ニュースレター

2007年11月01日

 

望ましい未来をつくるためのアーティストたちの活動

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JFS ニュースレター No.62 (2007年10月号)

今号では、日本のアーティストたちの取り組みの一つをご紹介しましょう。歌手やアーティストは、多くの人々にメッセージを伝えることのできる立場にあります。また、その知名度を活用して、資金を集めることもできるでしょう。これまでにも、さまざまな社会問題に対して、アーティストたちが協力や援助をしてきました。

日本では、森進一さんという歌手が、1985年に歌手仲間と結成した「じゃがいもの会」がよく知られています。江戸時代の大飢饉の際に多くの人命を救った「じゃがいものように地味だけど、人のために役立つ存在でありたい」との主旨で、毎年1回チャリティショーを開催し、最終回となった第23回までに5億円近い収益金が、世界の、特にアジア・アフリカの難民や恵まれない子ども達の支援のために、日本国連HCR協会を通じ、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)と難民教育基金へ寄贈されました。

このようなチャリティーショーなどで資金を集めて寄付をするという活動とは別に、よりアーティストたち自身が活動そのものに関わる取り組みが日本で根を下ろしつつあります。アーティストによる自然エネルギー促進プロジェクト「Artists' Power」から始まった「ap bank」の活動です。

「Artists' Power」は、音楽家の坂本龍一さんが、日本のロックバンドの一つであるGLAYのギタリスト・TAKUROさんとともに立ち上げたもので、アーティストの影響力によって、環境について訴えていこうとする活動です。Artists' Powerのウェブサイトには、まず「坂本龍一氏の音楽の90%以上は石油からできています」という文字が現れます。「音楽は大量の電気を使うようになった。アーティストとして、温暖化やその他の環境破壊を引き起こす化石燃料ではなく、自然エネルギーによる未来を創り出したい、そのために何ができるかを考えていこう」という活動です。具体的には、風力発電所を建てようという話も進行していたそうです。
http://www.artistspower.com/

2002年のこと、Artists' Powerのメンバーである音楽プロデューサーの小林武史さんが「まず知ることからはじめよう」と呼びかけて、環境問題に関する勉強会が始まりました。

何度か勉強会を開くうちに、未来バンクの田中優さんと出会いました。未来バンクは、1994年に設立された非政府・非営利の市民団体で、市民から出資金を預かって、環境に優しい商品を購入する人や、環境に優しい事業を営んでいる人に、低利(年利3%)で融資を行っています。このように、自分たちの預金を、自分たちの望む使いみちにのみ運用している「市民のためのバンク」の存在を知ったことから、Artists' Powerでも自分たちのバンクをつくろう、という話になりました。

こうして、2003年に、坂本龍一さん、小林武史さん、ロックバンドMr.Childrenのボーカリスト・櫻井和寿さんの3名が自己責任のもとで拠出したお金をもとにして、「可能性ある新しい未来をつくろうとしている環境プロジェクトに融資を行う」目的で設立されたのがap bankです。ap bankは、自然エネルギー、省エネルギーなど環境に関するさまざまなプロジェクトに融資をする非営利組織です。Artists' PowerのAPに、Alternative Powerの意味も込めて名づけられました。

そのウェブサイトには、このように設立の思いとメッセージが掲げられています。http://www.apbank.jp/

ap bankは、大きな事業体ではなく、ふつうに生活する人にできる、「小さな事業」を対象にした融資を中心に考えています。自然エネルギーは「地域分散型エネルギー」と呼ばれるように、「地域ごとに生まれる」性質があります。環境を改善していくのにも、各地の特性に合ったいろいろなアイデアがあると思うのです。各地の人々の行う小さな試みを支援することで、「自分たちの力で社会を変えていける」と思う人が増えて、新しい未来が生まれていくことを私たちは期待しています。

こうして、2004年に15件の融資を決定して以来、「自然エネルギー」「循環型地域づくり」「食と農」「新しい視点」といったカテゴリーで、さまざまな活動に融資をおこなってきました。募集をし、応募案件のなかから融資先を決め、融資をし、その活動を見守ることは地道な作業ですが、ウェブサイトで融資先の活動を紹介することなど、資金面以外の支援も含め、取り組みを進めています。

このap bankの資金源にと、2005年から7月の3日間、静岡県のつま恋という大きな野外コンサート場に3万人の観衆を集めるap bank fesが開催されるようになりました。

3年目となった今年のap bank fesは、あいにく台風と日程が重なってしまい、3日間のうち、初日と2日目は開催中止となってしまいましたが、ライブの開始前には、国立環境研究所の温暖化の研究者やアーティスト、JFS共同代表の枝廣淳子も参加して、「地球温暖化は止められるのか?」をテーマに、トークショー「ap bank dialogue」が開催され、多くの来場者が熱心耳を傾けていました。

ap bank fesは、徹底した環境配慮型イベントです。年々、「さらに何ができるだろう?」と積極的に取り組みの範囲も広げています。ap bank fesfes'07では、販売されるすべての飲食容器(お皿・カップ)をリユースできるものにしました。日本の野外音楽イベントとしては初めての取り組みです。さらに来場者にはウェブサイトで「いつも使っているマイ箸/マイスプーン/マイフォークを持ってきてください」と呼びかけました。

会場で出るごみは9種類に分別され、「燃えるごみ」「燃えないごみ」以外はすべてリサイクルされます。 「ペットボトル」は、ケミカルリサイクルで分子レベルに分解してポリエステル原料化。「ペットボトルのキャップやラベル」は、紙や木材と混合して固形燃料に。「缶」は、素材ごとに分解し再度、鋼材へ。

「わりばし」は分解して、端材のパルプと混合、製紙化。「スプーン・フォーク(木製)」は、蒸し焼きにして、周辺の森の肥料に。「生ゴミ」は、成分を調整して飼料化されます。「ダンボール」は、溶解して再生紙化。「ビン」は、砕いて建築材として使用されるカレットに。そして、「廃食油」は、バイオディーゼル精製機によって燃料化されます。さらに、会場で出たごみはすべて計量され、どんなごみがどれだけ出たのか、リアルタイムでわかるしくみを導入するなど、とても徹底しているのです!

ゴミだけではなく、エネルギーの側面にも熱心に取り組んでいます。ap bank fes'07の、ライブエリアのエネルギーは、静岡市内の風力発電施設「風電君」で発電した電力を使用しました。また、フードエリア、オフィシャルツアーバス、掛川駅-つま恋間のシャトルバスにも、バイオディーゼルを導入しています。

ライブ会場を提供するヤマハは、今回のap bank fes'07開催をきっかけに、日本自然エネルギーから「グリーン電力証書システム」を導入し、ヤマハの所有するヤマハリゾート「つま恋」での音楽イベントで必要とされる電力などにグリーン電力を活用していくことにしたとのこと。グリーン電力の導入によって、つま恋では、年間50万kWh、約230トンのCO2削減効果が見込まれているそうです。 大きな間接効果です。

気持ちのよい風。緑の芝生。胸躍る音楽。ゴミ一つ落ちていない会場。あんなに混雑しているのに、自治体に処分をお願いしなくてはならないゴミは最小限になるよう、しくみが工夫され、来場者は喜んで気持ちよく協力している。アンプや照明や会場までのバスなど、たくさんのエネルギーを使うコンサートだけど、それも自然エネルギーでまかなわれている----。

本当の気持ちよさって、他の人々や地球の裏側や未来世代にツケを回すことなく、いまの幸せを享受できることなんだ、そして、それは今すでに可能なんだ......そんなすがすがしい思いを感じさせてくれるap bank fesの会場とすてきな音楽でした。

坂本龍一さん、小林武史さん、櫻井和寿さんをはじめ、日本を代表するアーティストが、若者への絶大な訴求力と影響力をもって、人々に「気持ちのよいエコ」のあり方や「化石燃料を使い続ける必要はないんだよ」というオプションを提供し、そのための代替エネルギーや新しい環境事業に対する資金も融資している活動です。みけんにしわを寄せて現在のライフスタイルを罪悪視するより、「それってかっこいい」とオールタナティブなあり方や生き方に人々を惹きつけていくことの力の大きさと可能性を強く感じます。

このようなアーティストたちの活動のおかげもあり、日本ではファッション雑誌を含め、いまでは多くの雑誌や新聞等に、「気持ちのいいエコ」や「LOHAS」という切り口で、環境問題やオールタナティブなあり方を取り上げる記事が載るようになりました。また、女優さんやタレントさんも、「マイ箸を持っています」「エコに取り組んでいます」と言うようになり、エコはこれまでの「我慢するもの」から、「おしゃれで一歩進んでいるライフスタイル」というイメージに変わりつつあります。

環境問題を解決するためには、技術開発や社会経済のしくみづくりに加えて、人々の意識や価値観を変えていくことがとても大事です。そうしたときに、自らの知名度や影響力を「よりよい未来づくり」のために行使し、自らも汗をかく----ap bank の活動は、もともと環境にあまり意識を持っていない一般の人々や若者への大きなアピールとして、大きな力となっているのです。


(枝廣淳子)

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