ニュースレター

2015年09月11日

 

復興の加速をめざして ~ 広野わいわいプロジェクト

Keywords:  ニュースレター  震災復興 

 

JFS ニュースレター No.156 (2015年8月号)

写真:広野町

2011年3月の東日本大震災に伴って事故が発生した福島第一原子力発電所(福島第一原発)は、福島県双葉郡大熊町と双葉町にまたがって建てられています。双葉郡には、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村の6町2村があり、福島第一原発からは、概ね30km圏内に位置しています。

今月号のニュースレターでは、2015年度「新しい東北先導モデル事業」(先導モデル事業)に選ばれた「双葉八町村に春を呼ぶ!広野わいわいプロジェクト」(広野わいわいプロジェクト)のキックオフイベントをご紹介しながら、被災地の現状と復興に向けた取り組みについてお伝えします。

東北地方は、震災前から人口減少、高齢化、産業の空洞化等の課題を抱えていました。復興庁では、震災復興を契機として、こうした課題を克服し、我が国や世界のモデルとなる「新しい東北」を創造することを目的に、取り組みを進めています。先導モデル事業は、その取り組みのひとつです。

先導モデル事業は、さまざまな主体の自発的な取り組みが生き生きと展開され、東北の持続的な活力に結びついていくことが期待されています。幅広い担い手(企業、大学、NPO等)による先駆的な取り組みをすくい上げ、育て、被災地に展開していこうとするものです。

東日本大震災の被災者を支援する認定NPO法人JKSK女性の活力を社会の活力に「結結プロジェクト」の主催で、2015年7月10~11日、第8回車座 in 広野町が開催されました。車座は、復興地で日々未来に向けて元気に活動している女性リーダーと、復興支援への高い志を持っている首都圏の女性エキスパートとの意見交換、対話、具体的な行動開始について検討する場として、2011年7月から行われています。

今回の車座では、首都圏からの来訪者と地元住民が共に町内の地域資源を見て回るとともに、その資源を活用して広野町をもっと魅力あるものにするため、アイデアを出し合うワークショップを行いました。

広野わいわいプロジェクトは、二ツ沼総合公園の再開、防災緑地の造成、みかんの丘・オリーブ栽培・オーガニックコットン栽培の取り組みなど、地域の中で生まれている新しい動きをつないで、広野町に「賑わい」と「なりわい(仕事)」を生み出そうというプロジェクトです。広野町を中心に、いわき市、首都圏の団体や福島県富岡土木事務所が連携して町民帰還を促進し、更には、これから帰還が始まる楢葉町、富岡町の復興を牽引し、双葉八町村復興の加速をめざします。

車座の1日目は、首都圏からの参加者21名に被災地の現状を知ってもらうプログラムからのスタートです。広野町に移動した参加者は、まずは広野町の復興状況についての説明を受けました。

広野町は、福島第一原発から20~30km圏に位置しています。2011年3月13日には、全町民を対象に町長から避難指示が発令されました。避難指示は2012年3月31日に解除されましたが、2015年6月30日現在、町内で生活している町民は約4割にあたる2,100人強で、半数以上の人が他地域に避難したままです。

避難指示解除から3年あまりが経過し、町民帰還のための直近の課題は、インフラ整備と雇用創出と言われています。被災した町民が未来に希望を持ち、安心して帰還できるようにするためには、直近の課題解決だけでなく、被災者との継続的な対話と、状況に応じて計画を見直す柔軟な対応が欠かせず、時間もかかります。

広野町では、2014年3月31日に広野町復興計画(第二次)を策定しました。復興計画の期間は、2012年度から2021年度までの10年間です。これは第一次計画を見直したもので、「誰もが安心して暮らせるまちづくり」「災害に強い都市基盤と心のネットワークによる安全・安心なまちづくり」「21世紀の世界を担う新たな産業創出による賑わいのあるまちづくり」「双葉地域の復興を担うまちづくり」を基本方針としています。

広野町の現状についてレクチャーを受けた参加者は、次に近隣の被災地を訪問しました。

広野町の北側(福島第一原発寄り)に位置する楢葉町は2015年9月5日、およそ4年半ぶりに避難指示が解除されることが決まっています。楢葉町に入ると、草が生い茂った空き地のような場所に大量の黒い袋が置かれている様子が、目に飛び込んできます。フレコンバッグと呼ばれるそれらの黒い袋には、除染作業で集められた、放射線汚染物質を含んだ土や草などが詰められています。空き地のように見えるのは、震災前には水田として活用されていた場所です。

楢葉町の更に北側にある富岡町には、居住制限区域と帰還困難区域が混在しています。居住制限区域に住居を持つ人は月に1度、許可を得て自宅に入ることができますが、帰還困難区域ではそれも許されていません。震災以降、何の手入れもできない状態が続いています。

福島第一原発のある大熊町は、居住地のほとんどが帰還困難区域に指定されています。また、原発に近い区域は、中間貯蔵施設として利用することが決まっています。中間貯蔵施設とは、除染で取り除いた土や放射性物質に汚染された廃棄物を、最終処分をするまでの間、安全に管理・保管するための場所です。

国は、2017年3月末までに居住や立ち入りの制限を解除する方針です。しかし、帰還のためにはインフラ整備なども必要ですし、中間貯蔵施設の近くで安全に暮らしていけるのか、心理的な障壁も含め、解決すべき課題は山積しています。

被災地への訪問を終えた参加者に、次に用意されているのは、広野町を知るためのプログラムです。広野町に戻った参加者は、広野町や近隣での復興・地域づくりの活動報告を受けました。夜は、広野町民の有志宅に民泊。じっくりと会話をしながら、交流を深めました。

翌日、車座2日目の午前中は、オーガニックコットン栽培地、防災緑地、二ツ沼総合公園内のオリーブ栽培地などを見学。広野わいわいプロジェクトの舞台となる場所や地域資源に触れました。

 
左:オーガニックコットン栽培地、右:オリーブ栽培地

午後からは広野町民が加わり、約50名でのワークショップです。広野わいわいプロジェクトで実施する3つの取り組み「広野パークフェス」「プレゼントツリーin 広野」「女性の手仕事作り」の具体的な内容について、ワールドカフェ方式で意見を出し合いました。

「広野パークフェス」は、震災の影響で2015年5月まで閉鎖されていた、二ツ沼総合公園を会場とするイベントを定期的に開催することで、賑わいを創出し、安全で楽しい環境を取り戻すことを目的とした取り組みです。

「プレゼントツリー in 広野」では、2016年3月に完成する防災緑地を活用し、町内外の個人や企業の参画を得て、植樹を行います。町外の人も植樹に参加し、植えた樹の里親になってもらうことで、長期的なつながりを生み出します。

「女性の手仕事づくり」では、首都圏からのボランティアが参加して栽培しているオーガニックコットンや、オリーブやみかんなど広野町の特産品を活用した商品開発など、地域の女性の手で新しい広野ブランドを作り上げます。

ワークショップでは、地元の参加者からも、首都圏の参加者からも、さまざまなアイデアが飛び出し、楽しい雰囲気の中で熱のこもった話し合いが続けられました。地元の参加者の感想からは、「何かできるような気がしてきた」「交流サロンのようなカフェを実現したい」など、プロジェクトの具体化に向けて、前向きな気持ちが伝わってきます。

首都圏の参加者からは、「地元の方の本音に触れ、思いを吸収して意見を言うことができた」「ニュースで見た以上の現状を知ることができた」など、広野町との距離感が縮まったことが窺える感想を聞くことができました。

被災地の状況については、実際に行って自分の目で見なければ、そして地元の人と話をしてみなければわからないことがたくさんあります。しかし、個人で被災地を訪問して地元の人から話を聴くことは、現実的ではありません。

広野わいわいプロジェクトは、地元だけで閉じたものではなく、地域外との交流を通して復興を加速させようという取り組みです。被災の当事者でない人が、被災地のことを我が事として捉え、自分にできることを見つけ、実践する機会となり、他の被災地にとっても良き先例となることを期待します。

スタッフライター 田辺伸広

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