ニュースレター

2012年05月22日

 

不可能を可能にした自然栽培と「奇跡のリンゴ」

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JFS ニュースレター No.116 (2012年4月号)


本州の北、青森県弘前市には「奇跡のリンゴ」と呼ばれるリンゴがあります。このリンゴは無農薬・無肥料・無堆肥の自然栽培という方法で栽培されたリンゴです。このリンゴは切り口が酸化して茶色くなることがありません。食べずに置いていても腐らずに発酵します。

日本の農薬使用量は世界トップクラスです。なかでもリンゴは農薬なしで育てることは不可能と言われていました。そんな日本で無農薬のリンゴ栽培を成功させた木村秋則さんの自然栽培についてご紹介します。

有機農法・自然農法とも異なる自然栽培

木村さんの取り組んでいる自然栽培は無農薬・無肥料・無堆肥で、山や森などの自然の環境を農地に再現し作物の自然の力を引き出すことで元気な作物を育てる栽培です。自然栽培は、有機肥料も施さないので有機農法ではありません。その点では福岡正信氏の自然農法と似ています。

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耕起せず、人間は極力作物の成長に手を出さないのが福岡氏の自然農法ですが、木村さんの自然栽培は徹底的に自然を観察し、作物が育ちやすい環境を作るために農家は最大限力を尽くすという点で自然農法とは異なります。長い年月をかけて創られた環境である山や森の自然を人が手を加えた農地にスムーズに再現するには、人間が手をかけてやる必要があるというのが自然栽培の考えです。

木村さんのリンゴ栽培では病気防除のため食酢を散布します。また、下草を刈らないことで夏場の高温や土壌の乾燥からリンゴの木を守ります。そして秋になると下草を刈りリンゴの木に秋の訪れを教えてやります。そうすることでリンゴの着色が進み味覚が良くなります。

木村さんはリンゴの無農薬栽培に取り組みながら、お米や野菜などの自然栽培も研究していました。痩せた土には、窒素成分を土壌に固定して土壌を肥やす大豆などの豆類を植えます。自然農法のように不耕起とはせず、耕しますが、回数も少なく粗く耕します。丁寧に耕起するより、粗く耕した方が土壌に空気が入り好気性菌が活発に働きます。

これらは自然栽培の技術の一部です。木村さんは現在、全国実施者の協力を得て、全国どこでも使える統一マニュアル作りに着手しています。自然栽培はその農地の気候や土壌の性質、育てる作物などに合わせた方法を構築していくのが基本であり、そのためマニュアル作りは難しく、その農地にあった自然栽培の方法を確立するには観察と経験、知識とそして時間を要する栽培法です。

一般的に慣行農法(各地域において、農薬、肥料の投入量や散布回数等において相当数の生産者が実施している一般的な農法のこと)から自然栽培に移行すると、3年くらいは収量が大幅に減るといわれています。しかし時間が経ち、農地や作物の状態が良くなってくると慣行農法の70~80%くらいの収量になっていきます。中には慣行農法より多くの収量を上げている農家もいるそうです。

自然栽培を続けていくと、作物に病害虫に対する免疫力がついてきます。よく虫の食べている野菜は農薬がかかっていなくて安全と思われていますが、自然栽培の野菜は土が自然の状態に近く過剰養分が無いために害虫被害は極めて少なく、また左右対称の美しい形をしています。自然栽培の作物は、その土地その作物での栽培法を確立した農家の職人技による芸術品と呼べるかもしれません。


農薬の被害と奇跡のリンゴ

なぜ木村さんはリンゴの自然栽培に取り組むことになったのでしょう?

木村さんがリンゴ栽培を始めたのは1970年代で、その頃は木村さんも農薬や化学肥料を大量に使用していました。当時は農薬は手散布で、手や顔などに農薬がかかると皮がはがれるほどの炎症をおこし、作業が終わると涙をこらえてお風呂場に駆け込んでいたそうです。農薬に苦しむうちに「農薬をやめたい」と思うようになりました。

そこで、まず農薬を減らす減農薬に取り組みました。すると収量は落ちましたが使用した農薬の量も減り、収支はプラスという成果が得られました。これならいけるかもと無農薬・無化学肥料栽培を開始、しかし減農薬と無農薬には天と地ほどの差があったのです。

無農薬に切り替えた途端、夏に葉が落ち枯れ木のような姿となり、春に花もつけなくなってしまいました。花がつかなければ、もちろん実もつけません。無収穫=無収入の苦労の中、自然栽培を模索し続け、リンゴの木が実をつけるまで10年あまりの歳月がかかりました。

リンゴは元々日本にある果実ではないので日本の高温多湿の気候に合わず、カビなどの病気にかかりやすいのです。日本で育てるために高度に品種改良を繰り返した日本のリンゴは大変虚弱な作物になってしまい、「リンゴは農薬なしではできない」というのが日本の農業の常識でした。その常識を覆した自然栽培のリンゴは、まさしく「奇跡のリンゴ」だったのです。


硝酸態窒素の害

木村さんは、自然栽培の安全性を見える形にしようと興味深い実験を行いました。自然栽培、慣行農法、JAS有機のお米をビンに入れて水を加え、暖かいところに2週間ほど置いておきます。自然栽培米は発酵し酢になっていきます。慣行農法米は腐って悪臭を放ちます。そして驚く事にJAS有機米の腐敗が最も早く悪臭を放つという結果となりました。

安全と思われているJAS有機米の腐敗が最もひどかったのはなぜでしょう?木村さんは未完熟の堆肥の使用が原因ではないかと言います。未完熟の堆肥を使用すると硝酸態窒素が作物に蓄積するといわれています。

木村さんは有機農法などで牛糞などを堆肥として使用する場合は、3~5年おいて完全に熟成させた完熟堆肥を使用することをすすめています。完熟したかどうかは、堆肥にハツカダイコンの種を播き、それが発芽して育つようなら堆肥として使用して良いと判断します。完熟堆肥を使用した畑で取れたお米や野菜で腐敗実験を行うと、自然栽培と同じ結果となるそうです。

植物が成長するには窒素成分を必要とするため、化学・有機を問わず、肥料中には窒素が含まれています。窒素は土壌で硝酸態窒素に変わり、植物に吸収されます。植物にとって有用な硝酸態窒素ですが、過剰な摂取は人間にとっては有害でメトヘモグロビン血症を発症させることもあり、乳児が死亡するという事故も起こっています。また大量の施肥による土壌や水、農作物への硝酸態窒素の汚染も問題視されるようになりました。

EUでは野菜に含まれる硝酸態窒素に関する安全基準があり、季節や野菜の種類にもよりますが、大体2500ppm以下としています。しかし日本には水道水に対する基準はありますが、野菜に対する規制はなく、2500ppmを超えるものもあります。一方、木村さんが指導している自然栽培の野菜は、ほとんどが500ppm以下で一桁のものもあるそうです。


自然に感謝する自然栽培の「心」

木村さんは講演会や著書で「野菜がどうやったら喜ぶか考えてください」「このようにしたら野菜もうれしいのではないか」と、まるで野菜について人間のことを話しているように語ります。

かつて農薬を止めたために枯れたように、弱ったリンゴの木一本一本に木村さんは「枯れないでください」と声をかけて歩きました。しかし道路脇の木たちには、近所の目を気にして声をかける事ができませんでした。不思議なことに声をかけなかった木たちは、結局、枯れてしまったのです。

木村さんは、すべての物には心があるので、実をくれた作物に「ありがとう」と感謝の声をかけてあげてくださいと言います。自然栽培は無農薬・無肥料、農の経験と知識、そして何より自然への感謝の「心」が大切です。

自然は多くの生き物たちの多様性により絶妙なバランスを保っており、人間もその中で生かされている自然の一部です。しかし人間はその事に気づかず、人間にとって邪魔な虫を害虫として農薬を使い、より多くの収量を得るため、肥料を与え汚染を広げてきた結果、癌やアレルギーなどの病気を生んでしまったのではないでしょうか。食べ物が作られる過程に自然のバランスを取り戻す自然栽培は、自然に感謝する「心」を教えてくれています。

自然栽培は、その農地や作物にあった方法を確立するため時間がかかり、決して簡単な農法とは言えません。また収量も慣行農法の70~80%ほどです。しかし自然栽培を続けることで、肥料や農薬がなくても病気や害虫被害の少ない元気で安全な野菜が収穫できるようになります。もちろん農薬や肥料にかける費用も不要となります。

少しずつですが、この自然栽培に取り組む農家や販売店のつながりが広がっています。自然栽培への取り組みは海を越え韓国や台湾などでも始まりました。食べる人、作る人、そして土や水や空気や生き物たちが健康でいられる農業「自然栽培」が、どんどん世界に広がってほしいと木村さんは願っています。


(スタッフライター 米田由利子)

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