ニュースレター

2013年07月09日

 

キーワードは「鉄」 ~鉄イオンが拓く海の持続可能性~

Keywords:  ニュースレター  環境技術  生態系・生物多様性 

 

JFS ニュースレター No.130 (2013年6月号)

JFS/Iron Is the Key -- Iron Ion Replenishment for Sustainable Oceans
鉄炭だんごを海に設置 長門市油谷湾にて
写真提供:内田正洋氏


鉄欠乏がもたらすもの

私たちが住む地球は、地表の約7割が水で覆われているため、「水の惑星」と言われています。そのうちの約97%を占めているのが、総面積3億6000万平方キロメートル、平均の深さ3,795メートルの海です。

海の中でもとりわけ生物にとって重要な場所は、汽水域や沿岸域に広がる海草や海藻で形成された藻場です。藻場は水中の様々な生物の隠れ場所や産卵場所になるだけでなく、海藻や植物プランクトンが行う光合成によって、二酸化炭素を吸収し水の浄化や海中に酸素を供給する役割も果たしています。

国土が海で囲まれている日本では、明治時代中頃からこのような藻場が大規模に消失する「磯焼け」と呼ばれる現象が全国各地で発生し、水産業に影響を及ぼしてきました。近年はその面積が拡大傾向にあり、海の砂漠化が進行しています。

JFS/Iron Is the Key -- Iron Ion Replenishment for Sustainable Oceans
干潮時に露出した岩。磯焼けで海藻が失われている
写真提供:内田正洋氏


原因は、ウニなどの植食性魚類による食害や、ダム建設などにより沢水や流域水が減少したことによる栄養塩の減少、台風や豪雨、上流の山林伐採に起因する淡水や泥水の流入など、複合的な要因が影響しあっていると考えられています。

このような藻場の衰退に歯止めをかけるべく注目されているのが、水中に鉄イオンを供給するという技術です。鉄イオンは地球上のあらゆる生命が、栄養分を体内に取り入れるときに必要な酵素が働く触媒としてなくてはならないものですが、これが海の植物プランクトンにとっても必要な微量金属であることが、1990年頃から内外の鉄撒布実験により検証されてきました。

植物が利用できる鉄は二価の鉄イオン(Fe2+)です。鉄は酸化(赤サビ)しやすく、酸化すると三価鉄イオン(Fe3+)という水に溶けにくい形となって沈殿し、植物には取り入れられなくなります。自然界では、豊かな腐葉土がある広葉樹の森で、フルボ酸という腐食酸と土壌中の二価鉄イオンが結びつき、「フルボ酸鉄」という錯体(キレート)となって、川から海に運ばれて海藻や植物プランクトンに届けられます。

しかし現在は、ダムや河川の改修工事、手入れの行き届かなくなった人工林の増加など、様々な阻害要因でこのシステムが機能しなくなり、生態系が鉄欠乏の状態にあると考えられています。このような森に代わって、海に鉄分を供給する手助けをする取り組みが始まっています。


日常生活の叡智を活かす

日本では、漁業者が林業者とともに、山に広葉樹を植林することで海を豊かにする活動が各地で展開しています。また、使い捨てカイロを使って、水中に人為的に鉄イオンを供給する取り組みが成果をあげています。

森や川とのつながりを修復して、海を再生しよう ~ 富山湾の取り組み

カイロは、江戸時代以前から、石を暖めて布にくるむ方法で利用されてきました。明治時代には木炭の粉や灰を錬ったものに火をつけ、金属の容器に入れて布でくるむ方法が考案され、その後、ベンジンの気化したガスと白金の触媒作用を利用して燃焼させるものへと進化しました。1970年代に鉄粉が酸化作用を起こす際に出す熱を利用した使い捨てカイロが開発され、簡便さからベストセラー商品となっています。

使い捨てカイロを利用した鉄イオンの供給を考案したのは、約35年前から水中の鉄イオンの働きに気づき、独学で水辺の環境を改善する研究を重ねてきた杉本幹生さんです。山口県宇部市に住む杉本さんは、百の知恵を持つ職業という誇りを込めて、自分の職業を百姓と名乗る市民科学者です。

農業を営む杉本さんは、次第に「化学肥料や農薬に頼る営農が水辺の富栄養化など環境に負荷をかけている」と感じるようになりました。そのような中で、地域の口伝や生活の知恵などから、日常生活での包丁、鎌や鋤など鉄製の道具や製品の使用が、水質浄化や生きものの活性化につながっていることに気づきました。

たとえば、「毎日包丁を研ぐ職業の「魚屋」「寿司屋」「料亭」などの排水溝はドブ臭くない」、「太平洋戦争末期、空襲を受けた宇部市の瀬戸内海沖に残っている不発弾の近辺には海藻が茂り好漁場になっていた」、「古い鉄橋の下では、シジミ貝がよく獲れる」、「農家が赤土を田畑に客土することで、鉄分やミネラル補給をした」などです。


身近な原料を使って二価鉄イオン供給

「食物連鎖を通して自然の底力を引き出したい」という思いからたどり着いたのは、使い捨てカイロの再利用や、その中身を丸めた「鉄炭だんご」による二価鉄イオンの供給です。

使い捨てカイロは、鉄粉が空気と触れて錆びることにより発熱します。発熱を促進するために、中身には鉄粉のほかに水、塩類、活性炭、保水材などが入っています。「暖める」という本来の使命を終えたカイロの中身は、鉄粉と活性炭が密着して固まった状態です。一見ゴミでしかないこの状態が、生命あふれる水辺を甦らせるカンフル剤になるのです。

表面が酸化した使い捨てカイロの芯部にはわずかながら未酸化の鉄が残っています。これを水中に投入すると、水が媒体となって鉄と炭素の電位差による電池が形成されます。鉄から炭素に電子が流れて二価鉄イオンとなった鉄が水中に溶け出し、それを取り込んだ植物プランクトンの光合成が活性化するのです。同時に、二価鉄イオンは水中のリンと結びつくとリン酸鉄となってリンを固定化し、アオコや赤潮の原因となる富栄養化を防ぎます。そして活性炭は水質の浄化に貢献するのです。

同様の原理で、「鉄炭だんご」は使い捨てカイロの袋から取り出した中身に、ごはんなどのでんぷんを混ぜて、直径5センチほどのだんご状に固めたものを焼いて作ります。しかし、使用済みのカイロを使用する場合、鉄分のほとんどが酸化されているため、二価鉄イオンの放出は高くありません。改良を重ね、原料となる炭は、里山の間伐材や竹を焼いた炭を活用し、鉄分は町工場から出る鉄の削り粉を利用するようになりました。

JFS/Iron Is the Key -- Iron Ion Replenishment for Sustainable Oceans
鉄炭だんご制作の様子
写真提供:内田正洋氏


使用済みのカイロの使用方法は、粗い網目の袋になるべくたくさんつめて、水の流れのあるところや汚れた川などの水中に投入するというシンプルなものです。地域差はあるものの、海水に投入した場合は約3カ月でヘドロや磯焼けの海水域に変化が見られ、約6カ月で貝、蟹、藻などの底棲生物が活性化するといいます。また、淡水に投入した場合は、使用後の中身をプランターや田畑に混ぜれば、活性炭に吸着された富栄養物質などが肥料となるだけでなく、土壌のバクテリアの繁殖も促進するそうです。


ふるさとの海を甦らせよう

鉄炭だんごによる藻場再生の実験は、生活排水が流れ込み悪臭が漂う川など、身近な水辺から始まりました。その後、杉本さんは地元宇部市の漁業者とともに、瀬戸内海の沖合4キロメートルの海底に幅10キロメートルにわたって約2トンの鉄炭だんごの設置に協力しました。その結果、磯焼けの藻場が再生し、2年後にはシロミル貝やマテ貝などの貝類のほか、タコ、エビ、カレイ、シロギスなどが大量に育ち、過去最高の漁獲高になったということです。

2008年、山口県阿武町の漁港では、防波堤の沖合50メートルほどの海底に約1トンの鉄炭だんごが設置されました。2年後の2010年には、岩場に背丈が1~2メートルほどに成長した海藻の群生とサザエの稚貝やシラスなどの小魚が現れ、4年後の2012年には、貝類、ナマコ、ウニなどが生息する豊な生態環境の海に甦っていることが確認できました。他方、何も設置しなかった場所では、藻場の再生はなかったということです。

2006年には杉本さんの指導を受けた同県長門市の水産高校の部活動で、鉄炭だんごの制作を通したふるさとの海を再生する研究が始まりました。この研究は3年後の2008年12月、「全国水産・海洋系高等学校生徒研究発表大会」で優秀賞(第2位)を受賞。その後、長門市、山口県漁協恊働組合、長門市教育委員会など地域の産・官・学の連携のもとで、鉄炭だんごを使って地域の海を緑化することや、市民に環境保護意識を高める活動へと発展し、2年後の2010年、同大会の最優秀賞を受賞しました。
http://www.city.nagato.yamaguchi.jp/sys/photo/detail.php?detailID=137
http://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1112/spe1_05.html

杉本さんの指導やアドバイスを受けての、使い捨てカイロや鉄炭だんごを利用した藻場の再生への取り組みは、新潟県、広島県、島根県、愛媛県などで実践され、それぞれの水辺で成果をあげています。

この半世紀の間に、世界の水産物の漁獲量は飛躍的に増えました。反面、乱獲や環境悪化により水産資源の再生力は弱まり、枯渇の危機にあるものが増えてきています。世界第6位の漁獲高と世界第1位の水産物の輸入、一人あたりの魚介類の消費量が世界第6位の水産大国である日本は、今後、持続可能な水産資源の利用にどのように貢献できるでしょうか。

ごく微量の鉄が生命の循環の神秘を伝えています。ふたたび森が鉄イオンを供給できるよう、森林の健全化も進める必要があります。それまでは森に代わって、人が海に鉄イオンを供給することを通じて、生態系のつながりを学び、私たち一人ひとりの海を育む意識が高まることを期待したいと思います。

※「鉄イオン溶出体」は杉本幹生さんに知的財産権があります。
特許番号:5258171号
杉本さんのリンク
http://feman.web.fc2.com/


参考文献
・(社)海洋緑化協会・日本財団助成:鉄炭ダンゴと海洋緑化、2010.11
・畠山重篤:鉄で海がよみがえる、文藝春秋、2012.10


(スタッフライター 八木和美)

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