ニュースレター

2011年01月18日

 

人と朱鷺が共に生きる島づくりを農業から ~ 佐渡市の環境経済実現への取り組み

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JFS ニュースレター No.97 (2010年9月号)
シリーズ:地方自治体の取り組み 第31回


佐渡市は、新潟県の北西、日本海に浮かぶ佐渡島全域を市域とする市で、朱鷺(トキ)のふるさととしても知られています。人口は約65,000人、農林水産業・建設業・観光業が産業の主体です。

今この佐渡で、新潟県エコファーマーの認定を受けた生産者によって作られる佐渡産コシヒカリを「朱鷺と暮らす郷」と名付け、売り上げの一部を朱鷺保護募金に寄付する「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」が広まっています。

この制度はどのような背景でできたのでしょうか? 人びとはどのようにこの制度を受け止め、また佐渡市は今後この取り組みをどのように展開していこうとしているのでしょうか? 「朱鷺には、人を変える力があるんです」と語る佐渡市農林水産課の渡辺竜五生物多様性推進室長に詳しくお聞きしました。


佐渡での朱鷺の保護の歴史

江戸時代には日本のほぼ全域に生息していた野生の朱鷺は、1868年の江戸幕府の崩壊とともにその手厚い保護がなくなり、明治時代(1868~1912年)には、食用やその美しい羽を取る目的で乱獲され激減しました。

その後、二度の世界大戦時に、燃料を確保するため森林伐採がすすみ、その土地は放置されてしまったため、朱鷺は営巣場所を失い、特別天然記念物に指定された1952年には、佐渡での生息数も24羽にまで減りました(同年2月の新潟県林務課による調査より)。

また、米の生産調整と近代化により、餌場となる中山間地水田の耕作放棄、平野部の水田の大規模圃場整備による水田の乾田化などで餌場が喪失されたのも大きな要因です。

1981年に、佐渡にいた日本で最後の野生の朱鷺5羽はすべて捕獲され、人工飼育下に移されました。なかなか繁殖の試みがうまくいかない時期が続きましたが、1999年、中国政府から初めて朱鷺のつがいの贈呈を受け、人工繁殖に成功、やがて2008年に10羽、2009年に20羽の朱鷺を試験放鳥するまでに至りました。


米農家の疲弊

佐渡の人びとの努力の甲斐あって、朱鷺を再び野生に戻すことができる可能性が少しずつ見えてきた頃、佐渡の農業はかなり深刻な状態でした。佐渡のコシヒカリはもともとおいしいお米と評判がよく、佐渡の農業従事者の約80%が米農家です。

ところが、米の消費減少、台風等気象災害による品質の低下などが重なり、2005年~2007年は毎年全販売量の21%に当たる5,000トンが売れ残っていました。また米価も2007年には約40%も下落しており(1994年比)、収入の減少から、農家の人々は生産意欲を失い、農家の高齢化とも相まって耕作放棄地が増え、里山の荒廃も進んでいました。

果たして朱鷺が佐渡に定着するのかと考えると、「朱鷺を野生に戻す"放鳥"は、佐渡にとっては諸刃の剣になる可能性がありました」と渡辺さんは言います。放鳥が成功すれば、野生の朱鷺を失った最後の場所という悲しい過去を払しょくすることができますが、もし定着しなければ、佐渡の環境が悪いという印象を与えるからです。

しかし、日本でも環境保全型農業が急速に拡大しており、佐渡でもそのような農業を進めている農家の力強い応援もありました。補助金とボランティアに頼った朱鷺の餌場づくりも限界が見えており、もっと持続可能な取組みにしていく必要がありました。朱鷺の餌場となる水田に、虫、そしてカエルやドジョウといった生きものを呼び戻したい、と佐渡市は考え、朱鷺の餌場となる水田での食物連鎖の再構築と生きものが豊かに暮らす水田作りを目標としました。


朱鷺と暮らす郷づくり認証制度

このような状況のもと、2008年度、朱鷺の放鳥に合わせて、朱鷺と暮らす郷づくり認証制度がスタートしました。朱鷺と暮らす郷づくり認証制度の要件は、(1)佐渡市で栽培された米であること、(2)栽培者が新潟県から環境に優しい農業を実践する農家「エコファーマー」の認定を受けていること、(3)栽培期間中に使用する化学農薬・化学肥料を、佐渡地域での慣行栽培基準比で5割以上を減らして栽培された米であること、(4)生きものを育む農法4つのいずれかを実施して栽培されたものであることです。

春から秋にかけて、水田や水路の周りに深さ20センチ以上の「江」を作る、魚が自由に田んぼと水路を行き来できる「魚道」を設置する、冬に田んぼに湛水する技術「ふゆみずたんぼ」を実施する、米の生産調整のために水を張っている調整水田を「水田に連携したビオトープ」として管理するなど、一年中、朱鷺の餌となるドジョウやカエルなどが棲める水田づくりをこの制度は目指しています。


農家の巻き込みがカギ

多くの農家が関心と興味を持ってくれるように、佐渡市はお米の販売や高付加価値化も同時に進めました。低コスト化、大規模化ではもう佐渡米は生き残れない、佐渡にしかないコシヒカリ「朱鷺と暮らす郷」を打ち出す重要性を農家に理解してもらおうと、販売促進を行った結果、2008年度には「新潟コシヒカリ」よりも5キロ米で500円高い価格が付き完売、イトーヨーカドーをはじめとする新規取扱店の開拓に成功しました。

2008年度は朱鷺保護募金へ約130万円の寄付を行うことができ、各種メディアの注目を集めたことで、朱鷺の保護が佐渡米の販売につながるのだという認識が農家に生まれ、環境保全型農業への不安は期待へと変わりつつあります。

2008年に冬期湛水や江の設置など生きものを育む農法に取り組んだのは255名、427haでしたが、2009年には509名、866haと倍増しました。農薬や化学肥料を5割以上減らした米の作付面積は、2008年は1,600ha(総作付面積の約25%)でしたが、2009年度の見込みは2600ha(全作付面積の42.3%)にまで伸びました。

2010年から朱鷺と暮らす郷づくり認証制度では、6月と8月に生きもの調査の日を設け、認証制度加入者は生きもの調査を実施し、その結果を佐渡市に報告することを新たな要件に加えました。

朱鷺がいる田んぼには、ドジョウやカエルだけでなく、ヤゴやゲンゴロウなどさまざまな命がにぎわっています。今後は、都市に暮らす人々や子どもたちにも生きもの調査に参加してもらい、離島ならではの環境農業体験を実施するなど、さらに佐渡や佐渡米のファンを増やしたいと、佐渡市は意欲的です。

さらに佐渡市は2010年度、「朱鷺と暮らす郷 生きもの共生環境経済戦略」を発表する予定です。この戦略では、全島規模での生きもの生息調査を行い、米で進めている認証制度を拡大するための検討を行う、環境を軸にした交流や人口の定着に向けた対策の立案などを盛り込むなど、現在の取組みを拡大する予定です。

「私たちは、佐渡が日本の環境再生モデルになると考えています」という渡辺さんのことばどおり、朱鷺をシンボルとした生物多様性豊かな島を作るデザインには、美しい環境が経済の好循環を生み出し、そして経済の活性化から持続可能な環境再生が実現できるヒントがたくさんあります。Nipponia nipponというその名前が表すように、朱鷺とともに生きる佐渡から、生物多様性豊かな日本への動きが広がることを期待しています。


関連URL佐渡市 朱鷺と環境
http://www.city.sado.niigata.jp/index/category/eco/index.shtml
「朱鷺と暮らす郷づくり」認証制度のご案内
http://www.city.sado.niigata.jp/eco/info/rice/index.shtml

JFS関連記事:トキ、自然ふ化・育雛で14羽が巣立つ
http://www.japanfs.org/ja/pages/024225.html


(スタッフライター 二口芳彗子)

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