ニュースレター

2009年11月10日

 

真夏の気温を2度下げよう

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暑いと思ったら「打ち水」をやってみよう~打ち水大作戦のデザイン

JFS ニュースレター No.83 (2009年7月号)
http://www.uchimizu.jp/

日本では冷房がない時代から、夏の暑気を払い、涼を呼ぶためのさまざまな工夫がされてきました。涼やかな音を出す風鈴を窓辺につる、簾や「よしず」で直射日光を遮断する、自宅前の道や庭に水を撒く、肌触りがよく水分の吸収性のよい浴衣を着る、身体を冷やす効果のあるものを食べる、涼しくなった夕方に出かけ、ホタル狩りや花火大会を楽しむなど、いずれも夏の風物詩として、現在も日々の暮らしの中に息づいています。

これら五感を通して涼を呼ぶ知恵を、都市のヒートアイランド対策や地球温暖化対策に活かす試みのひとつとして、「打ち水」が注目されています。

参考:東京の気温を下げよう、「大江戸打ち水大作戦」
http://www.japanfs.org/ja/pages/023140.html

今年で7年目を迎える「打ち水大作戦」は、期間中の参加者数が700万人を超え、知名度も70%以上という、日本各地の夏の恒例行事に発展しています。この「打ち水大作戦」が投げかける、古くて新しい波紋についてご紹介しましょう。

真夏の気温を2℃下げる大作戦

液体の物質が気体になるとき、周囲から熱を吸収します。この熱のことを気化熱といい、このしくみを応用したものに、水飲み鳥という玩具や冷蔵庫などがあります。特に「水」は蒸発する際に周囲から大きな熱を奪う性質をもつため、蓄熱される場所に水を打つと、気温を下げる効果があります。

「東京都内の散水可能な280平方キロメートルのエリアに、1平方メートル当たり1リットルの水を、決められた時間にいっせいに打ち水をすれば、気温を2℃下げることができるだろう」

これは、ヒートアイランド対策のひとつの試みとして、土木研究所の研究員が、打ち水の効果に着目して試算したシミュレーションです。さらに精緻なシミュレーションの結果、「東京都23 区内の散水可能な面積約265平方キロメートルに散水を行うことによって、最大で2~2.5℃程度、正午の気温が低下する」と予測されています。※狩野学・手計太一・木内豪・榊茂之・山田正「打ち水の効果に関する社会実験と数値計算を用いた検証」(水工学論文集,第48 巻,pp.193-198,2004)参照

2003年6月末、このシミュレーションに興味を示し、社会実験をしてみようという3人の仕掛人が集まったときに、作戦は産声をあげました。本部機能を担ったのは、同年3月に日本で開催された「第3回世界水フォーラム」(現:日本水フォーラム)事務局を中心に、アースデイマネー・アソシエーションなど4つのNPOで構成されるゆるやかなネットワークです。

「大江戸打ち水大作戦」という名称は、2003年が江戸開府400周年にあたったことや、「打ち水」という江戸の知恵に学ぼうということで名付けられ、江戸の文様と水をモチーフにしたロゴデザインが準備されました。このロゴデザインは、非営利活動であれば誰でもwebページからダウンロードして使用できます。

実施にあたっては、生活の中での水の使い方を考え直すきっかけにしてほしいと、雨水や風呂の残り湯などの二次水を利用することを呼びかけ、「水道水はご法度」というルールを掲げました。

わずか2ヶ月の準備期間に、学生、NPOのメンバー、取材に訪れた記者などが自発的に実行メンバーに加わっていきました。そこから自然発生した制作部隊、営業部隊、パブリシティ部隊が機能するようになると、打ち水大作戦は運動体として一人歩きをし始めたのです。

そして同年8月25日、最高気温が34℃と予報された暑い日の正午に、「大江戸打ち水大作戦」は決行されました。

東京都内の4ヶ所の特設会場では、打ち水の前後に研究者や小学生が気温の変化を測定し、開始前と開始後で平均1℃の温度低減が見られ、打ち水の効果が実証されました。初年度の参加者は推定で34万人。浴衣姿でいっせいに打ち水をする様子を多くのマスメディアが報道し、誰にでも気軽にできる環境ムーブメントの幕が上がりました。

東京から全国へ

2年目の2004年からは、対象エリアが東京から日本全国に広がりました。名称を「打ち水大作戦」と改め、期間が8月18日から25日までの1週間に延長されると、日本各地でさまざまな主体が、さまざまな規模の打ち水大作戦を展開していきます。企業などの事業者の参加も見られ、この1週間で打ち水に参加した人数は、推定で329万人以上(事務局調べ)になりました。

名古屋、大阪、福岡では、地域のNPO団体などが中心となって、地域版の打ち水大作戦本部が立ち上がり、そこに行政機関、商店街、学校などが参加しました。東京では、秋葉原でメイド姿の「うち水っ娘(うちみずっこ)」が登場し、渋谷周辺では、暗きょ化されてしまったかつての「春の小川」の道筋を、打ち水で再生する「春の小川打ち水大作戦」が行われました。

2005年には、さらに期間は延長され、7月20日から8月31日までの夏休み期間中が打ち水期間となりました。これまでのヒートアイランド対策に加えて、地球温暖化防止につながるエコアクションとしても、打ち水がアピールされるようになります。参加者は推定で770万人以上。愛知県で開催中の愛・地球博会場、東京都港区などで大規模な特設会場が設けられ、フランスでは、8月17日にパリ市庁舎前で、100名を超える人たちが「打ち水」に興じました。

この年から、間伐材を活用した専用の手桶と柄杓の開発、秋葉原発のアニメのキャラクター「2℃ちゃん」の公式キャラクター化とアニメ化、劇団「打ち水カンパニー」の旗揚げ、「打ち水劇」の上演、「打ち水音頭」のリリースなど、打ち水に関連する多種多様なアイテムやパフォーマンスが全国展開していきます。

4年目となる2006年以降、打ち水大作戦本部の開催期間は、日本の陰暦である二十四節気の「大暑」から「処暑」の間とされました。大暑とは陽暦の7月23日頃、一年で一番暑い日とされており、処暑とは陽暦の8月23日頃、その日を境に暑さが和らぎ、朝夕に秋の風を感じる日のことを指します。

世界へ広がる「mission uchimizu」

打ち水の波紋は、日本国内だけでなく世界へと広がりつつあります。2004年には、スウェーデンの首都ストックホルムで、「水シンポジウム」が開催された国際会議場前の広場で、国際色豊かな50人の参加者が、噴水の水を利用して打ち水を楽しみました。

これを皮切りに、2005年からはフランスの首都パリの広場で、スペインのサラゴサでは、2008年に開催された国際博覧会のジャパンデーで、日本の皇太子殿下がスペイン政府の要人らの前で打ち水の手本を示され、大きな話題となりました。

2006年には英語名の「mission uchimizu」が登場。打ち水大作戦の使命は「地球温暖化に立ち向かうこと」と、「江戸由来の打ち水文化を世界に知らしめること」とされています。

打ち水大作戦のデザイン

以上のように、「打ち水大作戦」は、誰もが気軽に参加できる環境行動であることに加え、水と戯れること自体が、単純に楽しく気持ちがいいということも相まって、各地でユニークな催しが続々と展開しています。

仕掛け人の一人、打ち水大作戦本部の作戦隊長こと池田正昭さんは、先ごろ出版された『打ち水大作戦のデザイン』の中で、「『打ち水大作戦とはデザインである』というひとつの事実に気づかされることになりました」と述べています。そのデザインとは、「普遍のコンセプトとともに、ひとつの目的に向かって動き続ける不断のプロセス」であり、「現実をつくりだす生きた運動体」だといいます。

打ち水大作戦の普遍のコンセプトとは、水というものが持つ科学的な特徴と同時に、「清め」や「来客へのもてなし」、時に「畏怖」という、私たちが過去から受け継いできた水にたいする神聖な思いであるように思います。

「みんなでいっせいに打ち水をして、真夏の気温を2℃下げよう」このような呼びかけが始まった日から、日本の伝統的なしぐさは、新しい価値を伴ったどこか懐かしいムーブメントを起こしました。

今年の夏は、暑いと思ったら、打ち水をやってみましょう。それだけで、少しだけ世界が変わるかもしれません。

参考:「それだけのこと」のパワーを信じて
http://www.japanfs.org/ja/join/newsletter/pages/027309.html

ヒートアイランド現象と日本の取り組み
http://www.japanfs.org/ja/join/newsletter/pages/028593.html


(スタッフライター 八木和美)

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