ニュースレター

2013年10月08日

 

中国の大気汚染と日中協力のあり方

Keywords:  ニュースレター  化学物質  国際  防災・減災 

 

JFS ニュースレター No.133 (2013年9月号)


2012年から2013年にかけての冬、中国における大気汚染の問題は、原因物質の一つであるPM2.5が大陸から日本に飛来し、健康に影響を及ぼすのではないかとの懸念から、日本でも多くの人の関心事となりました。また、海外からJFSへも「日本は中国の公害問題解決に向けてどのように関わっているのか」という問い合わせもいくつも寄せられています。

ここでは、中国の大気汚染と日中間連携の現状と課題について、東北大学の明日香壽川教授の書かれた「中国の大気汚染と日中協力のあり方」(『環境と公害』43巻1号 岩波書店、2013年7月)からご紹介します。

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大気汚染の状況

中国の多くの大都市がPM2.5(微小粒子状物質)を含む煙霧(スモッグ)に悩まされている。例えば、2013年1月12日、北京市内の多くの観測地点でPM2.5の観測値が1立方メートルあたり700マイクログラムを超過した。これは中国の環境基準値の約10倍、日本の環境基準値の約20倍にあたる。

中国における大気汚染、特に最近の中国の北京などでの大都市における大気汚染の現状および原因としては以下の2つが指摘できる。

第一は、例えば北京では、大気汚染問題が大きく取り上げられた2012年から2013年にかけての冬期において、大気の状況が垂直方向に対して極めて安定していたことである。それによって、境界層と上層との間で空気の対流が弱くなり霧やスモッグの発生を招いた。実際には、例年、このようなスモッグは北京で問題になっている。しかし今年が異常なのは、スモッグで覆われる日が例年よりも長かったことである。

第二は、大気汚染物質であるエアロゾル(粒子状物質、硫酸イオン、硝酸イオン、アンモニウムイオンなどの混合物)の濃度が基準を超えて非常に高いことである。このエアロゾルの大半は、石炭や石油などの化石燃料の燃焼、工業プロセス、建設活動、調理などの人間の経済活動や普段の生活によって発生している。


必要とされる対策

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イメージ画像: Photo by julyhaze.
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大気汚染問題における根本的な問題は化石燃料依存というエネルギー・ミックスおよび持続可能でない発展パターンの問題である。いわば世界共通の問題であり、即効薬はない。

これまで中国政府は、老朽化した工場の閉鎖、高汚染施設の移転、再生可能エネルギーの促進、自動車の台数制限などの大気汚染対策を実施してきた 。また、30年前から始まった人口の抑制も汚染物質の排出低減に貢献している。さらに、農村部から都市部への流入を防止する戸籍制度なども環境保全に大きな効果があったと考えられる。すなわち、非民主的な政策の是非という議論はあるものの、少なくとも中国政府が何も対策を打ってこなかったというのは間違った批判である。

実際に、そのような政策の成果が2008年の北京オリンピック期間中の青天であった。オリンピック開催期間中は、偶数と奇数のナンバー・プレート規制を導入することで約4割の自動車数を減らすことができた。多くの工場が一時的に操業停止となり、一般市民も、ショッピングやレストランなどでの外食の機会を40~50%減らした。これらの結果、北京市の8月の大気汚染物質濃度は前年度の8月に比較して約半分になった。

このような状況が長続きしなかったのは、今から考えれば、ある程度自明のことだったと言える。なぜなら、前述のような対策は、やはり持続的ではないからである。また、現実として第11次5カ年計画があった2006年から2010年の5年間に石炭の使用量が44%増加し、自動車の保有台数は、1990年の550万台が2011年には9356万台と17倍も拡大した。これでは、いくら脱硫装置や自動車用触媒などのエンド・オブ・パイプ・テクノロジーが普及しても状況の改善にはつながらない。

したがって、現在の状況を改善するためには、さらなる追加措置が必要であり、より根本的な対策が求められる。それらは、脱石炭依存およびエネルギー消費総量の抑制、大規模な設備投資によるガソリン・軽油の質の向上、電力需給および公共交通などのインフラ整備などである。


越境汚染

大気汚染物質が国境を越えて広域輸送されることは、よく知られた科学的事実である。1970年代、欧州では越境大気汚染によって大規模な生態系の酸性化が引き起こされ、50カ国とEUが締結した長距離越境大気汚染に関する条約(Conventionon Long-Range Trans-boundary Air Pollution :LRTAP)および付随する複数の議定書が誕生した。

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イメージ画像: Photo by Madjid Ben Chikh.
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一方、日本、中国、韓国などを含む北東アジア地域でも、これまでいくつかの越境大気汚染物質が断続的に注目されてきた歴史がある。特に、風下で被害を受けるとされる日本や韓国は、長い間、LRTAPのような国際枠組み構築が理想的だと考えてきた。対象となる大気汚染物質も時代と共に変遷し1990年代は硫黄酸化物、2000年代初めは黄砂、2000年代後半は光化学スモッグの原因となるオゾン(O3)、そして今、PM2.5が注目されている。

現在、国境を超える環境問題での国際合意形成は非常に難しい。その意味で、欧州でのLRTAPはまれに見る成功例だと言える。それゆえに、アジアでの越境汚染問題に関する枠組み構築を考える際には、以下に挙げるようなEUとアジアとの相違点などを冷静に分析する必要がある。

第一は、欧州とアジアでは、地域ガバナンスが異なることである。EUの場合、「問題児」は主に中東欧諸国であり、EU拡大という強い求心力のもと、彼らに対しては、EU加盟の際の厳しい環境基準というムチと環境保全投資のための財政的支援というアメの両方が用意されていた。一方、アジアの求心力は、EUに比較したらゼロに等しい。

第二は、一人あたりでは途上国ではあるものの、全体では、様々な意味で「大国」である中国の存在である。欧州の場合、大気汚染物質の国全体の排出量という意味で突出した国はない。したがって、何らかの枠組み構築には中国の全面的な参加が不可欠である。

PM2.5の中国からの飛来に関しては、すでに日本の海洋研究開発機構や国立環境研究所などが定量的な分析を行っている。それらによると、場所と時期によるものの、日本の年平均PM2.5濃度に対する越境汚染影響は最大で5割程度と推算されている。ただし、北京でPM2.5濃度が高い日が続いた2013年1月における日本の北九州地域のPM2.5濃度を1年前と比較した場合、それほど高いものではなかった。このことは、中国でのPM2.5の濃度上昇と日本のPM2.5の濃度上昇との関係が、少なくとも現在のところは単純なものではないことを意味する。


今後の日中協力

具体的な日本からの技術移転や日中両国による共同研究という意味では、以下のような分野が期待される。まず極小粒径用集塵装置である(脱硫技術と脱硝装置はすでに中国で普及しつつある)。また、電気自動車およびプラグイン・ハイブリッド自動車に関する技術移転も期待される。さらに、日本における揮発性有機化合物(VOCs)の排出抑制システム構築の知見も中国において共有されるべきである。

ただし、技術の移転は大部分が民間企業によって行われる。民間企業は、政府が初期投資の何割かを肩代わりして負担するような公的資金による支援を常に期待する。しかし、それらは技術移転あるいはビジネスという意味ではほぼ失敗している。また、日本における60年代や70年代の公害の経験や対策ノウハウは、これまでの政府開発援助(ODA)の技術協力などを通したキャパシティ・ビルディング(能力養成)や啓蒙活動を目的としたプロジェクトによってある程度は中国側に伝わっている。さらに、いくつかの分野では、前述のように、日本よりも中国の方が積極的あるいは先進的な環境エネルギー対策をとっている。したがって、中国でのPM2.5濃度低減に対して、日本が提供できる即効的な技術や政策提言は限られている。

このような状況のもと、一般論としてはやはり何らかの具体的な排出削減数値目標のようなものが伴う協力枠組みの構築が最も理想的ではある。しかし、それは日中両国にとってインセンティブがなければ実現しない。したがって、筆者は、両国トップの指示のもと、まず日中両国で自主的な国内削減目標(例:北京市の排出削減目標)を確認すると同時に、日中共同で環境ファンドを構築したり、エネルギー・資源の共同開発・備蓄問題と関連づけたりすることが必要不可欠だと考える。いずれにしろ日中間の様々な懸案を束ねたパッケージでの交渉となる。

1980年代、ソ連のゴルバチョフ大統領は、地球環境問題を「人類共通の敵」とし、外交政策の歴史的転換を行った。彼の「新思考外交」は、結果的に東西冷戦の平和的な解決をもたらした。欧州連合(EU)も、鉄鋼やエネルギー分野での協力体制から始まっている。日中間および日韓間で政治的緊張関係がある中、アジアにおいても、環境やエネルギーの問題が地域あるいは世界の平和をもたらしたという歴史を再現するべきだ。言い古されたことだが、危機という言葉には機会という意味がある。今の環境危機を逆に利用して、高いレベルの政治経済的な協力関係を構築することが最も理想的なシナリオであり、うまくやれば十分に実現可能だと考える。

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中国の大気汚染問題において、日中協力をいかに進められるかは、問題解決への重要な鍵になると考えられます。JFSでは、今後の動向に注目していきたいと思います。


(スタッフライター 田辺伸広)

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