ニュースレター

2010年10月26日

 

日本の進んだ水処理技術とその可能性

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JFS ニュースレター No.94 (2010年6月号)


はじめに

「水の惑星」と呼ばれる地球。その表面の3分の2は水に覆われ、約14億立方キロメートルの水が存在するとされていますが、人がそのまま生活や産業に利活用できる淡水は、大部分が地下水、河川、湖沼に存在しており、全体の約0.8%しかありません。

日本の平均年間降水量は1,718mmで世界平均807mmの2倍を超えており、多雨国に数えられます。しかし、人口密度が高いため、国民1人当たりの水資源量(m3/人・年)は世界平均の半分しかなく、世界156カ国中91位となっています。

日本は、このような水資源の制約の中でも、経済成長期における工業用水や都市化の進展による生活用水の需要増大に対応し、継続的な経済発展を維持してきました。その背景にあるのが、節水技術の高度化を通じた効率的な水管理システムの構築です。

膜技術に代表されるような省水技術や、耐震・漏水防止技術などを利用してきました。その結果、工業用水の回収率は8割近くまで高まり、水道の漏水率は1割以下に抑えられるなど、世界トップレベルの効率的な水資源管理が実現しています。こうした技術や経験をもとに、水ビジネスの国際展開を図ることは、日本の強みを活かした世界への貢献となるでしょう。

経済産業省が設置した「水資源政策研究会」が2008年7月に取りまとめた報告書「わが国水ビジネス・水関連技術の国際展開に向けて」からの引用も含め、具体的な技術や事例をご紹介しましょう。
http://www.meti.go.jp/policy/economy/gijutsu_kakushin/
innovation_policy/pdf/mizuhoukokusyo.pdf


膜処理技術

膜を使った水処理は、日本の技術力が世界をリードしており、水処理用膜供給における日本メーカーのシェアは世界市場の約6割を占めています。特に技術的に高度とされ、エネルギー効率に優れている逆浸透膜のシェアは約7割に達しています。まず、少し専門的になりますが、膜技術について見てみましょう。それから使用事例を紹介します。

  • 精密ろ過膜(MF膜:Micro-filtration Membrane)0.1μm~1μmの範囲の粒子(微生物など)や高分子を阻止する分離膜。用途例:半導体製造用超純水製造、無菌水の製造、ワイン・ビールなどの無菌ろ過。
  • 限外ろ過膜(UF膜:Ultra-filtration Membrane)2nm~0.1μmの範囲の粒子や高分子を阻止する分離膜。用途例:コロイド高分子の除去、工業用超純水製造、繊維・紙・パルプ工業の排水処理。
  • ナノろ過膜(NF膜Nano-filtration Membrane)2nmより小さい粒子や高分子を阻止する液体分離膜。用途例:硬度成分の除去、硫酸イオンの除去、海水淡水化のスケール成分除去。
  • 逆浸透膜(RO膜:Reverse Osmosis Membrane)2nmより小さい分子やイオンを阻止する分離膜。用途例:無機塩、糖類、アミノ酸の分離、海水の淡水化。(注)μm:マイクロメートル(千分の1ミリメートル)、nm:ナノメートル(百 万分の1ミリメートル)

現在の海水の淡水化の主力は逆浸透法ですが、この技術が使われているのがRO膜です。RO膜は、溶媒(水)は通すが、溶媒に溶けている溶質(塩分)は通さない、「半透膜」と呼ばれるものです。逆浸透法の詳細についてはご興味があれば、こちらを参照ください。
http://www.f-suiki.or.jp/seawater/facilities/mechanism.php

膜処理技術が使われるのは、海水の淡水化だけではありません。近年、世界では、都市下水の再生水処理が増えています。下水の二次処理水をMF膜/UF膜で処理した後、さらにRO膜で処理することで、水質は水道水より良質になります。電子産業に給水している例もあります。

また最近では、都市下水の活性汚泥処理槽に直接MF膜やUF膜を浸漬する「膜分離汚泥法(MBR:Membrane Bio-Reactor)」方式の大型化も進んでいます。シンガポールやクウェートの下水再生施設のほか、中国の大規模MBR施設など、これらの分野においても、日本企業は膜エレメントの供給を主体に世界への資機材の供給を拡大しています。


水道水の浄水例

東京都羽村市は、都心から西へ約45キロメートルに位置し、1653年に江戸の市街に飲み水を供給するために開削された玉川上水の取水口がある市です。水源はすべて地下水で、水質が良好なため塩素消毒のみで水道水としていましたが、塩素で死滅しない原虫クリプトスポリジウムによる近隣事業体での発症事例を踏まえて、高度浄水施設を導入しました。

2004年4月から運転開始した施設は、最大処理水量3万m3/日を誇り、浄水場では日本最大級の膜ろ過施設です。給水人口6万人に最大2万7500m3/日を給水します。井戸水を原水槽へ汲み上げ、水柱10m(0.1MPa:メガパスカル)の自圧で大孔径MF膜ユニットを通過させ、クリプトスポリジウムを完全に除去します。

大孔径MF膜は、クリプトスポリジウム(直径5μm程度)除去を目的に開発された製品で、膜公称孔径が2.0μmと一般的なMF膜(0.1~0.2μm)に比べて大きく、これにより自圧通水が可能で、ポンプ不要の省エネ設計になっています。


海水淡水化例

九州福岡都市圏では、水不足から長期にわたる給水制限を何度も経験しています。圏内の水利用は1日60万m3ですが、域内で自給できるのはその3分の2しかないため、自給率を高める必要から、福岡地区水道企業団(福岡都市圏の6市7町1企業団1事務組合)が、海水淡水化事業に着手し、2005年6月から運用を開始しました。

福岡市のまみずピア(海の中道奈多海水淡水化センター)の最大生産能力は5万m3/日で、日本最大規模です。以下のような最新の技術を駆使し、淡水回収率(海水から得られる淡水の割合)は60%を達成しています。

  • 浸透取水方式:約640m沖合で水深約11.5mの海底に、約2万m2の広さで取水管を埋設しています。砂の層を利用してろ過する(海の緩速ろ過システム)とともに波の影響を受けず、漁業や船の運航の妨げにもなりません。工場側の取水井へは、海面との水位差によって導水されるため、動力は不要です。
  • 前処理:海水をスパイラル型UF膜に通して、微生物や極細微粒子を除去しています。運転圧力は約2気圧(0.2MPa)です。
  • RO膜2段階方式:まず高圧RO膜では、0.07mmの穴が空いた0.14mm中空糸145万本を束ねた膜モジュールに8.24MPaの圧力で前処理した海水を通します。穴から出てくる真水を、スパイラル型RO膜に1.5MPaの圧力で通して、水質を一定にします。
  • 動力回収:膜を通らずに排出される濃縮海水の圧力エネルギーを回収し、高圧ROポンプの動力に利用します。


下水の再利用例

水需要の大半をマレーシアからの輸入に頼っているシンガポールでは、国家政策として水の確保を重視し、海水淡水化や下水の再利用を進めています。1998年から開発研究を開始したニューウォーター(NEWater)と名付けられた水は、下水処理場で通常の処理を施した水に、さらに3段階の浄化処理を施し、飲用可能な水準まで高度処理した再利用水です。

まずMF膜処理を行い、次にRO膜処理をすることで、無機イオンやウイルスなどが除去され、ほぼ純水に近い状態になります。最後に紫外線殺菌を行います。2003年2月からニューウォーターを貯水池に放流して混合(最初は1%)し、通常の浄化処理をして給水します。工業用水としても使用されています。

2006年までに稼働した27万8000m3/日の設備のRO膜のうち、9割以上を日本メーカー(日東電工、東レ)が供給しています。また2009、2010年に稼働を開始する22万8000m3/日の設備のRO膜も東レが供給することになっています。


終わりに

世界における水ビジネスの市場規模は、中長期的に拡大すると見込まれています。産業競争力懇談会(COCN)によれば、2025年の素材供給に関する市場規模は約1兆円、エンジニアリング、調達、建設を含めた市場規模は約10兆円、事業運営・管理まで含めた市場規模は約100兆円と見込まれます。

日本の水道事業は公営の事業として行われてきたため、事業運営・管理のノウハウが民間企業には乏しく、この分野では水メジャーといわれる欧州系企業に後れを取っていますが、日本企業の素材供給、設備建設・運転等の先進技術の優位性に、日本の公的セクターの有する管理面のノウハウを結集する体制を構築する協議会が活動を開始しました。

2010年5月、日本企業グループがオーストラリア第2位の水道事業会社を買収しました。この事業運営には、コンサルティング契約などを通じて、東京都水道局の技術・ノウハウを活用することになっています。東京都水道局は、同年1月に策定した「東京水道経営プラン2010」において、持てる技術を活用した国際貢献の実施を主要施策の1つとしました。日本の水ビジネスの国際展開が始まろうとしています。JFS記事:日本の技術を世界の水問題に役立てるしくみつくりを
http://www.japanfs.org/ja/pages/029150.html


(スタッフライター 小柴禧悦)

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