを大事な目的にしています。投資をしてうまくいかなくても、社員がいろいろなことを経験、成長できる機会になったのであれば、それでよしとしよう、と。成長の場を――われわれは「投げ続ける」と言っているのですが――私も投げ続ける、できるだけ提供しようとしています。

「徳」の実践は、会社経営のど真中にある

――経営理念を、どのように徳目による評価制度にしていったのですか?

田口先生は「徳」について実践的・具体的な規範としてご指導されていますから、それをわれわれの行動指針として活用させていただきたい、きちんと根づくように、評価制度まで組み込みたい、とご相談しました。

経営理念や「徳」の実践というのは、会社経営のど真ん中にあるものだから、「徳」は教育研修や評価体系にも組み込んでいくものだよ、ということです。「何ですか、これ? われわれの目的は稼ぐことでしょ」という社員も少なくありませんから、伝えながら根づかせようと努めているところです。

――「徳」を教育や評価制度に実際に組み込んでみて、社員の変化や反応はどうですか?

この業界に入る人はもともと、「医療の役に立ちたい」という思いを持っています。ただ、業績も求められるので、忙しくなると大事にしていたことが薄れてきたりします。そういう状況のなかで、「何のためにわれわれは存在して、仕事をしているのか、その確認ができる機会ができた」という社員の声は多くなっていると思います。

少しずつですが、仕事の位置付けや会社の中でのつきあいも、「変え始めた」という声もあります。まだまだ、これからだと思いますが。

対話を通じて、具体的な評価方法をつくっていく

――徳目による評価は、だれがどのようにおこなっているのでしょうか?

全員でおこなっています。チーム内の上司であろうが部下であろうが、全員この評価軸で評価し、その結果に基づいて、管理職が最終的に評価します。

――「徳」は、きちんと項目にして、実行可能な形にできるのですね。

ずいぶん書き換えました。項目も、最初は倍くらいの数があったと思います。みんなで対話しながら、ある程度の声が集まると、案を作って、田口先生のところに持っていきます。ご指導いただきながら、少しずつ良くなってきたと思います。

――この徳目評価も給与やボーナスに反映されるのですよね?

ええ、反映されます。今は、業績評価と徳目評価が2対1くらいの割合ですね。

――業績と並んで自分の徳目が評価されることについて、社員はどう感じていますか?

皆さん、比較的前向きです。アンケートを定期的に出してもらっていますが、この制度自体を否定、批判する意見はこれまでなかったです。内容についてはかなり率直な意見を出してもらっていて、それは反映するようにしてきました。

――社員が、よりどころにするものを単なる数字ではないところに持てる、というのは幸せですね。

そうですね。いろいろ社内にも課題はありますが、今問題になっているような企業の不祥事などが起こる確率は高くないと思います。親子で仕事をしている人も多いですね。ご両親が勧められて、お子さんが入社される例がけっこう多いです。

――一方で、当たり前ですが、きちんと利益を上げて、会社としての持続可能性も担保しないといけない。

そこは絶対にチャレンジし続けないと、社員が成長できる場をつくれませんから。社員がワクワクしながら苦労し続けるための元手は確保しないといけないので、稼ぐことについては、われわれが一番執念を持たないといけない、と考えています。

現在は5年計画を作って、「2019年9月末までにこうなっていたいね」というところは、具体的に明文化して取り組んでいます。機関投資家や市場からは、短期的なところをかなり細かく意見されます。それは大事だけれど、「われわれは、そこだけではなく、ここを目指していますから」というところは共有するようにしています。

――上場していることが、「徳」という重要なことを進めていく上でのハードルになっていないのですね?

上場していて、市場から短期的にクリアすることを要求されているというのは、いい緊張感だととらえるようにしています。上場していると、毎年、増収増益が要求されますし、どうやって事業価値を上げていくかに偏りがちです。われわれ自身も、「何のために仕事しているのだろう」となってしまいます。われわれがそう思い始めたら、社員はもっと疲れると思います。

市場からの要求は要求として、「みんなに健康になってもらいたいから」仕事をしているのだ、というところはいつも軸に置いておきたいなと思います。「会社がお金を稼ぐことは、手段だよ」ということです。「目的は、われわれが成長して、幸せになって、お役に立ち続けることだよ」と。われわれが成長できる場をもっと広げ続けるためには、稼ぎ続けないといけない。

――今、ESG投資なども増えていますし、株式市場での通常の評価だけでなく、そういうところでぜひ見てほしいですね。

そうですね。これがきちんと根づいて、みんなが人のために良い汗をかいて、幸せを感じながら、いつもワクワクしながら、仕事できるようになる。そうすれば、自然と事業価値も高まってくると思うのです。

――そうですね! 繰り返しおっしゃっている「ワクワク」がキーワードですね。聞いていてもワクワクするお話を、ありがとうございました!

富士製薬工業株式会社・今井博文会長へのインタビューより
聞き手:枝廣淳子

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